この時代の面白さを届けたい 大竹しのぶ×田中哲司×波乃久里子が語る「華岡青洲の妻」

有吉佐和子が1966年に発表した小説「華岡青洲の妻」が、7月の京都南座公演を皮切りに、久留米、東京で、齋藤雅文の演出により上演される。華岡青洲とは、江戸時代に世界で初めて全身麻酔を用いた外科手術に成功した、紀州の医師。しかし青洲の活躍の影には、青洲の妻・加恵と青洲の母・於継の壮絶な戦いがあって……。これまでも映画、テレビドラマ、舞台でさまざまな俳優たちが演じてきた本作が、齋藤いわく「望むべく最高の配役」で上演される。

ステージナタリーでは、稽古開始を目前に控えた大竹しのぶ、田中哲司、波乃久里子にインタビュー。人気作に挑むプレッシャーを感じつつも、3人は終始和やかな雰囲気で作品への思いを語ってくれた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 須田卓馬

さまざまな俳優たちが演じてきた「華岡青洲の妻」

──「華岡青洲の妻」はこれまでさまざまなメディアで作品化され、舞台では1967年以来、多彩な顔合わせで上演されています。江戸時代後期、世界で初めて全身麻酔を使用し、乳がんの手術を成功させた紀州の“医聖”華岡青洲を軸に、その成功の影でしのぎを削る女たちの姿を描いた本作は、発表から60年経つ今も、人気が衰えません。皆さんは、作品に対してどのような印象をお持ちでしたか?

大竹しのぶ 私は小学生のときテレビドラマで観ました。ポーラ名作劇場だったかな? もともと母が観ていて、夜10時に放送されていたから寝ないといけない時間だったんですけど、於継と加恵のバチバチ感がたまらなくて、すごくドキドキしながら見ていました。早く次の週が来ないかなと楽しみにしていました。

大竹しのぶ

大竹しのぶ

波乃久里子 私は……“見過ぎ”ですね(笑)。舞台の初演から観ていますし、これまで8回、出演しています。ただ、知っているからいいというわけでもなくて、いろいろな方が演じられた姿が記憶に残っていますし、加恵のセリフはもちろん、ほかの登場人物のセリフも出てきてしまいそうになるから(笑)、ちょっと手強いなと。

田中哲司 僕は、題名はもちろん知っていたのですが、拝見したことがありませんでした。今回、改めて映像で観ましたが、とにかく歴代の配役年表を見ただけで「ああ、これはとんでもないところに手を出してしまったな……」と思っていて。

一同 あははは!

田中 とにかく僕は、がんばるしかない。それだけです。

田中哲司

田中哲司

──大竹さんは先日、青洲の故郷である和歌山にも行かれました(参照:「華岡青洲の妻」大竹しのぶが華岡青洲ゆかりの地を訪問、入学式にサプライズ登場も)。実際の土地を訪れて、風景や土地の人の雰囲気など印象に残っていることはありますか?

大竹 とても綺麗な街だなと思いました。伺った日がちょうどすごくいいお天気だったのですが、のどかな気候だし、果物や食べ物が美味しくて、こういうところで青洲先生は生きていたのかと実感しましたね。そして今なお、土地の方たちから「青洲先生、青洲先生」ととにかく敬愛されていて、改めてすごい人だったんだなと。お墓もすごく大きいのですが、加恵のお墓は青洲先生の半分くらい、於継さんのお墓はそこからちょっと離れた場所に小さくポツンとあって。その時代の女性はそういう立場だったんだな、女性が社会に出ない時代だったんだ、ということを実感しました。有吉先生の作品にはそういった社会的な問題も書かれています。

波乃 本当にそうね、見事ですよね。

波乃久里子

波乃久里子

大竹 はい。それと、和歌山を訪れたときに「先生のこと、なんでも聞いてください!」って言ってくださる方がいたので、実は私、聞いてみたんです。加恵と於継の嫁姑問題って本当にあったのか、フィクションとして書かれたものなのかと。そうしたら「ある程度はあったでしょうね」というお返事でした(笑)。だからすべてが事実というわけではないかもしれないけれど、こののどかな風景の中で世界初の手術が行われていて、それはこの2人の女性の力があったというわけで、そこが改めてすごいなと思います。

──大竹さんはこれまでに「和宮様御留」「ふるあめりかに袖はぬらさじ」「三婆」などの有吉作品に出演されていますが、有吉作品の魅力をどんなところに感じますか?

大竹 そうですね……本作も結局は愛が描かれてはいるのですが、同時にエゴも描かれていると思います。と同時に、社会に対する反骨精神みたいなものも描かれていて、本作でもそこが1本筋が通っているなと感じます。

叙情的リアリズムで描かれる登場人物たち

──家父長制を背景にした江戸時代の物語ではありますが、登場人物たちはそれぞれの生き方に信念を持っている人物たちです。名家の子女としての教育をきちんと受けてきた加恵、医師としての使命に燃える青洲、土地の名医である夫と息子を献身的に支える於継と、一つ屋根の下で暮らしながらもそれぞれにプライドや正義感があり、その姿は現代の私たちにも重なります。

波乃 現実的ですよね。叙情的リアリズムというのでしょうか。リアリズムがあって、でも叙情的でもある。加恵と於継のやり取りにしても、青洲が帰ってくるまでは非常に仲が良くて「こんなええ嫁さんいないわ」って於継は加恵を可愛がっているんだけれど、青洲が帰ってきた瞬間に態度が急変する。加恵も実家のお母さんには「(於継が)綺麗って言われているけれど、明るいところで見たらシワだらけだ」って言ったり(笑)。加恵は於継にやられてばかりじゃなくて、耐えずに立ち向かっているんですよね。そこに私は現代性を感じます。

大竹 表向きには普通の会話をしているんだけれど、心の中は一物あると言うのが面白いですよね。

大竹しのぶ

大竹しのぶ

──それぞれ、ご自身が演じられる役の、どういった部分にピンときていますか?

大竹 実は私、年齢的にもお母さん(於継)がやりたかったんです。ただ今回、於継は波乃さんがやられるということなので、加恵をやることになったんですけれど……。私は、「欲望という名の電車」にしても「ふるあめりかに袖はぬらさじ」にしても、実はそれまでの上演をまったく観ないで自分で演じているんです。で、やってみて「ああこんな面白い戯曲だったらそれはみんな何回でもやりたくなるな、なるほど」って稽古場でいつも思うんですね。「華岡青洲の妻」もこれまで本当に何度も上演されている作品ですから、きっと稽古場で「ああ、こんなに面白いんだ!」と実感するのではないかと思います。

「華岡青洲の妻」ビジュアル。大竹しのぶ扮する加恵。

「華岡青洲の妻」ビジュアル。大竹しのぶ扮する加恵。

波乃 於継については、もう“怖い”という思いしかないです。杉村春子先生のすごい於継を見て触れていますから、「私は於継をやるのは嫌です」と一度はご辞退したんですけれど、今回はやらせていただくことになって、でもそれで良かったと思っています。かつて杉村先生がおっしゃっていたことなんですが、(十二世市川)團十郎さんが海老蔵時代に青洲役をやられたとき、「おかん」って杉村さんの膝にポンと手をやったんですって。そのとき「あ、この子を私は産んだ!」と思って、「産んだと思うから(於継が)できるのよ」っておっしゃったんです。なので私も、田中さんを産んだと思います!

一同 あははは!

田中 青洲は……すでに今、こういう感じですから(笑)、自分自身の思いは医学のほうに行っているところがあるのかなって。

波乃 お父さんが死んだって帰ってこない人、という一説が出てきますもんね。

田中 はい。あとは、28歳のシーンからやるので、どうやってメリハリをつけていこうかなということを、今は考えてしまっていますね(笑)。

──青洲は自身の思いを決して多く語るわけではありませんが、家庭の中での嫁姑のピリッとしたやり取りに関しては気づいているのでしょうか?

田中 どうなんですかね……気づいているけれど気づいていないふりをしているのか、本当に気づかないくらい鈍感なのか……それもこれからの稽古の中で試していくんだろうなと思っています。

田中哲司

田中哲司

波乃 でも青洲ほどの人が、気づかないはずはないんじゃないかしら。有吉先生に言わせると、青洲の視点が上から見た目、有吉先生自身の俯瞰の目だそうで、引いた目線で観察をしているんじゃないかなとは思います。

田中 (大きくうなずきながら)なるほど!

──ちなみに於継が青洲のために一生懸命になったり、自ら麻酔薬の実験台になると言い出す思いは、親子の情としても想像がしやすい部分がありますが、於継の見立てで華岡家に嫁いでくることになった加恵と青洲の間には、結婚まで特別なつながりはありません。2人の間にはどんな感情があると思いますか?

大竹 最初に会ったときから加恵は青洲先生を好きだったのだと思います。

田中 青洲ももちろん加恵が大好きだと思います。だから医学のことばかりではなく、夫婦愛を感じさせるところも劇中でいっぱい出さないといけないなとは思っています。最初の登場シーンで、京都から帰ってきた青洲が雨の中走ってきますよね。あれって、加恵を見たい一心で走ってくるんじゃないかなと思うんです。そういうところは、若いなって思いました。

一同 あははは!

──大竹さんと波乃さんは久々の共演となります。

波乃 私にとっては“弟(十八世中村勘三郎)のお友達”という感じで。あと彼女はすごく新派を愛してくださる方だから、それもうれしいです。

波乃久里子

波乃久里子

大竹 お家で会うことが多いですね(笑)。

波乃 舞台では2003年に上演された蜷川幸雄さん演出の「エレクトラ」でご一緒していて。彼女がエレクトラ、私はお母さんのクリュタイムネストラをやったんですけど、そのときにものすごく助けていただきました。だって私、ギリシャ悲劇なんてやったことないでしょ? だからすごくありがたかったという思い出がありますね。今度も助けていただこうと思っています。

大竹 いえいえ、私もいろいろ教えていただいています。

この時代の面白さを提示したい

──また本作では、「~のし」といった紀州の方言も特徴的です。

波乃 音で聞くと綺麗だし、覚えて言えたらあの美しさは素敵だなと思います。語尾がちょっと変わると、全然言葉の雰囲気が変わってしまうんですよね。ただもはや日本語というよりフランス語っていう感じで、覚えるのが大変だけれど(笑)。

大竹 一見すると柔らかい感じに聞こえるのが、また怖いですよね。この言い方で話しつつ、心の中ではひどいことを考えているっていう。

波乃 そうね。表面的には穏やかなんだけど、「この人(青洲)を奪いたい」っていう壮絶な戦いをお腹の中で繰り広げているっていうね。私今回は、“好感度”をあまり意識せず、ほんとにバチバチドロドロとやらせてもらおうと思っているんですよ。そのためにも、ともかくセリフを覚えなきゃね!

──複数世帯が一つ屋根の下で暮らすことが当たり前で、男性と女性の立場が社会的にも圧倒的に違っていた時代に比べれば、女性を巡る環境は現在、変わってきてはいます。でも作品が生まれて約60年経つ今も、本作は変わらぬ共感を呼び起こします。

大竹 現代ってあまり人と関わらないほうが良い、みたいになってしまって……それこそ東京だとお嫁さんとお姑さんが一緒に住むこと自体も少なくなってきていると聞きますが、「そこから生まれるドロドロさも、実は面白いのではないか」というふうに、本作を通じて見せたいなと思っています。じゃないと、なんだか平坦になってしまうというか、人間にギザギザがない感じがしてつまらないんじゃないかなと思うし、この時代の男性にしかわからないロマン、女性の立場っていうものもあるんじゃないかと感じるので、この時代の面白さを提示できたらいいなと思います。

左から田中哲司、大竹しのぶ、波乃久里子。

左から田中哲司、大竹しのぶ、波乃久里子。

プロフィール

大竹しのぶ(オオタケシノブ)

1957年、東京都生まれ。1975年に映画「青春の門 -筑豊篇-」のヒロイン役で本格デビュー。蜷川幸雄、野田秀樹、串田和美、栗山民也、宮本亞門ら日本の演出家のほか、デヴィッド・ルヴォーやフィリップ・ブリーンといった海外の演出家の作品にも出演。読売演劇大賞の大賞及び最優秀女優賞、菊田一夫演劇賞、第65回毎日芸術賞といった演劇賞を多数受賞。近年の舞台出演作に「スウィーニー・トッド」「太鼓たたいて笛ふいて」「やなぎにツバメは」など。10月から11月にかけてフィリップ・ブリーン上演台本・演出「リア王」に主演する。NHK-R1「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」(毎週水曜21:05~)が好評放送中。著書に「ヒビノカテ まあいいか4」(幻冬舎)がある。

田中哲司(タナカテツシ)

1966年、三重県生まれ。日本大学藝術学部演劇学科を卒業。赤堀雅秋、長塚圭史、白井晃、栗山民也ら人気演出家の作品に多数出演。近年の主な出演作に「舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド」「ボイラーマン」「近松心中物語」、映画「パレード」「正体」「ドールハウス」など。

波乃久里子(ナミノクリコ)

父は十七代目中村勘三郎、弟は十八代目中村勘三郎。1950年に歌舞伎公演にて初舞台を踏み、1961年に劇団新派に入団。初代水谷八重子に師事する。また蜷川幸雄演出「エレクトラ」などの外部公演にも出演。これまでに芸術祭優秀賞、芸術選奨文部大臣新人賞、菊田一夫演劇賞などを受賞歴多数。