求められる、提出資料のヒントとは?
──今回上演会場として予定されている小ホール、大リハーサル室、オープンスペース、それぞれの特徴を教えてください。
愛知県芸術劇場は、美術館なども含まれる愛知芸術文化センターという複合施設の中にある劇場で、B2にリハーサル室、B1に小ホール、2Fに大ホール、4Fにコンサートホールがあります。主に想定されているオープンスペースは2Fの大ホール前のスペースで、ここは大ホールやコンサートホールに行く人たちが立ち寄る空間でもありますし、吹き抜け空間ですごく気持ちがいいんです。階段もあるのでそこを観客席に見立てたりもできますし、自由な発想でパフォーマンスをしてもらえたらと思います。
小ホールは、ザ・ブラックボックスという感じで、普通にエンドステージ(ステージと客席が向かい合う形)として使うこともできますし、フルフラットにして真ん中にステージを作ることもできます。可変性の客席数は最大300席程度です。ただ照明の仕込みなどは必要になるのでテクニカルスタッフさんが必要になったり、照明や舞台美術のプランを考えないといけないという点は、若いカンパニーにとって少し負担になるかもしれません。
大リハーサル室も一応ブラック……というかグレーの空間です。客席数100ぐらい設置可能で、割と実験的な使い方ができると思いますし、小ホールに比べると照明や音響の制限はありますが、逆に言えば、もう少し気軽にできる場とも考えられます。また大リハーサル室は大ホールの舞台面と同じ面積です。
──近年、費用面や劇場の“空きのなさ”などさまざまな理由から、劇場を使い慣れていないカンパニーが増えているという話を聞くことがあります。唐津さんはそういったことを感じる部分はありますか?
あります。今のカンパニーや個人はオルタナティブなスペースや小さなスペースで公演することがすごく増えている気がしています。例えば観客数50ぐらいの小さなギャラリーなどの場合は、集客にそこまで苦労しなくて済みますし、費用面などさまざまなリスクが軽減できますが、小さなスペースでやることに慣れすぎて、本格的な舞台技術……例えば照明プランなどを作ったことがない人が増えてきていると感じます。そういった意味でも、劇場で1つチャレンジしてみることは重要だと思いますし、客席50とか100くらいのスペースでやってきたアーティストには、小ホールや大リハーサル室の上演を、次の活動へのステップと考えていただけたらと思います。
──審査は、書類やヒヤリングで行われると明記されています。応募予定者は、[指定の様式で提出]が求められている応募申込書、企画書、予算書、[自由な形式で提出]が求められている「舞台作品の映像URL」「過去作品のチラシ、パンフレットなど」「経歴やこれまでの活動についてA4ページ1枚程度にまとめたもの」の準備が必要ですが“こういったことを特に意識して準備してほしい”という点があれば、教えていただきたいです。
私もいろいろな審査に関わることがありますが、その中で感じていることは、その書類を読む人のことを意識して書いてほしいということです。たくさん書けばいいというわけではないし、難しく書いたほうがいいというわけでもなく、やっぱり自分で何をやりたいかが明確にわかる、誰が読んでもわかる書類をまずは作っていただきたいです。予算書に関しては、無理のないものをきちんと作って正しく書いていただくことで、計画性をもって臨んでいただきたいです。というのも、私はただ公演ができればいいと思っているわけではないからです。なんとか1回公演をやれたとしてもすごい赤字になってしまったら、その無理によって、公演に関わった人たちが「もうこんなことはやりたくない」と思ってしまう可能性もあります。公演に関わる方に良い環境を作る、ということは実はとても大切なことで、今後プロフェッショナルに活動していくことを考えているアーティストの場合は特に、予算感や制作面もきちんと考えなくてはいけないと思います。
アーティストだから予算を考えなくても良いとか、文章を書けなくても良いということではなく、創作にかかる予算や実現方法、企画内容をアーティスト、あるいはアーティストに伴走する人たちが常に考えていかなければならないと思うので、わかりやすく正確で実現可能な企画書、予算書を準備していただきたいです。
映像資料に関しては、これは基本的なことではありますが、何が映っているかがはっきりわかるもの。「本当に、これを観てほしいんだ」とはっきりとわかる資料を、絞って送っていただけたら良いかなと思います。
愛知から生まれる新しい可能性に期待
──ここまでお話を伺ってきて、「AICHI NEXT」は劇場がさまざまなサポートを行ってくれる、寛大なプロジェクトだなと感じる反面、応募するアーティストにとってもある種の覚悟や準備が必要ですね。
そうですね。現在、劇場のプログラムは、アーティストが劇場を借りて自分たちで行うフリーランスの活動と、劇場の予算をもって企画から制作まですべてを担う自主事業がありますが、そのはざまで提携公演や共催公演が増えていると感じています。そのあり方が私は非常にリスキーだなと思っていて、アーティストと劇場が共同で公演を行う場合の新たなやり方を見つけたいなと。そのうえで、劇場がただ公演をサポートするというだけでなく、アーティスト自身も「自分たちはこういう作品をこういう責任でやりたい。だから劇場も一緒にやってほしい」という思いを提示していただきたいなと思っています。
──また近年、首都圏以外の地域で制作される作品や、首都圏以外を活動拠点とするアーティストも増えています。今回、「Challenge Stage」の応募対象は東海4県にゆかりのあるアーティストということですが、唐津さんはどのような期待を感じていらっしゃいますか?
今、作品やアーティストが非常に多様化していて、同時に小粒化している感じがあります。ちょっとがんばってカンパニーを立ち上げて公演をやり始めたけれども、継続しないままもっと小さなユニットになってしまって、愛知県芸術劇場を借りることなんてとてもできないから小さな場所、ギャラリーなどでちょっとしたパフォーマンスをする……という傾向があるのではないかと思いますし、フリーランスのアーティストにとって程よい劇場、例えばキャパが50から100席ぐらいの劇場で、若手がどんどんチャレンジできるような場所が東海圏には少ないように感じています。そういった危機感もあって「AICHI NEXT」を立ち上げました。愛知は特に習い事文化が盛んで、習い事や部活などをきっかけに表現活動を続けている人も多いのですが、プロフェッショナルを目指すというわけではなく、自己表現の延長、ということが多いのが現状です。でもそれを超えて、もうちょっと社会とつながった形で自分たちの活動をしていきたいと考える、そういう人たちが生まれてきてほしいなという思いを強く持っています。
──「AICHI NEXT」を通じて、愛知県芸術劇場を使い慣れたアーティストが増え、新しいお客さんと出会うことで活動の幅を広げていくカンパニーが生まれていくと良いですね。
良いですよね! これからどんな方が応募して、どんなお客さんが観に来てくださるかまだまだ全然わかりませんが、「AICHI NEXT」がそのような可能性を持ったものになっていくと良いなと思います。
プロフィール
唐津絵理(カラツエリ)
お茶の水女子大学文教育学部舞踊教育学科卒業、同大学院人文科学研究科修了。舞台活動を経て、1993年より日本初の舞踊学芸員として愛知芸術文化センターに勤務。2003年に所属の愛知県文化情報センターで、第1回アサヒビール芸術賞受賞。2010年から2016年にあいちトリエンナーレのキュレーター(パフォーミング・アーツ)。2014年より愛知県芸術劇場シニアプロデューサー、2022年よりエグゼクティブプロデューサー、2024年4月に芸術監督就任。7月から常務理事 芸術監督(アーティスティックディレクター)。また2020年よりDance Base Yokohamaアーティスティックディレクターも務める。令和4年度(第73回)芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)受賞。
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