茅野イサム×佐藤流司×七木奏音が紡ぐ愛の物語、悪童会議 旗揚げ公演「いとしの儚」

演出家の茅野イサムとプロデューサーの中山晴喜が演劇ユニットを立ち上げた。その名も悪童会議。茅野がかつて所属していた善人会議(現・扉座)へのリスペクトを込めて名付けられた悪童会議では、いつまでも大人になれない“悪ガキ”による企みを定期的に発表していく。

7月に行われる旗揚げ公演では、扉座・横内謙介の戯曲「いとしの儚」を上演。本作では、天涯孤独の博打打ちであるくだん鈴次郎すずじろうと、何体もの死体から良いところを寄せ集めて作った美女・はかなの100日間が描かれる。

茅野が鈴次郎と儚を託したのは、佐藤流司と七木奏音。演出家と俳優として共に舞台を作ってきた3人が、“生”と“性”を描いた愛の物語「いとしの儚」をどのように立ち上げるのか? 試行錯誤をくり返しながら稽古に励む3人に話を聞いた。

取材・文 / 門倉紫麻撮影 / 和田咲子

鈴次郎の“概念”に追いかけられる夢を見る(佐藤)

──今日で稽古が10日目ということですね(取材は6月中旬に行われた)。だんだんきつくなってくる頃でしょうか。

佐藤流司 まさにそうですね。

七木奏音 (笑)。

──精神面と肉体面、両方のつらさなのでしょうか?

茅野イサム (佐藤さんに)どうなんですか?(笑)

佐藤 両方ですよね……最近(自身が演じる)鈴次郎の“概念”というか、俺が鈴次郎だと認識してる“何か”に追いかけられる夢をよく見るんですよ。俺と鈴次郎の思考回路がまったく違うので、演じるのが難しいと感じているからだと思うんですが。

茅野 なかなか鈴次郎みたいなやつはいないよなあ。

左から佐藤流司、茅野イサム、七木奏音。

左から佐藤流司、茅野イサム、七木奏音。

──鈴次郎は、幼少期に悲しい思いをしており、博打の世界でしか生きてこられなかった青年。かなり傍若無人で“クズ”だと言われています。役に追いかけられる夢を見るのは、今までにはない経験ですか?

佐藤 そうですね。ここまで自分とずれがある役はなかなかなかったので。鈴次郎は芝居の中でも半分以上は不機嫌かキレてるか、悪態ついてるか、ですから(笑)。ずっと演じていると病んでくるんですよ。

──思い切り悪態をつくことで、演じながらスカッとするような感じにはならないのでしょうか。

佐藤 いやあ、心苦しいです。

茅野 鈴次郎の鬱屈した気持ちがダダ漏れしているだけだから。悪態をついてもデトックスはできない。鈴次郎は(七木演じる)儚に対しても、したいわけじゃないのにひどいことをしてしまう。やればやるほど、自分に戻って来ちゃうんですよ。

──それが役者さんにとってもつらい経験として積もっていってしまう、ということでしょうか。

茅野 役者さんのタイプにもよるんでしょうけれどね。切り替えられる人もいますから。流司は今、鈴次郎にとりつかれて苦しんでいるわけだけど、鈴次郎も流司にとりつかれちゃってるんだよ。

──佐藤さんは以前、「役が抜けなくなっちゃう」とおっしゃっていましたね。

佐藤 それはけっこう治ったはずだったんですけど……鈴次郎は、別次元の存在かもしれないです。

──七木さんは、鈴次郎にもらわれていく、鬼が死体を集めて作った美しく無垢な女性・儚を演じられます。ここまで稽古をやってきていかがですか?

七木 稽古をしていると、なぜだか涙がたくさん出てきてしまうんです。演じていてここでは泣きたくないと思う場面でも泣いてしまって。儚の気持ちになって泣いているときもありますが、七木奏音として俯瞰している部分もあるので、感情移入して涙が出ているところもあるんだと思います。皆さんのお芝居を観ていても泣きますね。

茅野 僕の話を聞きながら泣いていることもあるよね。本当によく泣いているから、「水分補給しろ!」って言ってます。

七木 自分はまだまだだ、悔しい! もっとがんばらなきゃ!っていう涙でもあります。

茅野 ありていな言葉で言うと感受性が豊かなんだなと思う。普通、何度も泣かれると「もう泣くなよ」って気持ちになるじゃないですか。だけど奏音が泣いてもいやな気持ちは全然しない。

七木 よかったです……。

茅野 「泣いてんなあ」って思う。

──「泣いてんなあ」というのは良いですね。「そういうこともあるよな」という仲間感があるというか、良い空気なのが伝わってきます。

七木 今、出演者やスタッフの方、ほとんど全員の方たちと関われている気がしていて。それがすごくうれしいんです。大人数の舞台ではなかなか難しいことなので。

良くも悪くも、隠れ蓑はない(茅野)

──脚本は、茅野さんが以前所属していた扉座で横内謙介さんが書いて、くり返し演じられてきたものですね。大変面白く拝読しました。シンプルな筋ですが、感情が沸き立つ瞬間が次々にやってきます。脚本を読んでいたときと、実際に稽古が始まったときとで、違いを感じたことなどありますか?

茅野 役者として何かある?

佐藤 ラストシーンの芝居が、俺が想定していたものとまったく違っていましたね。鈴次郎の気持ち……というか“居方”みたいなものが違う。台本を読んで「こんな感じかな」と自分である程度芝居を作っていたんですが、茅野さんにびっくりするぐらい違うことを言われて。俺はもっと重たいというか、泣け!というような芝居をしようとしていたんだなと思いました。そこはぜひ観ていただきたいです。

七木 私は読んで思い描いてもまだ納得できていない状態で立ってしまったりするので……茅野さんに導いてもらって、また考えて、のくり返しですね。

茅野 稽古をする中で、「佐藤流司の鈴次郎は、七木奏音の儚はこうなるべきだ」というものが見えてくるんですよね。僕は“なり”で芝居を作るので、世界観というか、舞台美術は最初から用意しておく必要があるんです。

茅野イサム

茅野イサム

──確かにこの稽古場にも植物などがしっかり置いてあって、すでに雰囲気のあるセットができています。

茅野 そうすると“国”ができるので、あとは流司や奏音たち“住人”が来てくれたら、住人が持っているものをどう見せるかが自然とわかってくる。ただ、役者に見せるべきものがないと、それはできない。奏音が今「導いてもらう」と言っていましたが、そうではなくて2人には見せるべきものがあるから、僕は引き出すことができるんです。

──ご自身のカンパニー・悪童会議の旗揚げ公演に、佐藤さんと七木さんをキャスティングされたことに茅野さんからお二人への信頼を感じます。

茅野 旗揚げ公演で主役をやる役者……偉そうに言うと主役をやる“べき”役者として、流司は真っ先に名前が挙がりますよね。しかも鈴次郎を演じるなら、もう絶対に流司だ!と思いました。じゃあ、儚は誰だろう?と考えて奏音だ!と思ったんですよ。でも実は2人は共演が多かった、とあとから知って。

七木 はい、そうなんです(笑)。

茅野 流司には「儚役、楽しみにしとけよー」なんて言ってたんですが、あ、お知り合いでしたか、と。

佐藤 (笑)。

──茅野さんは今まで2.5次元ミュージカルをはじめ、大きな舞台をたくさん演出してこられましたが、ご自分のカンパニーで演出するのは違う感覚がありますか?

茅野 全然違いますね。ただ以前は小劇場でこういう芝居を作っていたので、戻ったとも言えて。2.5次元のようにもともとキャラクターが存在している作品は、それをしっかり理解しつつ、自分が思うそのキャラクターの可能性をお芝居に入れていくような職人的な楽しさがあります。いろいろ制約のある中で皆さんの期待に応えられた、プロフェッショナルの仕事ができた、という喜びがあるんですよ。悪童会議では、また違った喜びがありますね。何をやったっていい(笑)。俺と流司で作る鈴次郎はこうなんだよ、俺と奏音で作る儚はこうなんだよ、と。つまらないものになれば、当然ご批判は受けなきゃいけないですが、良くも悪くも隠れ蓑はない。それが、もともと自分がやっていた演劇なので、僕が大好きな若い役者さんにも経験させたいし、お客様にも演劇の懐の深さだとか多様性みたいなものを感じていただけたらいいなと思います。

勝手ながら……流司さんは「兄貴」です(七木)

──茅野さんは佐藤さん、七木さんのことを俳優としてどうご覧になっていますか?

茅野 流司と稽古しながら思ったんだけど、そういえば、しばらく一緒に芝居をやっていなかったんですよ。

佐藤 そうですよね、「ミュージカル『刀剣乱舞』」の本公演だと「~幕末天狼傳~」(2020年)が最後です。

茅野 しかも流司とは「ミュージカル『刀剣乱舞』」の加州清光としてしか、やっていないんだよね。

佐藤 言われてみれば、加州清光としてしかご一緒していないんだなと思いました。今まで1、2(数えて)……5回だけ。今回が6回目です。もっと多い気がしていたんですけど。

佐藤流司

佐藤流司

茅野 だから、加州清光ではない流司とやるのは初めてなんです。でも初日から、当たり前のように普通に稽古ができた。どう言ったらいいんだろう……いろいろな芝居を何年も一緒に作ってきた演劇仲間のような感じというか……「俺、流司のこと、すごい知ってるんだな」と思いました。

──以前、茅野さんが佐藤さんのことを「色気がある」とおっしゃっていて。その理由は佐藤さんが「悪いやつ」だからだ、と……。

佐藤 (笑)。

──佐藤さんの魅力を端的に言い表していて印象的だったのですが、今回の鈴次郎はまさに悪くて色気のある人ですよね。

茅野 だけど本人は「俺と鈴次郎は違うんだ」って悩んでるんだよね。

佐藤 俺は……品があるので(笑)。

茅野 俺は悪いやつじゃねえ、と思ってるわけだ。

佐藤 はい。

茅野 でも僕が言う「悪い」って、ちゃんと自分の弱いところとか、ダメなところもさらけ出せるってことなんですよ。流司の取り繕っていないところは、こういう時代にあってすごく珍しいなと思うんだよね。こんなに年が離れているけど、流司には今まで付き合ってきた同年代の小劇場の人たちと同じ匂いを感じます。

佐藤 自己評価も、そうですね。昔から先輩方と付き合ってきたというか、同年代とは合わないことも多くて。なんか伊達政宗的な……? 生まれる時代をちょっと間違えたのかなと思ってます。

茅野 カッコいいな! 伊達政宗に例えるのか。

佐藤 出身地も一緒なので(笑)。

──七木さんから見た佐藤さんはどんな方ですか?

七木 勝手ながら、私の中では“兄貴”という感じです。20歳のときに「ライブ・スペクタクル『NARUTO-ナルト-』」で初めてご一緒したんですが、そのときからの信頼感もあって。流司さんとだったら遠慮なく板の上に立てます。私、初めて流司さんを生で観たのが「ミュージカル『刀剣乱舞』」だったんです。

七木奏音

七木奏音

佐藤 えっ、そうなんだ。

七木 「ライブ・スペクタクル『NARUTO-ナルト-』」で共演することが決まってからまた観に行って。客降りで近くにいらしたときに「この方が(うちは)サスケなんだ!」と思いました。

佐藤 (笑)。

七木 今こうしてご一緒できるのは、不思議なご縁でありがたいなと思います。今はみんなでセッションしていく中で、流司さんが変わったら自分も変わる、自分が変わったら流司さんも変わるっていうやり取りが良いな、楽しいなって思っています。

2023年7月5日更新