和尚吉三の“カッコ悪さをカッコよく”
──夜の部は「三人吉三巴白浪」の通し。和尚吉三、お坊吉三、お嬢吉三、偶然にも同じ「吉三」と名乗る三人の盗賊が出会って義兄弟の契りを結び、驚きの因果ばなしが絡んでいきます。
松緑 よく比較されるのが、同じ黙阿弥の白浪もの「白浪五人男」だと思うのですが、「三人吉三」はより退廃的でダークな雰囲気の中で進んでいく物語です。この作品が生まれた頃の混沌とした雰囲気、だんだんと侍の社会が終焉を迎え、秩序が崩れ始めた時代の空気をダイレクトに吸収しています。「五人男」より悲劇性が強く、僕はとても好きなお芝居ですね。
巳之助 通しでは十三郎役を勤めた経験があります。和尚に関しては「大川端」で一度させていただいて、そのときも松緑のお兄さんに教えていただきました。いわゆる七五調の名台詞がたくさん飛び出る名場面なので上演頻度も高く、いろいろな先輩方の素晴らしい舞台姿も目に浮かぶ場面ですよね。ただ通しとなると、あくまでもプロローグといいますか、運命が絡まり始めて転がっていく序章であって、通しでの「大川端」での演じ方は改めて考えなくてはいけないと思っています。お客様も、一幕でご覧になるときとはまったく違う印象を受けるのではないかと思います。
──和尚は大変にカッコいい役ですけれど……。
松緑 おそらく和尚がいわゆる“カッコいい”のは大川端で、そのあとは、お坊とお嬢がしでかしたことの後始末、あるいは父親の因果をすべて引き受けるような役です。ある意味では悲劇を全部受け止めなくてはいけないので、実はキャッチャーというか、これまた非常にしんどい役なんですね。ボロボロになっていく様、ある意味“カッコ悪さをカッコよく”演じられたら、ベストな和尚になるのではないかと考えています。ただのスーパーヒーローではない、そこに僕はリアリティと魅力を感じます。
巳之助 和尚は、どんどん苦しい場面が積み重なっていきますからね。お兄さんの和尚は本当に、悲劇に巻き込まれていく一人の男の生き様に、胸をえぐられていくような感覚がありました。いわゆるキラキラとした“カッコいい”とはまったく違うというか……十三郎として間近で拝見させていただいた姿を思い出しながら、しっかりと勤めたいと考えています。
──3月は昼夜とも黙阿弥作品。しかもいずれも1860年に初演された作品です。安政の大地震やコレラの大流行などで、閉塞感や無力感が漂う時代に黙阿弥が放ったこの2作。共通点、あるいは両方を観ることで見えてくることなどありますでしょうか。
松緑 どうなんでしょうね。「三人吉三」は現在の社会とも結びつけて語ることができそうですが、「再岩藤」は肩の力を抜いて観られるようなハッピーエンドの芝居なので、晴れやかな気持ちで帰っていただけそうですし……。なので共通項というよりも、短期間でここまでまったく毛色の違うものを書いた黙阿弥さんのすごさを改めて感じますね。
巳之助 確かに。自分が演じる役の中で考えると、又助は自分のした責任を取る形で死んでいく男、和尚は人の責任を取る男です。この二つの「責任の取り方」というものが、現代を生きる皆様にどう映るのか、僕個人としてはそこに興味があります。
時間と経験を重ね、続くリレー
──最後に松緑さんから、巳之助さんへのアドバイスをいただけたらと思います!
松緑 いや、僕が言えることなんて一つもないですよ!
──巳之助さんぐらいの年頃の時、どんなことを考えていらしたか、とか……。
松緑 そうですねえ。僕は本当に頼もしい仲間がたくさんいる年代で、自分の心配だけしていればよかったような若手時代でしたから。でも巳之助くんを見ていると、僕に負けず劣らず、すごい世代じゃないですか。「再岩藤」にしても「三人吉三」にしても、また別の演目にしても、彼らがちゃんとつないでいってくれるだろうと、何の心配もせずに眺めています。今回はお嬢が時蔵くんでお坊が(中村)隼人くんと、一人で平均年齢を上げるような座組みに僕が入れてもらっているような状態ですし(笑)。
巳之助 いやいや……お兄さんはよく「もうお前に渡したから、僕はもうやらない」と冗談をおっしゃるんですが、そんなことおっしゃらずに、これからもカッコいい先輩の背中を見せていただきたいです。と同時に、将来後輩に伝えられるよう、自分の手の内にしないといけません。これは生涯かけて繰り返し演じないとできないことです。お兄さん方の世代は僕にとってまぶしい経歴といいますか、若いうちから大きなお役もやりながら、大先輩の四天王をお勤めになったりと、積まれてきた経験すべてをひっくるめて大きさを見せてくださっている先輩方だと感じます。単純に年齢で比較するとかなり出遅れているところがあるので、我々の世代でも回を重ね、理解も深め、確実に自分のものにしていきたいです。“遅めの初役世代”として、与えていただいたチャンスと時間を大事にしたいです。
──歌舞伎俳優の皆さんが時間をかけて成し遂げる壮大なリレーですね。巳之助さんにはどんどん習っていただき、と同時に、松緑さんには「まだまだ後輩には渡さないぞ」というでっかい舞台にも大いに期待しております。
松緑 いやいや、もうね、スポーツ選手だったら引退しているような年齢ですから。全部お渡しして、できるだけ“労少なくして功多い”役、おいしいところだけいただければと思っております。
一同 (笑)。
プロフィール
尾上松緑(オノエショウロク)
1975年、東京都生まれ。初代尾上辰之助(三世尾上松緑)の長男。1980年に「山姥」の怪童丸で藤間嵐の名で初お目見得、1981年に「幡随長兵衛」の長松で二代目尾上左近を名乗り初舞台。1991年に「壽曽我対面」の曽我五郎ほかで二代目尾上辰之助を襲名。2002年に「勧進帳」の弁慶、「蘭平物語」の蘭平ほかで四代目尾上松緑を襲名。日本舞踊家として、1989年に藤間流家元・六世藤間勘右衞門を襲名。4月に「第三十九回 四国こんぴら歌舞伎大芝居」、5月に「團菊祭五月大歌舞伎」に出演予定。
坂東巳之助(バンドウミノスケ)
1989年生まれ。大和屋。十世坂東三津五郎の長男。1991年に「傀儡師」の唐子で祖父九代目坂東三津五郎に抱かれて初御目見得。1995年に「壽靱猿」の小猿、「蘭平物狂」の繁蔵で二代目坂東巳之助を襲名し初舞台。2015年より日本舞踊坂東流家元となる。4月に「第三十九回 四国こんぴら歌舞伎大芝居」、5月に「團菊祭五月大歌舞伎」に出演予定。



