いい意味で、細かいことを考えなくなってきた
──先日ファイナル公演を迎えたばかりのツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」についても話を聞かせてください。さいたまスーパーアリーナ公演とファイナルの横浜アリーナ公演を拝見したんですが、ライブを観て、これまでになく楽しいという実感がありました。例えばマインスイーパーにまつわるMCは落語や漫談に近い感じもあって。圧倒的なもの、美しいものを見せようというだけではない、楽しませようというエンタテイナー精神も感じたライブだったんですが、このあたりって、米津さんの意識としてはどういうものがありましたか?(参照:米津玄師が表現の根源たどった“空想の旅”、満員の横アリで幕「すごく幸福な人生だと感じます」)
「こういうライブにしたい」「楽しませたい」みたいな気持ちが当初からあったかと言われると、別になかったんですよ。マインスイーパーのMCも、もともと何をしゃべるか全然考えてなくて。「こういうことを話そうかな」というなんとなくのあたりをつけたのは、初日の会場に着くまでの車の中なんです。セットリストや演出を考えているときはある程度のコンセプトがありましたけれど、最終的には出たとこ勝負だったんです。やってみたらあんな感じになったという。
──しゃべりの巧みさ、話術というところについてはどうでしょうか。
いい意味で、細かいことを考えなくなってきたというのはあると思います。昔はMCもほとんどしゃべっていなくて。しゃべるより前に曲で表現するのがミュージシャンの本懐だと思っていたんです。そういうところも、あまり重く大きくとらえすぎないようになってきた感じがあるんですよね。「楽しい」と言ってもらえたのはすごくうれしいし、なぜそうなったのかというと、さっきも言ったような、ユーモアを持つという……客観的な、別の視点から対象を見て、それを面白おかしく捉え直すという、そういう2、3年があったからこそだろうなと思います。そういう意味では、人間的に成熟してきたとは思いますね。
──なるほど。
自分のライブ活動の歴史って、サポートギターの中ちゃん(中島宏士)とほとんど一緒なんです。ライブを始めたときから彼もいるし、彼も当時から今まで、別のサポートをすることはほぼなくて。だからサポートという立場ではあるけれども、本当にバンドメンバーの1人という感じで、同じ時を経て同じライブを10年間くらい続けてきた感じがあるんですけど、彼も近年すごく進化していて。プレイもそうですけど、アンコールのときのMCでムチャぶりをするというのを毎年やっていくうちに、ちゃんと落とせるようになってきた。ツアーが終わったあと、打ち上げまでの車の中で2人でしゃべったときも、昔は「うまくしゃべれるかな」とか「大丈夫かな」みたいに思っていたのが、最近はウケるかウケないかの心配になってきたと言っていて。そういう意味で、やっぱりともに成長してきたんだなあという感慨がありました。
昔の自分みたいな奴らに、いかに祝福を与えてやることができるのか
──ライブ後半のMCでは、ツアータイトルの「空想」の由来についてもお話されていました。自分が空想家の子供だったからこそ今の自分があるというという、米津さん自身のアイデンティティの根っこにあるようなことを語っていた。そのあたりについてはどうでしょうか。
今回はMCパートが2カ所あって。1カ所目がさっき言ったマインスイーパの“エセ落語”みたいなところで、そこはしゃべることをなんとなく決めていたんですけど、後半のMCパートでは特に何かを決め込んでしゃべることはしなかったんです。そもそも、なぜ自分が「空想」というタイトルを付けたか、実はそんなに定かではなかったんですよ。「タイトルどうする?」と聞かれて「何にしよう、じゃあ『空想』で」みたいな感じだったんですよね。だから「空想」というタイトルを付けた理由を話しますという体でしゃべり始めるんですけど、実のところ自分が何をしゃべるのかっていうのは自分でもよくわかってない状態で。その都度全然違う話をしていたんで、ツアーをずっと通して見てきたスタッフやメンバーは「言ってること全然違うな」と思っていたかもしれない。でも、嘘をついているという感覚もなかった。その都度自分にとっては正解だった気がするんですよね。
──「月を見ていた」という曲を作ったことは、自分の子供時代を振り返ることにつながったと思うんです。そういうこともあって、今回のツアーが「空想」というタイトルで、自分がどういうところから来た人間なのかを再確認するものになったということにも、ある種の必然性があったんじゃないかと思います。
そうですね。やっぱり、一度振り返らざるを得ないような空気感が自分の中にありました。身体的な加齢もあるし、円熟味を増していく自分自身を感じてもいるし、どんどん昔の自分から時間的な距離が遠ざかっていく。だから、そういうことを今一度振り返って、自分自身を再確認していくタイミングがこのツアーなんじゃないかと強く思った。それはあるかもしれないですね。
──最終日のMCで語られたことですが、米津さんが「昔の自分のような」と言って若い世代の人たちに言葉を投げかけていましたよね。それを聞いて、僕は以前に「YANKEE」でのインタビューで「呪いをテーマにしたアルバム」という話をしたときのことを思い出したんです。(参照:米津玄師「YANKEE」インタビュー)あそこで語っていたような、葛藤やコンプレックスを抱えていたかつての自分と同じような心根を持った人への言葉は、すごく胸に残るものがありました。
さっきも言ったように、MCは公演ごとに全然違うし、そのときどきでパッと出てくる言葉をピックアップしながらやってきたんですけれど、最後の2日間はその中の“一番選ばなきゃいけないもの”を選んでしゃべった感じがするんですね。なんでそれを選んだのかというと、「背負わなきゃいけないんじゃないか」という思いがあったんです。世を呪ってばかりいてもしょうがないなって。昔の自分みたいな奴らに、いかに祝福を与えてやることができるのかを考えるようになった。そういうことを、音楽だけじゃなく、言葉としても残していく必要があるのかなっていう。
──なるほど。
今回のツアーの中でよく覚えているのが、熊本公演での出来事で。ライブが終わったあとに楽屋のベランダで休憩していたら、建物のすぐ横にあった駐車場で、車椅子の人が車に乗っていく後ろ姿が見えた。おそらくライブに来てくれた人だと思うんですけど、足が動かない状態で、たくさんのストレスや障碍があって、それでもここを選んでやって来てくれた。その後ろ姿の記憶がすごく残っていて。それを見たときに「果たしてこの人は楽しめただろうか」と思ったんです。満足できるライブだったのか、それとも期待していたほどじゃなかったという落胆だったのか。後ろ姿だけではわからなくて、その両方の可能性が重なって見えた。「果たしてどっちだったんだろう」ということを思ったのが、自分の中で大きな体験だったんです。そこから、ステージで楽なほうに逃げ込んでないだろうかと考えるようになった。こうすれば楽に盛り上がってくれるとか、こうすれば歓声を上げてくれるとか、そういう自分なりに培ってきた方法論があるんだけど、しかしそれって誠実な姿なのかなって。別に盛り上がることだけがライブの至上命題ではないだろうし、みんなが一丸となることだけがライブの可能性ではない。もっといろんな形があって、それも全部包括できるような豊かな空間であるべきだと思うんですけれども、そういうことを果たして本当にやれているのかなっていう。車椅子の彼や、会場の後ろのほうの人たちにもちゃんと届くようなものができているのだろうか。そういうことを考えていると、やっぱり何らかの祝福を与えてやらないといけないんだろうなっていう気持ちがより強くなった。そういう体験がありましたね。
プロフィール
米津玄師(ヨネヅケンシ)
1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースしたTBS系金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」は自身最大のヒット曲に。「Lemon」も収録した2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となった。同年の年間ランキングでは46冠を達成し、翌年も2年連続で年間首位を記録。Forbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」も受賞した。デビュー10周年を迎える2022年5月に映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」やPlayStationのCMソング「POP SONG」を収録したシングル「M八七」をリリース。9月より2年半ぶりとなる全国ツアー「米津玄師 2022 TOUR / 変身」を開催した。11月に、テレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」をリリース。2023年3月に日本コカ・コーラ「ジョージア」のCMソング「LADY」を配信リリースし、4月からは全国ツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」を開催。6月にPlayStation 5用ゲーム「FINAL FANTASY XVI」のテーマソング「月を見ていた」を配信リリース。7月にはスタジオジブリ宮﨑駿監督「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」をリリースした。
米津玄師 official site「REISSUE RECORDS」
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2023年8月25日更新