米津玄師|ただただ物語のために── 「FINAL FANTASY XVI」に捧ぐ 空想の音楽

米津玄師が6月26日に新曲「月を見ていた」を配信リリースした。

「月を見ていた」は、PlayStation®5用アクションRPG「FINAL FANTASY XVI」のテーマソングとして書き下ろされた楽曲。子供の頃から「FINAL FANTASY」シリーズに親しんできた自身にとって、またとない制作機会を得たという米津は、ゲームの世界観や物語性に深く寄り添った1曲を作り上げた。

音楽ナタリーでは、この楽曲に関するインタビューを前後編で展開する。前編では、米津の「FINAL FANTASY」シリーズへの思い入れや、「FFXVI」のプロデューサーである吉田直樹氏とのやりとり、テーマソングを書くにあたっての楽曲の方向性について語ってもらった。

取材・文 / 柴那典撮影 / 山田智和

「月を見ていた」インタビュー前編

「FINAL FANTASY」との出会いと“親和性”

──米津さんは以前から「FINAL FANTASY」を好きなゲームだと公言されていましたが、改めてこのゲームとの出会いについて、教えてもらえますか?

小学1年生の頃、家にPlayStationがやってきて、そのときに自分が何を買ったかは覚えていないんですけど、しばらく経って、気付いたら「FINAL FANTASY VII」が家に置いてあって「あるならやってみよう」とやり始めたのが最初です。

──そのときの第一印象はどんなものでしたか?

怖かったですね。自分が小1の子供だったので、ストーリーの暗さもさることながら、ボスと戦うときに時間制限があって、何分までに倒さないとゲームオーバーになる。その時間制限の中で焦りながら敵を倒さないといけないのがすごく怖かったです。制限がとても苦痛で、それが大きな記憶として残っています。

──「FFVII」を体験したことは、米津さんにとってすごく大きな衝撃になった。

今思い返してみると、自分がこういう趣味嗜好の人間になったのにはこの作品の影響が大いにあるんじゃないかと思うんですよね。ストーリーはシリアスで、街並みはスチームパンクっぽい雰囲気で、いまだにそういったものを見ると、心踊る感覚があるんです。自分の人格形成に大きな影響を及ぼしているんじゃないか、振り返ってみるとそう思います。

米津玄師

──「FFVII」だけでなく、その後のシリーズもプレイしたんでしょうか?

新作の情報が出るたびにワクワクしていたし、中でも一番好きなのが「FFXII」ですね。発売されたときは高校生だったんですが、大々的に広告を打っていたんですよね。「ポーション」のドリンクがコンビニに並んだり、キービジュアルがとても印象的でした。「FFXII」は「イヴァリース」というシリーズの1作で、その世界には多様な種族がいて。キービジュアルの、真っ青なカラッと晴れた空に飛空艇が飛んでいる、奥行きのある美しいファンタジックな光景を見て「すごいな」と思ったりしました。その夏休み中は、ずっと「FFXII」をプレイして、ずっと帰ってこないという状態で。その体験はかなり大きかったと思います。「FINAL FANTASY」は、特にナンバリングがあとになるほどシリーズごとに戦闘のバトルシステムが変わっているんですけれど、「FFXII」は当時のいわゆるMMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)のようなバトルシステムを採用していて。それもすごく好きだったんですよね。そういうところでも自分にとって“親和性”がありました。

──その“親和性”とは、どのようなものなんですか?

小学生の頃からオンラインゲームがすごく好きだったんですが、「ラグナロクオンライン」にハマったことで自分の人生が狂ったという自覚があって。「FFXII」にも、それに近いニュアンスを感じたんです。MMORPGっぽいニュアンスで、広大な世界をどこでも好きに進むことができる、自由な感じがあって。それはすごくよかったですね。あと、ゲームの中に辞典のような機能があるんです。キャラクターやモンスターの生態がたくさん描かれていて、それを夜な夜な読みふけったりもしていた。高校時代のある一時期は、完全に「FFXII」と向き合うだけの生活を送っていました。

ファンタジーが1つの大きな幹となっている

──システムやストーリーはシリーズごとに異なりますが、米津さんが「FINAL FANTASY」シリーズ全般に感じる魅力は、どういったところにありますか?

最初に自分が経験したのが「FFVII」だというのもあると思うんですけど、シリアスかつ重厚感のあるストーリーに魅力を感じますね。よく比較されるのが「ドラゴンクエスト」だと思うんですけど、その2つを比較したとき、「FF」のほうがよりファンタジックで、映像も凝って作られていて、自分にとってはしっくりくる感じがあったんですよね。

──では「FINAL FANTASY」から受けた影響は、ミュージシャンとしての自分、クリエイターとしての自分の表現に、どのようなアウトプットとして表出していると言えるのでしょう?

自分は幼稚園くらいの小さな頃から、ファンタジックなものがすごく好きで。「ファンタジー」って自分が今生きている卑近な生活の中にどう考えても存在し得ないようなものが、ごく当たり前のようにそこにあるということで、そういう空想的空間に、すごく恋焦がれる子供時代を送ってきたなと思うんですよね。今振り返ってみると、それが自分の人生において、1つの大きな幹となっているような気がします。そこから絵を描くのが好きになって、音楽を作るのが好きになりましたし……自分が表現する側の立場になっても、作る音楽や描く絵には、やっぱりそういうファンタジックな、空想的な視点で作ったものが多いですね。

──なるほど。

もともと、ひとり遊びするのがすごく好きな人間だったんです。本を読んだりゲームをやったり……ひとり遊びを繰り返していく中で、いろんな空想をしたり、ファンタジックなものを思い起こしたりして過ごすという子供時代を過ごしてきたように思います。いまだにそれは続いていて、そういうものに教えてもらったことがたくさんあって。ファンタジーと言っても、現実の写し鏡みたいな側面も多分にあるじゃないですか。コインの表と裏みたいな感じで、ファンタジーには現実が反映されていて、そこには切っても切れない関係がある。だから、ファンタジーを通して、空想的な物語を通してでしか得られない“現実の正体”のようなものが確かにあるような気がするんですよね。むしろ、そういう形でしか表現できない現実のあり方みたいなものが、ファンタジーの中に詰まっているような気がします。

米津玄師

──これまでに実際に作った曲でも、頭の中で思い浮かべた空想的な情景が曲の着想になったりすることは多かったですか?

ほとんどがそうです。最初に情景やシチュエーションのようなものを思い浮かべる。自分の頭の中に最初に映像があって、それを音楽に変換していくという形です。最近、必ずしもみんながみんなそうじゃないということに気付いたタイミングがあって。ある意味で、自分はあまり音楽家然としていない人間なのかもしれないと思ったりもしました。

──「FINAL FANTASY」の劇中音楽や楽曲で、思い入れのある作品はありますか?

ベタですが「FFX」の「ザナルカンドにて」はシーンも相まってすごくいい曲だと思ったし、「クロノ・トリガー」の「風の憧憬」とか、いろいろなゲーム音楽に影響を受けました。子供の頃に聴いた音楽をリファレンスにして曲を作って自分の視点で再解釈するとどういう音楽になるのか試してみる、そういったことはいまだに好きでやっていますね。


2023年8月25日更新