6月は萬屋一門にとって特別な月
──今月、獅童さんのご子息である小川陽喜くんが初代中村陽喜、小川夏幹くんが初代中村夏幹として初舞台を踏みます。6月は萬屋の皆様にとって特別な月だそうですね。
毎年6月は萬屋公演だった時代もあり、映画スターとしても知られる(萬屋)錦之介や(中村)嘉葎雄の叔父が出演して、古典あり、書き物(新作)ありと、趣向に富んだ興行が、歌舞伎座で行われていました。僕が初舞台を踏んだのも1981年の6月でしたし。小川家の祖母(三代目中村時蔵の妻、小川ひな)が亡くなって途絶えてしまいましたが、「いつか復活させたい」という気持ちが、僕の中にずっとあったんです。
──歌舞伎界でも随一の人数を誇る、小川家の皆様が大集結します。
なんせ、「妹背山婦女庭訓」のいじめの官女(ヒロイン・お三輪の邪魔をする役)が、全員小川家の立役でそろいますからね(笑)。
初舞台の中村陽喜・中村夏幹兄弟に対する親心
──大きな舞台を控えたお子様2人の様子はいかがですか。
とにかく楽しそうにお稽古に励んでいますし、歌舞伎が好きで、舞台に立つことがうれしくて仕方がない様子なので、のびのびとやってほしいですね。長丁場で体調を崩すことなく、最後まで元気よくやってもらえたらと思います。
──昨年末の「十二月大歌舞伎」にご兄弟そろってご出演されたときも、生き生きと立廻りされていたお姿が印象に残っています。夏幹くんは初お目見得でした。
(感染症対策で)歌舞伎座の楽屋はまだ出演者しか入れず、内心、「ママっ子の夏幹は泣いちゃうかも……」と心配していましたが、思った以上にしっかりしていて、ホッとしました。母親と別れた途端、楽屋廊下を胸を張って歩いていて、「どこで覚えたんだろう?」みたいな(笑)。まだ3歳なのに、1日も休むことなく、嫌がることもなく、グズることもなく、最後まで想像以上の頼もしさでした。
──すごい! 陽喜くんはいかがでしたか。
だんだんお兄ちゃんの自覚が芽生え始め、弟の面倒を見ながらひと月頑張っていました。陽喜はもう6歳ですから、最近は僕の好きなものは全部彼に見せたいと思っているんです。先日プロレスに連れて行ったら(個性的なマスク姿で知られる)DOUKIさんのファンになって、「大きくなったら昼の部は歌舞伎座に出て、夕方からはプロレスの選手になる」と言っていました。「そんな歌舞伎俳優まだいないからいいんじゃない」と答えましたが……(笑)。
──獅童さんのお母様も、獅童さんがまだ小さな頃から、大衆演劇からアングラ、ストリップまで見せてくれたと伺ったことがあります。
母の教育が今の自分の思想や活動につながっていることを実感しているので、なるべく陽喜にも同じ経験をさせてやりたいと思っています。感じ方や生かし方は、人それぞれでいいと思っていますが。
──舞台上での2人の姿を拝見していると、「カッコいい」を目指していることがビシビシ伝わってきます。
“歌舞伎=隈取をして、刀をさして、立廻りをして、悪いやつをやっつける”という、スーパーヒーロー像が彼らの中に出来上がっていて、その憧れでしょうね。家にある浴衣を何枚も重ね、母親に「帯はもっと上で結んで」なんてダメ出しされながら肌脱ぎして、オリジナリティあふれた着方をしながら歌舞伎ごっこをして遊んでいますから。我が子ながらすごいこだわりですし、2人とも鏡が大好きなんですよ(笑)。役者にとっては時に鏡が先生になってくれる部分がありますので、まあ役者向きの素質は備わっているのかな。舞台で人前に立ったときの度胸みたいなものは、僕が彼らの年齢のときよりもずっとありますし、とにかく思い切りやってもらいたいです。
すべてが初役の「六月大歌舞伎」!
──6月の獅童さんは、昼夜合計4演目にご出演。舞踊に芝居にと大活躍です。
そう、よく見ると獅童祭りというか、すべてが初役ですから息子どころじゃないんですよ! 子供と一緒の公演でここまでハードなのは初めてですから、お弟子さんたちが大変でしょうね。舞台裏は時間との闘いになると思います。特に夜の部は親子そろって、「山姥」のすぐあとが「魚屋宗五郎」じゃないですか。肌の色も変えないといけないですし。
──「魚屋宗五郎」は尾上菊五郎さんに習われたとか。妹の無念の死に憤る宗五郎が、絶っていた酒を飲みながら、だんだんと酔っていく様が有名な芝居です。
昨年(寺島)しのぶちゃんと「文七元結物語」で共演したご縁で、菊五郎のお兄さんのご自宅に伺った際、「獅童、『魚屋宗五郎』やったらどうだ。自分が教えるから」と勧めてくださいました。「この芝居はチームプレイだから、やらないとわからないことがいっぱいある。要所要所で決まりはあるけれど、自由にやってくれ」ともおっしゃっていて、「酔っていく過程も意識しているうちはダメだし、芝居の流れで自然と気持ちができていく。『ここでこれだけ酔っ払おう』なんて段取りは意識しないほうがいい」と教えてくださいました。経験がものを言う役なんでしょうね。
──昼の「上州土産百両首」は、オー・ヘンリーの短編小説「二十年後」を原作とする、幼馴染みの人生を描く人間ドラマ。腕のある板前なのに、スリの子分から足を洗えない正太郎を獅童さん、ドジで憎めない弟分・牙次郎を菊之助さんが演じられます。
久々に出会った正太郎と牙次郎が、お互いスリ稼業と知り、真人間になって10年後に会うと約束し……という友情物語。映画にもなりそうな内容ですよね。錦之介と嘉葎雄の兄弟コンビで6月の歌舞伎座(1973年)でやったことがあると聞き、挑戦してみたいと考えました。
中村獅童が考える“歌舞伎の未来”
──最後に、五十代の充実期を過ごす獅童さんが思う“歌舞伎の未来”について伺えますでしょうか。
僕はお弟子さんたちも一緒に、歌舞伎の未来へ希望を持ってもらいたいと考えているんです。そのためには、彼らの中からスターが生まれる、生み出すことができる体制が必要でしょう。澤村國矢さんが主役を勤める「超歌舞伎」のリミテッドバージョンのように、技術がある方には、きちんと光が当たるべき。もちろん、一生を一門と師匠に捧げることが生きがい……という方もいらっしゃるでしょう。でも、機会があったらいい役が演じられる、やる気と実力がある人が夢を持てる歌舞伎界になっていくべきじゃないですか。世の中の価値観がものすごいスピードで変化する今、歌舞伎だけ頑なに何も変わらないのはやはりおかしいし、時代とともに変わらなきゃいけないところは見つめ直し、柔軟になるのは必然ですよね。もちろん、変えるべきではない部分もありますから、そのメリハリは必要です。でも、今に生きる演劇として、お客様の求めるもの、現代の感覚にきちんと呼応していきたい。そこに“歌舞伎の未来”がひらけていくと思っています。
プロフィール
中村獅童(ナカムラシドウ)
1972年9月14日、東京都生まれ。1981年に歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」で二代目中村獅童を名乗り初舞台。歌舞伎俳優として活躍する傍ら、2002年に公開された映画「ピンポン」で注目を集める。2015年に絵本を原作とした新作歌舞伎「あらしのよるに」を上演し、再演を重ねる人気作に。2016年には、バーチャルシンガーの初音ミクとコラボした超歌舞伎「今昔饗宴千本桜」を発表。6月30日からは「松竹特別歌舞伎」の全国巡演、9月には京都・南座で中村壱太郎と、12月には東京・歌舞伎座で尾上菊之助と「あらしのよるに」を上演する。
Shido Nakamura (@shido_nakamura) | Instagram
中村陽喜(ナカムラハルキ)
2017年生まれ。中村獅童の長男。2022年1月に歌舞伎座「祝春元禄花見踊」で初お目見得。2024年6月に歌舞伎座「六月大歌舞伎」で、初代中村陽喜として初舞台。6月30日からは父・獅童と共に「松竹特別歌舞伎」で全国巡演する。
中村夏幹(ナカムラナツキ)
2020年生まれ。中村獅童の次男。2023年12月に歌舞伎座「超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』」で初お目見得。2024年6月に歌舞伎座「六月大歌舞伎」で、初代中村夏幹として初舞台。
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