筧利夫が6年ぶりに挑む!ブロードウェイミュージカル「クラスアクト」

ブロードウェイの舞台に立つことを夢見る人々の姿を真摯に描いた、ミュージカル「コーラスライン」の作詞家としても知られる作曲家エド・クレバン。彼を主人公にしたミュージカル「クラスアクト」が、2024年5月のサンシャイン劇場公演を皮切りに全国で上演される。

実話を元に、「コーラスライン」誕生秘話を描く「クラスアクト」は、1970年代のアメリカ・ニューヨークを生きた舞台人たちの熱量をそのままに、歌や踊りがふんだんにちりばめられた意欲作。本作で、約6年ぶりのミュージカル出演となる筧利夫が、主人公エドを演じる。

ステージナタリーでは春の訪れを感じさせる3月下旬、筧に「クラスアクト」出演への思いを聞いた。

取材・文 / 大滝知里撮影 / Junko Yokoyama(Lorimer)

エド・クレバンの人生を代弁できるように、役を自分に浸透させる

──筧さんは、2004年と2008・2009年、そして2014年にミュージカル「ミス・サイゴン」でエンジニア役を務められ、2018年には「深夜食堂」(参照:ミュージカル「深夜食堂」開店、マスターの筧利夫「常連とワイワイやりに来て!」)に主演されました。以来、ミュージカル出演は6年ぶりとなります。本作の出演依頼が来たときに、どのようなことを思われましたか?

「また来たか」と思いました(笑)。2014年のミュージカル「ミス・サイゴン」では病気療養のため急きょ降板された市村正親さんの代役を務めてしまったものですから、「筧は相当なものなのだろう」という印象が世間に浸透してしまったかもしれませんが、僕は基本的にミュージカル界の人間ではないので、ミュージカル出演をオファーされると「なぜ俺に?」といつも思うんです。実はこの作品は、数年前に一度オファーをもらったことがあったのですが、当時は「僕には荷が重い」とお断りしました。そうしたら今回、もう一度お声をかけてくださって。周りの人たちに相談すると、皆、「絶対にやったほうが良い」とおっしゃるので、ならば挑戦してみようと思ったんです。

筧利夫

筧利夫

──ミュージカル「クラスアクト」は、作詞家として参加した「コーラスライン」で一躍有名になった作曲家エド・クレバンの生涯を描いた作品です。劇中では、作詞家として名をはせたエドの葛藤や、彼を支える人々の様子が描かれます。日本語台本(訳詞)・演出を劇団スイセイ・ミュージカルの西田直木さんが手がけられていますが、台本を読んだ感想を教えてください。

とても読みやすいですね。第1稿を読んだときに、この物語は真面目に考えないで、コントのように面白おかしくできるんじゃないかなと思いました。でも、過去に日本でこの作品が上演されたときの稽古場日誌を読ませてもらったら、作家が陣中見舞いにわざわざ来日したと書いてあったんです。これはふざけた気持ちでいてはいけないなと。今回は実在する人物の物語をエンタテインメントとしてお見せするので、架空のストーリーを紡ぐ作品とは責任の持ち方が違うと感じています。自分勝手な想像だけで役を作るのはなく、きちんとエド・クレバンさんの人生を代弁できるようにならないといけないので、毎晩エドさんに「失敗なくアナタを演じられますように」とお祈りをしているんですよ。僕は、長時間考えても、わからないものはわからないというスタンスなので、本稽古開始前までに自分で台本を読み込み、セリフを覚え、歌を練習し、そして皆でリハーサルを重ねて、役を自分に浸透させていくんです。すると、なんとなく役のことがわかってくる。その感覚が大切だと思っています。

──台本に書かれているエド・クレバンを、どのような人物として捉えましたか?

エドは自分の才能を相当信じている男。本当にやりたいことは作曲ですが、作詞のほうに芽があるんです。“人は2番目のことで成功する”とよく言いますが、彼もそういうタイプなんだろうなと。自分が作曲した作品は我が子のように大切にしてしまうから、商品棚に置いて“売る”ということができないんですよ。でも作詞は“仕事”として、頼まれたら嫌だろうが何だろうがやることができるんです。ミュージシャンにとってはよくある話なのかなと思います。

──筧さんにとって俳優は、“1番”と“2番”のどちらでしょうか?

どちらでもないですね。というのも僕はまだ、自分に何が一番向いているかわかっていないんです(笑)。だから常に“1番”を探しています。役者は年々、趣味になってきているなと思っていて、だからこそ今、一番真剣に取り組んでいます。稽古開始までの準備期間を、畑を耕すかのように自分を掘り下げていくわけですが、そうやって過ごす時間が、今はとても楽しいんです。

ミュージカルでは自分のレールから外れる必要がある

──共演者には、エドの良き理解者となるソフィ役の紫吹淳さんをはじめ、高橋由美子さん、吉田要士さん、ブラザートムさんといった方々を迎えられます。

歌のプロフェッショナルばかりで、一緒にハモって歌えることが光栄です。僕は今回、主演をやらせていただく立場ですが、歌がうまい人に憧れがありますし、“ザ・ミュージカル”と言えるような王道の楽曲が並ぶので、皆さんの歌を聞くのが楽しみなんです。僕自身は、「ミス・サイゴン」のようにセリフが多くなく、多くが歌で紡がれるミュージカルが好きです。だから今回は、“急に歌い出す”という気恥ずかしさをいかに乗り越えられるかが核になる。舞台に出演していて、ここ数年で気付いたことがあるんですが、舞台俳優には自分の音階、音符というものがあるんです。ストーリーを紡ぐ中で、1本の道のりがあるとしたら、ストレートプレイの俳優の場合は、そのレールの中で高くても低くても良い、自分の“音符”、その日の“音符”でセリフを言うことができる。でもミュージカルでは歌うシーンになると、自分が敷いたセリフのレールから外れて、用意された音符を使わなければならないんです。僕はつかこうへいさんの作品などで野太いレールを体得してきたので、簡単に外すことはできなくなっているのですが(笑)、これをやっていかなければいけないのだなと実感しています。

──今回、「クラスアクト」に主演することで、ご自身に対して期待している部分はありますか?

ミュージカルに関して、僕はまだまだ発展途上だと思っているので、今回の作品で歌唱力がかなり上がるのではないかな。ミュージカルナンバーの数も多いですし、何より僕の中で歌に対するシビアさが増しているんです。初めてミュージカルに出演した頃は、オーケストラに合わせてしゃべっておけば良いんじゃないか?くらいに思っていて。能動的に努力し始めたのは、幕が開いてからでした。本番前に歌を録音して聞き返して、分析して……オーケストラが鳴っていてもまるで霧の中にいるような感覚の状態から、乗り越えていったんですよ。今回の出演に向けて、昨年11月から歌稽古を始めているのですが、この作品で及第点を取れたら、“ミュージカル俳優”と名乗っても良いんじゃないかなと、自分に期待しています。

また、物語の最後でエドが、“名声を得ることではなく、好きなことをずっと続けていくことが一番大事。それに気がついた”と語る場面があるのですが、僕の1ページくらいの長ゼリフのあとにソロの歌唱があって、また1ページの長ゼリフがあって、また歌うという、僕を「これでもか」と堪能できるシーンがあるんです(笑)。お客さんにはぜひそのシーンでの僕に期待をしていただきたいですし、覚悟もしておいていただきたいなと思います。

どうなるかわからない、そんな空気感を楽しみたい

──この作品では、エド・クレバンのこれまでの舞台人生をたどるように物語が進行します。筧さんの舞台人生が舞台化されるとしたら、どの作品がラインナップされると思いますか?

確実に「飛龍伝」でしょうね(編集注:1990年以降シリーズ化された、つかこうへいの戯曲。「飛龍伝'90 殺戮の秋」は第42回読売文学賞を受賞した)。テレビドラマのプロデューサーや映画のプロデューサーに「『飛龍伝』を観てこの世界に入りました」と言われるなど、あの作品のことは今でも言われます。それほどの威力があった作品で、僕にとってもつかこうへいさんと出会い、鍛えられたというのは大きかったですね。劇団☆新感線・いのうえひでのりさんに出会ったのもターニングポイントですし、鴻上尚史さんの第三舞台に参加したことも外せません。第三舞台は当時、チケットが発売5分で売り切れてしまうような劇団で、劇場売りチケットの発売1週間前からお客さんが徹夜で列を成すような人気ぶりでした。当時は珍しい、衛星中継もやっていました。もし僕の舞台人生が作品化されるとしたら、つかさん、いのうえさん、鴻上さんについては必ず書いてもらわないといけないですね。

──この作品は、東京のサンシャイン劇場を皮切りに全国16カ所で上演されます。どのような舞台を届けたいですか?

お金をいただく以上、我々には皆様を楽しませるという責任があります。作品を観たら、最近はXなどで感想を拡散していただきたいと思っているのですが、本心としては拡散禁止。秘密の公演を皆様にお届けしたいと思っています(笑)。普段、東京などで1カ月の公演をすると、雰囲気がだんだんとわかってくるのですが、今回は全国のいろいろな場所に行きますし、地方ではほぼ1回、多くて2回公演のところばかり。短時間でその劇場の空気やお客さんの雰囲気をつかみ取ろうとするのは、行ったことがない海に船を出して投縄漁をするようなもの。波と天候を読み、干潮満潮を調べて臨むけど、どうなるかはわかりません。そんな空気感を僕自身も楽しんで、素敵な舞台をお届けできればと思っています。

筧利夫

筧利夫

プロフィール

筧 利夫(カケイトシオ)

静岡県浜松市出身。劇団☆新感線を経て、劇団第三舞台の看板俳優に。代表作に劇団第三舞台「朝日のような夕日をつれて」、つかこうへい作・演出の「飛龍伝」シリーズ、蜷川幸雄演出「じゃじゃ馬馴らし」など。ミュージカル「ミス・サイゴン」には2004年、2008・2009年、2014年にエンジニア役で出演。映像でも活躍し、「踊る大捜査線 THE MOVIE」(1998年)の管理官役は大好評を得た。主演作に大林宣彦監督「22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語」(2006年)、押井守監督「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」(2015年)など。