EPAD 2023年の取り組み[後編] アクセシビリティ事業から教育利用、上映会・鑑賞ブースまで

EPADは、「保存・継承」「情報の整理・権利処理サポート」「作り手と観客の新たなマッチング」「教育・福祉などへのパッケージ提供」「ネットワーク化と標準化」という5つの柱をより具体的に実現するべく、2023年にさまざまなアクションを起こした。①EPAD作品データベースの公開、②ポータルサイトのリニューアル、③権利処理やサポートを含む舞台作品の収集、④協力団体との協働事業、⑤アクセシビリティ事業、⑥多言語字幕事業、⑦教育利用、⑧上映会、⑨鑑賞ブースという、大きく9つの取り組みになる。本特集ではその後半、アクセシビリティ事業、多言語字幕事業、教育利活用、上映会、鑑賞ブースについて、EPADの各担当者の振り返りを紹介する。

構成 / 熊井玲

⑤アクセシビリティ事業(THEATRE for ALL)

THEATRE for ALLロゴ

THEATRE for ALLとは、株式会社precogが企画制作を手掛ける事業で、アクセシビリティに特化した舞台芸術のオンラインサイトです。EPADはTHEATRE for ALLと協働し、収集作品の内の数作品に、字幕や音声ガイドなどの情報保障をつけて舞台作品映像を配信しています。

また、2023年度は、東京芸術祭での上映会「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo」(参照:EPADの舞台作品上映会、ラインナップにた組「綿子はもつれる」ほか3作)にあわせ、THEATRE for ALLと共にユニバーサル上映会を開催しました。ユニバーサル上映会では、鑑賞サポートのついた作品を上映したり、未就学児が入場できるようにすることで、誰もが一緒になって舞台鑑賞を楽しめる空間作りに取り組みました。

ユニバーサル上映会では、終映後に感想シェア会を開催するなどして、障害のある方もない方も参加した上映に関する意見交換の場が設けられました。温かいご感想から、率直なご意見まで、感じたことをさまざまに共有することのできる貴重な時間でした。

アーカイブした作品を、誰でも楽しむことができるように、その環境作りの良い一歩を進められたと思います。また、本年度は9作品が、字幕や音声ガイドなどの情報保障をつけて配信されます。

⑥多言語字幕事業「STAGE BEYOND BORDERS」

「STAGE BEYOND BORDERS」は、国際交流基金が2021年2月より展開しているプロジェクトです。日本の舞台芸術の映像に多言語の字幕をつけて配信し、これまで約137か国で視聴され、合計1800万ビューを記録するなど、世界中から高い評価を得ています。2023年度は収集作品よりEPADで多言語字幕を作成した11作品が「STAGE BEYOND BORDERS」にて配信されます。EPADでは今後も、海外発信サポートを視野に入れ活動をしていく予定です。

⑦教育利用

2023年度は、2700本近くの舞台作品映像から、高校生以上を対象とした教育現場を想定し、教育者5名を中心に、教育の現場で利活用する作品を選定しました。映像権利者の同意に基づき、①作品の入ったHDDを先の教育者に貸与、②映像管理ツールTerrasightを使用した視聴ブースでの鑑賞トライアル、③教材テキスト・動画「COMPASS」の作成を実施しました。

私たちは都市と地域、時間や金銭などの格差を解消し、預かった大切な作品がいつか誰かの人生を変えるような幸福な出会いとなることを目指しています。2024年度以降も教育利用の促進は重要な柱と捉えていますので、もしトライアルに関心のある教育機関がありましたらご相談くださいますよう、お願いいたします。

⑧上映会

2023年度は、「EPAD Re LIVE THEATER~時を越える舞台映像の世界~」と題し、7月に東京・PARCO劇場にて、10月に「東京芸術祭 2023」にて、12月には愛媛・坊っちゃん劇場、ロームシアター京都にて、4つの舞台映像の上映会とトークイベントなどを開催しました。

PARCO劇場、東京芸術劇場での実施

「劇場空間は再現できるのか?」

2つのイベントでは映像と音響の最新技術を用いながら、そんなことに取り組みました。どんなに技術が進化したとしても、これが舞台表現の代わりになることは絶対に無いけれど、隣の人の体温を感じながら“劇場”という空間に集まって、過去に上演された作品を人と共有する時間は、全く新しい体験でした。そして、それは時間を越えた作品と観客の新しい“出会い”であったと実感しています。この活動が今後も続き、今まで出会うことがなかった、多くの出会いが生まれ、その時間がまだ見ぬ新しい何かにつながっていくことを願っています。

坊っちゃん劇場での実施

愛媛では、超高精細8K映像による等身大での上映会を実施し、生の舞台作品を届ける機会が少ない地域での、映像による劇場体験の代替を目指しました。

観劇していた子供さんから「本当の舞台を見てみたい」と声があがるなど、舞台作品の魅力を届けられたと感じます。愛媛での上映はEPADが目指す上映会の1つのモデルケースになりました。

ロームシアター京都での実施

京都では、劇場関係者、アーティスト、マスコミなど舞台芸術に関係する方を対象にEPADが今後目指す上映会の展開についてトークセッション映像上映を交互に行うという構成で実施しました。また、参加者同士の意見交換会を行い、情報や考えをやり取りする機会を設けました。今後の日本における舞台作品の映像の利活用や上映の可能性について技術面含め検証し意見交換をするとても良い時間となりました。

⑨鑑賞ブース

鑑賞ブースとは、モニターとヘッドホンで舞台作品を1人ないし2人で鑑賞いただくもので、本年度は試験的に東京と三重に一定期間設置し実際にたくさんの方に利用いただくことができました。

東京では上映会時にホワイエにて22作品を鑑賞可能とし、1日3枠2台のモニターを稼働。鑑賞作品の選定については選者をお願いし、それぞれの「作品に対する視点」もテキストで紹介しました。

三重では三重県総合文化センター内の生涯学習棟をお借りし、9作品を鑑賞可能とし(参照:観たい舞台の映像が観られる、EPADの“演劇図書館”が三重に)、約50日間、1日3枠2台のモニターを稼動しました。作品の選定は三重県文化会館の方にお願いしました。

東京は稼働率100%、三重も6割を超えるなどニーズの高さを感じました。2023年度の試験的な運用は、今後の可能性を感じる機会となり、鑑賞ブースが「演劇図書館のような環境の実現」という理想がいよいよ現実化されるという手応えを感じています。