愛知県芸術劇場が、公募プログラム「AICHI NEXT:Performing Arts Project」をスタートさせる。これは、新しい才能や人材を発掘し、小ホールや大リハーサル室、愛知芸術文化センター内のオープンスペースでの公演を通して、人材の育成と発信を目的とするプログラム。対象ジャンルはパフォーミングアーツ全般、採択者は経済面や制作面でのサポートが受けられるなど、次代のアーティストにとってうれしい内容となっている。
ステージナタリーでは、芸術監督の唐津絵理に「AICHI NEXT」立ち上げに込めた思いや応募を予定しているアーティストに意識してほしいこと、今後に対する期待などを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 羽鳥直志
「ミニセレ」を経て新たに誕生する「AICHI NEXT:Performing Arts Project」
──「AICHI NEXT:Performing Arts Project」(以下「AICHI NEXT」は、愛知県芸術劇場が新たにスタートさせる、パフォーミングアーツを対象とした公募プログラムです。愛知県芸術劇場芸術監督の唐津さんに、本プロジェクト始動への思いをまずはお伺いしたいです。
愛知県芸術劇場では、小ホールを会場に、プロデューサー陣が“いま観てほしい作品を多様なジャンルから選出した企画シリーズ”「ミニセレ」を2015年度から続けてきました。それが今年で約10年という節目だったこともあり、企画の再検証をするタイミングでした。「ミニセレ」はもともと“小ホールをできるだけいろいろな使い方をしてほしいし、実験的なことにもチャレンジしてほしい、普段はできないような新しい試みの舞台作品をご紹介したい”という思いで行っていた企画なのですが、プロデューサーたちが新たな作品を発掘するといっても、やっぱり全国に足を運ぶことはできないし、もしかしたら私たちだけではたどり着けていないところがあるのではないか、という思いがずっとあって。若い方や、まだ出会えていない方々にも機会を開いていきたいと思って、公募という形をやってみようと考えました。
それから、「ミニセレ」では小ホールでの上演、ということにずっとフォーカスしていたのですが、上演形態ももっといろいろな形があり得るのではないか、空間に合わせたさまざまな見せ方があるのではないかと考えて、小ホールと大リハーサル室、それからオープンスペースという3つの場所を用意することにしました。中でもオープンスペースを使うことにしたのは、どうしても「ミニセレ」ではアーティスト自身にとって面白い試みや、実験的なパフォーマンスの場となりがちで、一般のお客さんにどれだけ観ていただけるかというとちょっとクローズドだったのではないか、という思いがありました。もちろん「ミニセレ」の中でジャンルを横断することもありましたが、そもそも小ホールに来たことがない方にもっと開いていく必要があると思ったんです。誰もが無料でパフォーマンスに触れられるオープンスペースを使うことで、上演する方にとっても観る方にとってもそれまで知らなかったものに“出会ってもらう”ような機会を作りたいと思い、オープンスペースを含めました。
そして、これは近年感じていたことなのですが、アーティストのリスクというか、作品を作るうえでのアーティストの負担について、劇場側がもう少ししっかりと考えていく必要があるのではないか、という思いもありました。これまで劇場としては、作品が良ければプロセスは問わないという風潮がありましたが、現在は健全な創作環境について当然考えなくてはなりませんし、また一度上演した作品が再演されるような循環を生み出していくこと、作品のサスティナビリティを考えることも、アーティストや観客、劇場にとって重要だと考えています。これは「AICHI NEXT」に向けたメッセージの中にも書いたことなんですけれども、ある意味、劇場がアーティストを消費してしまう可能性があることへの危機感のようなものが、私の中で最近、とても強くなっていました。劇場が作品を選んで、劇場側が主催公演として費用をすべて負担する場合は良いのですが、近年は共催公演や提携公演という形で、劇場は場所を貸すだけ、ということが増えています。つまりアーティストからすれば、場所は使えるかもしれないけれど、創作にかかるコストやさまざまな負担についてはアーティスト任せというような状況が増えているわけで、特に若い人たちがそれを負担に感じているという話を、アーティストからの声として聞くようになりました。その点については、愛知県芸術劇場は公共劇場なので、しっかり考えていかなければいけないだろうと思い、「AICHI NEXT」では制作費のサポートだけでなく専門人材によるアドバイスなども取り入れることにしました。広報面でも主催事業と同じように行いますし、当日の受付やチケットのやり取りについても、基本的には劇場側が対応します。そのことによりアーティストの負担を少しでも減らして、「AICHI NEXT」は創作のうえでなるべくチャレンジできるような取り組みにしていきたいと思っています。
同時に、アーティストには社会課題の解決について意識しながらクリエーションにあたってほしいと思っていて、近年問題視されているハラスメントについても、どうしてもクローズドな空間でのクリエーションから生まれてしまう可能性が高いので、オープンな場でのクリエーション、“フェアクリエーション”に取り組んでもらうようにお願いしたり、劇場にとってもただアーティストに「作品を上演してください」と依頼するのではなく、創作から上演の仕組みを少し変えることで、劇場のあり方をアップデートしていきたい、と考えています。
──芸術監督として、またダンスのプラットフォームDance Base Yokohama(DaBY)のアーティスティックディレクターとして、現場をよくご存知の唐津さんだからこその目線ですね。今のお話にもありましたが、「AICHI NEXT」が公募プログラムであるという点は、大きな特徴だと思います。以前はよく、プロデューサーをはじめとする有識者が作品のセレクトを行って、アーティストは選ばれる側であるという関係性だったと思いますが、最近はアーティスト自らの企画性やプレゼン力が問われる傾向にあり、その点でも公募というのは適時性が高いと感じます。
そうですね。プロデューサーという、ある意味権限を持った人間がプログラムを決めていくと、私たちも非常に気をつけてはいる部分ではありますが、どうしてもいろいろな人との関係性が出てきて、まったく知らないところから若いアーティストを発掘したり育成していくことが難しくなる面があって。だからこそ、アーティストたちが自分でやろうとする活動を応援していく仕組みを作りたいと思ったんです。
──また対象ジャンルが“パフォーミングアーツ”と幅広いのも、アーティストの活動や作品が多様化する中で、適時性を感じます。
はい。もともとあった「ミニセレ」を拡張するという意味合いもあるので、「AICHI NEXT」ではジャンルにこだわりたくないと思っています。ただもちろん、あえてそのジャンルを追求していくという方向性も全然ありだと思うので、いわゆるダンスが作りたい、演劇が作りたいということでも良いと思いますし、古典芸能とか、「これを何と名づけていいかわからない」というような作品など、いろいろなあり方があり得ると思うんですよね。そして今回、上演空間として3つの場所をご用意しているので、それぞれの空間に対して自分の持っているメディアで挑戦してもらえたらと思っています。
同時に、それぞれのジャンルを追求するうえで、行き詰まりみたいなものはどうしても出てくると思うのですが、そういったときの突破口と言いますか、新しい挑戦をするには、自分が知らない領域の人たちとの出会いが重要だと思うんです。これまでも「ミニセレ」でジャンルを越境したさまざまなコラボレーション企画をやってきましたが、「AICHI NEXT」でもメディアの越境や新しいチャレンジ、アーティスト同士がお互いに影響し合っていくような試みは、ぜひぜひ応援していきたいなと思っています。
全国対象の「Advance Stage」、若手が参加しやすい「Challenge Stage」
──「AICHI NEXT」には「Advance Stage」と「Challenge Stage」、2つの枠が用意されました。それぞれの違いについて教えてください。
「Advance Stage」は、愛知県芸術劇場で上演してみたいと思う方にぜひ応募していただきたいと考えているプログラムです。応募資格として「団体または企画の中心となるアーティストの活動実績が概ね3年以上あり、かつ過去に1作品以上の上演経験を有すること」などを掲げていて、若い人でももちろん大丈夫ですし、居住地や活動拠点は不問なので、全国のアーティストが対象です。ただどうしても愛知県で上演するうえで交通費や宿泊費はかかってしまうので、そういった意味では近郊の方々にとってアドバンテージが高いかもしれません。「Advance Stage」は小ホールまたは大リハーサル室での上演となりますが、小ホールまたは大リハーサル室を使う以上、アーティストには作品を作るだけでなく、お客さんに観てもらうということを意識してほしいですし、自分たちでもお客さんを呼ぶ努力を一緒にしてほしいと思っています。やっぱりアーティストだから作品を作ればいいだけということではないと思いますし、私たち劇場スタッフが広報などを担うことで「劇場の人が観客を集めてくれるんだな」と思われてしまうのはアーティスト自身にとってもあまりよくないと思います。アーティストには“自分たちには作品を観てもらいたい人がいる、だから作品を作っているんだ”という意識を持ってほしいし、新しい人を呼び込む意識は常に持っていただきたいと思っています。
一方、「Challenge Stage」は本当に“チャレンジ”を求めていて、応募資格としては「出身・居住地・活動拠点のいずれかが東海4県(愛知・三重・岐阜・静岡)であること」や「団体または企画の中心となるアーティストの活動実績が概ね1年以上あり、かつ過去に1作品以上の上演経験を有すること」などを主な条件としています。つまり、最近始めた方でもチャレンジできます。上演場所は愛知芸術文化センターの2階フォーラムなどのオープンスペースを予定しており、オープンスペースなので劇場用の常設の照明もありませんし、ある意味気軽にできます。ただ面白くなければすぐ人は離れていってしまいますから、オープンスペースで通りがかりの人に観てもらう、集客するのはやっぱり大変だと思うので、そういう意味でのチャレンジでもあると思います。
また、これは両方に共通して応募資格の欄に書いているのですが、「キャリアや立場を超えて尊重しあう健全な創作環境を構築し、全ての関係者にリスペクトをもって創作・公演を実施できる団体または個人」という点は大切に考えていて、創作の過程において健全な創作環境を意識していただきたいと思っています。さらに「AICHI NEXT」は実験的なプログラムだとは思いますが、同時に公共性と言いますか、もう少し開かれたものにしていきたいなという思いがあって。どうしても実験的なものって、“好きな人だけがやっているもの”と思われがちですが、せっかくオープンスペースなどを使いますし、公的なお金を使う事業でもありますから、実験的でありつつもパブリックな試みを意識する、という気運を作っていきたいなと。“あれは好きな人たちが勝手にやっているものだ”と思われるようなものではなく、“あの作品やアーティストを、県民をはじめみんなで応援していこう”と思えるようなそういう状況を作り出したいと思います。
──応募資格に「舞台芸術分野においてオリジナル作品を上演し、今後も継続的に上演活動を行っていく意思のある団体または個人。ただし個人での応募は、実演家、演出家、振付家、プロデューサーなど」とあります。これは、プロフェッショナルを目指している人を対象としている、ということでしょうか?
そうですね。もちろんカンパニーとして構えている場合にはアマチュア団体もあるとは思いますが、一過性のプロジェクトではなく、継続的な活動を考えている人ということが前提です。「AICHI NEXT」は育成プログラムという側面もあるので、これからどうなっていくかはわからないけれども、愛知県芸術劇場での公演を1つのステップとして、プロデューサーや演出家として羽ばたいてほしいという意図があります。
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