Dance Base Yokohama 唐津絵理インタビュー / “ダンスの拡張”山﨑広太・岡田利規コメント|日本型ダンスハウスが拓く、新たな可能性

2020年6月25日、Dance Base Yokohamaが横浜に誕生した。プロフェッショナルなダンス環境の整備とクリエイター育成を目指す同ダンスハウスは、オープンからわずか1カ月のうちにさまざまなプロジェクトを始動させ、愛称の“DaBY(デイビー)”と共に強く存在をアピールした。

DaBYのアーティスティックディレクターを務めるのは、愛知県芸術劇場シニアプロデューサーでもある唐津絵理。日本のダンス界に長く携わって来た唐津は、DaBYをクリエイティブで風通しの良い場にしようと、道なき道を切り拓いている。

本特集ではそんな唐津にDaBY創設への思いや、コロナ禍において多くの変更を迫られた今後のプロジェクトのポイントをインタビュー。後半では、現在開催中の展覧会「ダンステレポーテーション」展のオープニングトークのレポートのほか、同展の振付ディレクターである山﨑広太、さらに「『瀕死の白鳥』を解体したソロ」の演出・振付を手がける岡田利規のプロジェクトに対する思いを紹介する。

[唐津絵理インタビュー]取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌
[トークレポート]取材・文・撮影 / 櫻井美穂

Hello, DaBY!

みなとみらい線・馬車道駅からすぐ、KITANAKA BRICK&WHITEのBRICK North館の3階にDaBYは位置する。レトロな雰囲気の外観と打って変わり、館内は白を基調としたミニマルで現代的な空間で、外光が差し込む広々としたアクティングエリアと、それを囲むように備えられたアーカイブエリアから成る。

DaBYの大きな特徴の1つは、アクティングエリアの内装を自由に変えられることだ。椅子やテーブルなどの備品はすべて可動式でさまざまな使い方ができるほか、白壁に黒いカーテンを引けばホワイトキューブからブラックボックスに変化させることもでき、部屋の使用目的によって多様な空間を演出することができる。また、スタジオ内は常に明るく、至るところに植物が配置されているなど、居心地の良い空間となっている。

ただの“箱”ではなく、思考する“流動体”に──
Dance Base Yokohama 唐津絵理インタビュー

居心地の良い“場作り”を目指して

──DaBYが本格始動して、約1カ月経ちました。想定内のこと、想定外のこと、それぞれおありだと思いますが、どのような実感をお持ちですか?

唐津絵理

日本の舞台芸術ではどうしても“箱”に対する需要が強くて、そこでどんなことが行われるかは後回しになりがちだと思っていました。ですからDaBYを作るにあたっては、“どんなことをやるためにどんな機能が必要か、どんな作りにしておけば使う方の想像力が刺激されるか”ということをまず考え、居心地の良さやインスピレーションの湧きやすさを意識して準備してきました。ところが新型コロナウイルスによって4月のオープンが延期になり、海外から来る予定だったレジデンスもなくなってしまったことで、最初から多くの変更を迫られました。コロナ禍で何ができるのか、今何をするのが、日本のダンスの拠点としてふさわしいのかを自問自答し、急遽、アーティスト支援という形で、日本のアーティストにスタジオを無償提供することにしました。

また、READYFORさんと連携して「中止イベント支援プログラム」を実施し、オープニングに使用する予定だった予算の一部を、3・4月に公演を中止したパフォーミングアーツのアーティストの方に寄付をさせていただきました。いずれも多くの方からの応募があり、そして実際にスタジオを使った方々は「すごくインスピレーションが湧いた」「あっという間に時間が経ってしまった」とたくさんの感想を寄せてくださり、まったく異なる状況にはなりましたが、良い形でDaBYが始動し始めたなと思っています。

──6月上旬の内覧会も取材させていただきましたが、そのときよりも備品や貼り紙が増え、スタジオに人の温もりが染み付いてきた感じがします。スタジオには書籍も多数ありますが、ダンスに関する本や雑誌はもちろん、ミュージカルや演劇のパンフレット、美術やファッションの書籍などもありますね。

アーカイブエリアにはDaBYメンバーズに登録さえしていただければ、どなたでもお入りいただけます。今ここにあるものは、大半が私の自宅や職場にあった資料なんですけど、まだ全然整理ができていません。でも舞台芸術に関心をもってもらうために、多くの方にシェアしたいと思ってここに置いています。今後は寄贈していただくこともあると思いますし、DaBYでも購入していく予定です。実はこういった書籍の整理を大学生の方にしていただいて、既存のダンス関係者だけではなく、舞台芸術に興味のある若い方たちにも関心の輪を広げていきたいなと思っています。

ただの“箱”ではない、流動体としての場作り

──5月末のオンライン会見で(参照:3つの“拡張”を掲げ、ダンスハウス・DaBYがグランドオープンに向けて意気込み)、唐津さんは「DaBYを海外のダンスハウスとは異なる、日本の状況に即した場にしていきたい」とおっしゃっていました。具体的にはどのような点が、“日本型ダンスハウス”として必要だと思われますか?

ひと口に海外のダンスハウスと言っても、ダンス環境、芸術環境がまったく違うので、もちろん一括りに語ることはできません。ただ日本の場合は、国立大学の芸術学科に演劇やダンスの専門分野がありませんし、劇団やカンパニーを有した劇場もほとんどないのが現状です。特にダンスはまだまだ土壌が整っていない状況ですから、そういった中で“当然あるべきもの”を考えるとなんでもかんでも必要になってしまう。

それでも、「最低限これだけは」というもの、それをきっかけに何か新しい展開が生まれるのではないかと思えるものとして、まずはクリエーションの場所が必要だろうと考えました。特に関東圏の方々は、作品を作る場所に本当に困っているので、そこが大きな出発点です。また場所があればいろいろな人が集まることができるので、それぞれが抱えている問題意識を共有することもできるし、そこから具体的なアクションにつなげることもできる。なので私は、DaBYをただの箱ではなく流動体にしたいと思っていて、ここにいる人たちと共に動き続け、日本の舞台芸術に対して問題提起をしていきたいと思っています。

──例えばそのような場として、ダンス学校のような形をとる方法もあると思いますが、DaBYはあくまでプロのダンサーを対象にしています。それはなぜですか?

日本は世界的に見てもバレエ教室などがとても多く、ある程度のダンス教育を受けられる環境は、すでにあると思うんです。でもそこからプロになっていくためのステップアップできる環境や、プロになったあとで活動する場所は足りていないと思っていて。実際、プロとして海外で活動してきたけれど日本に戻って来ると仕事がない、戻る場所がないという方々がたくさんいらっしゃって、でも彼らが日本のダンス界に与えてくれる影響は、実は非常に大きいと思うんですね。なのでまずはプロにフォーカスしたいなと。もちろん今後の目標として、ダンスのための学校とか、カンパニーや劇場を持つことにも夢を持っています。

キーコンセプトは「つくる、そだてる、あつまる、むすぶ」

──お話を伺っていると、唐津さんのDaBYに対する構想は非常にクリアで、その思いのもとに空間やメンバー、各プロジェクトが形作られていったことがよくわかります。実際にはどのような順番でDaBYの骨子が立ち上がっていったのでしょうか。

唐津絵理

まずは「場所が必要」という思いを軸に、「それをもう少しわかりやすい言葉にするとどうなるだろう?」と考えたのが、現在DaBYがキーコンセプトに掲げている「つくる、そだてる、あつまる、むすぶ」という4つなんですね。具体的には、プロフェッショナルなクリエイターがダンス作品を「つくる」こと、プロのためのセミナーやワークショップを開講して「そだてる」こと、一般の観客を対象にしたプログラムを実施して「あつめる」こと、国内外の劇場やアーティストとの関係を「むすぶ」ことを目指したいと思っていて。

「それを実現するにはどうしたらいいんだろう?」と考える中で、例えば「そだてる」なら海外での経験が豊富で、日本の若手にアドバイスしたり、メンター的な役割ができるダンスエバンジェリストに経験をシェアしていただきたい、それならちょうどセカンドキャリアとしてダンスとの関わり方を模索していた小㞍健太さんとやってみようかなとか、「つくる」だったらご自身のダンス作品を作ることはもちろん、一緒に異ジャンルの若手ともここで実験的なクリエーションをしてくれる方がいい、海外で多様なタイプのアーティストと創作を続けてきた鈴木竜さんなら挑戦してくれるかなとか、私の考えている課題に対して共有してくれる方、一緒にトライしても良いなと思ってくださる方々が自然と集まってきてくれて、そういう形で輪郭ができていきました。

5月のゴールデンウィークにはオープニング企画として「TRIAD DANCE DAYS」を用意していました。「都市を振り付ける」をテーマに、DaBY内ではダンスのアカデミックな振付にフォーカスした企画として「ダンスの系譜学」を、また振付をもっと広義に捉えて、都市そのものを舞台にした屋外でのパフォーマンスを予定していたのですが、コロナで中止になってしまったので、急遽この状況の中でも前向きにできることをみんなで話し合いました。

そういった話し合いの中で、まずはYouTubeチャンネルを開設し、オンラインでできることを探っていこうということになりました。例えば動画を公開しようとか、バーチャル内覧会をやろう、インスタライブをやってみようというように、小㞍さん、竜さんをはじめ、ダンサー以外のデザイナーやスタッフにもどんどん関わってもらいながら、ダンスのためにできることは何かを、みんなで日々考えていきました。ありがたいことに、課題に対して、前向きに一緒に考えていけるようなとても良いメンバーが集まっていて、今も常にいくつかのプロジェクトが動き続けています。

──DaBYのオープンを祝し、100人以上のダンサーが参加したダンスムービー「Happy BirthDaBY」は大きな話題となりました。コロナによって思い通りにいかなくなった部分と、逆に思いがけない追い風を受けた部分があるのですね。

そうですね。私はDaBYをよく、「劇場に行く一歩手前の場所」と話すんですけれど、観客の方々にも作品が劇場に上がる前、ダンサーたちがクリエーションでどんなやり取りをしているかを知っていただく場所が必要だと思っていたのですが、オンラインで創作の裏話を語るなど、さらに興味をもってもらえる場が作れたかなという感じがしています。

──確かに作品を観ただけではわからなかったことが、稽古場を見学したり、アフタートークで作り手の話を聞いたときにパッと見えてくることがよくあります。

そういうこと、ありますよね。8月30日に予定している竜さんを中心としたトライアウト「DaBYコレクティブダンスプロジェクト」も、もともとは普通にダンス作品を作って、完成したものをどこかの劇場で発表するイメージでいました。でも現在の状況では、これまでのように劇場で上演することは難しいかもしれないので、クリエイティブチームとは、既成の価値観にとらわれずに、自由な発想で考えていくように話をしています。そして、作品のパーツ──“フラグメント”と呼んでいるのですが──を定期的に映像等のメディアで公開し、クリエーションの過程を見せていくなど、創作方法やアウトプットの方法から見直し、この状況だから生まれる表現を模索しています。