米津玄師|ただただ物語のために── 「FINAL FANTASY XVI」に捧ぐ 空想の音楽

生半可な曲は書けない

──新曲「月を見ていた」について聞かせてください。「FINAL FANTASY XVI」のテーマソングのオファーを受けたときの心境はどんなものでしたか。

本当に、子供の頃からずっとやってきたゲームシリーズだったので、まさか自分がテーマソングを担当できることになるとは思わなかったです。最近ずっとそんなことばかり言ってる気がするんですけれど、ひとえに光栄でした。プロデューサーの吉田(直樹)さんは「FFXIV」に長く携わっていらっしゃる方なんですけれど、「FFXIV」は自分もプレイしていたし、すごく面白いゲームだと思っていたんです。なので、吉田さんが「FFXVI」をやるならばいいものになるだろうという確信もあって、またとない話という感じでした。

──ゲームの制作サイドからは、楽曲についてどんなお話がありましたか?

最初に吉田さんが、物語の概要や託している思いをひたすら熱く語ってくれて、その後テキストベースで全体のシナリオとキャラクターの設定資料をいただきました。ゲームのあるシーンにかかる音楽を作ってくださいというオファーだったので、その中である程度好きにというか、「あなたの感じたことを音楽にしてください」という話だった気がします。

「月を見ていた」ジャケット

「月を見ていた」ジャケット

──制作にあたっては、吉田プロデューサーとのやりとりもあったのでしょうか?

けっこう頻繁にありました。「ここまで開発ができた」とか、「戦闘システムは今こういう感じになっている」とか、どんどんアップデートした映像を持ってきてくれて。そのたびに「自分が今こういうことをやっていて、こうで、こうで、こうで」って、矜持を持ちながらすごい熱意をもって作品について話してくれるので、当たり前ですけれど「この人たち、本気でやっているんだな」ということが伝わってきて。自分も生半可な曲は書けないなと思いました。

──吉田さんとのやりとりで印象的だった言葉やエピソードはありましたか?

何か明確なひと言があったという話ではないのですが、吉田さんとチームの皆さんが、「自分たちが一番いいと思えるものを作ろう」という感じが印象的でした。「『FF』だからこうしなければならない」とか、「間を取ってこのくらいの妥協点にしよう」とか、そういうスタンスではない。とにかく自分たちがプレイして、ファンの目線で遊んで100%面白いと思えるようなものを作ろうという。ある意味子供のような目線で制作を進められていたのはすごく刺激的だったし、面白かったですね。ああいう空気感って、本当に楽しくゲームを作っているのが伝わってきました。

ただただ「FFXVI」の物語のために音楽を作る

──曲を作るにあたって、アイデアのとっかかりになったのはどういったものでしょうか。

「ゲームのテーマソングってどういうことなんだろう」と、自分の中でいろいろ考えました。ゲームって、何十時間という長い時間を費やすもので。しかも、コントローラーを通してプレイヤーになりきり没入しながら、その世界を自分で体験する。だから、その世界に対する愛情や執着のようなものが、ほかのコンテンツと比べても格段に深いと思うんです。なので、今回テーマソングを自分が担当させてもらうにあたって、“猥雑な日常”を感じてしまうような曲ではいけないと思いました。

──現実に引き戻されない曲を作ろうという発想がまずあった。

そうですね。これまでも数々のタイアップでいろんな物語に寄り添って曲を作ってきましたけれど、今回はこれまで以上にゲームの物語のほうに比重を置いていると思います。そもそも自分は大衆音楽、ポップミュージックを作っている人間なので、それぞれの物語に似つかわしい音楽であるのはもちろん、それと同時に、物語と関係ない人間、その物語を知らない人間にも、ちゃんと届くようなものを作らなければならない。そのバランスをどうするかということを、タイアップを担当するときは常に大事にしているんです。でも、今回はそのバランスが非常に悪いというか、ゲームのほうに大きく傾いた気がしますね。

米津玄師

──そのことによって、曲の作り方はどう変わりましたか?

より“滅私奉公”のような感覚になりました。曲を作っていると、どうしても自分の中でいろんな邪念が巻き起こってくるわけです。こうしたほうがゲームがわからない人にも伝わりやすいんじゃないか、もっとこういう音を足したほうがポップスとしてはいいんじゃないか、とか。そういうさまざまな邪念が渦巻くんですが、今回はそれをいかに排除するかを意識しました。ただただ「FFXVI」の物語のために音楽を作る。今まで以上に、そういう方向に進んでいったのは確かです。

──アニメやドラマのテーマソングとして曲を作るときとは発想が違っていたわけですね。

ドラマの主題歌は毎話ごとに流れるもので、曲がかかるシーンも違うし、状況もその都度違う。そうなると、どうしても抽象的にならざるを得ない部分があって。楽曲制作では、そのドラマの全話通しての根幹がどこにあるのかを探していく作業になるんです。例えば「この物語の重要な要素を3つ挙げるとしたら?」というふうに、いろんな枝葉をかきわけて最後に残るものを探して、見つけた核を中心に、自分なりにまた飾り付けしていくという作業になるんですけど。今回の曲を作る場合は、そういうやり方ではいけない気がしました。

──歌詞で歌われていることについても、ゲームをプレイしたあとで聴くと、思い当たること、より理解が深まるようなところがたくさんあるような作り方になっている。

というか、もう、そのためだけに作った曲と言っても過言はないです。ゲームをプレイし終わって、初めてピースが全部ハマる。そういうやり方にせざるを得なかった。これまで数々のゲームをやってきた自分の人生から考えると、それ以外の選択をしてしまうと、自分のあり方に誠実でない気がしたんです。ある面で言うと、それはポップスとしては非常に不誠実なのかもしれないですけど。今回においてはそれが正解なんじゃないかという予感がありました。


2023年8月25日更新