ナタリー PowerPush - 米津玄師
“呪い”を解く鍵「YANKEE」に込めた思い
米津玄師が2ndアルバム「YANKEE」を4月23日にリリースした。
昨年5月にシングル「サンタマリア」でメジャーデビューを果たした彼。本作は自ら「表現への向き合い方が大きく変わった」と語るメジャーデビュー以降初めてのアルバムとなる。
渾身の一作を完成させた彼に、作品に込めた思いを語ってもらった。
取材・文 / 柴那典
いいものを作ったから、自己嫌悪に陥った
──「YANKEE」を聴いてみて、すごく深いところまで音楽と、そして自分自身と向き合って作ったアルバムなんじゃないかと思ったんですけれども。最初に完成したときの感覚はどうでしたか?
まず、すごくいいものを作ったという自負があって。で、その上で、端的に言うと自己嫌悪に陥ったんですよ。以前山下達郎さんがインタビューで「アルバムを作り終わったあとは自己嫌悪に陥って聴けない」みたいなことを言ってたんですね。それを読んだときはどういうことか全然わからなかったし、前のアルバム「diorama」のときはそういう感情はまったく沸かなかったんですけど、今回はそういうことが自分にも起きたんじゃないかと思います。
──そういう感情が生まれた理由というのは?
音とか言葉とかリズムとか、1つひとつわかりやすいものを作ろうと思うようになったんですね。ただそういうわかりやすいものって、単純ゆえにものすごいエネルギーがある。ちょっと気を許すと、やられちゃいそうになるんですよね。
──やられちゃいそうになる?
自分でもあんまり言葉にできないんですけど、単純な言葉、わかりやすい言葉って自意識が邪魔して歌いにくいんです。だからアルバムを作ってる最中にも、歌詞が二転三転してました。
──シンプルでわかりやすいものを目指すというテーマや方向性は、どのあたりから生まれたんでしょう?
振り返ってみれば、最初は「サンタマリア」のあたりだと思うんですよね。あれが一種の意思表明の曲だった。あの曲は、自分を引っ張ってくれるような曲にしようと思って作ったんです。「何事においても至らない人間である自分が、明るい、光のある方向に向かっていくために、音楽に引っ張っていってもらおう」と。その曲の歌詞を歌うことで自分もそういう人間になっていこうと思って作った曲なんです。そこがきっかけですね。子供にもわかるような言葉でものを作りたいと思うようになってきたんです。
──自分の書く曲がポップスとして消費されてほしいという気持ちはありましたか? 例えば、山下達郎さんの曲って山下達郎さん自身の作家性とは関係なくCMソングとして聴かれたりする。そういうふうに自分の曲が広まってほしいというか。
それはもう、本当にありました。それしかなかったくらいです。
──じゃあ、米津さんの考えるポップスってどういうもの?
僕自身はすごく音楽が好きで、どんどん能動的に掘り下げて聴こうと思いますけど、世の中にはそうじゃない人のほうが多いと思うんです。コンビニで買い物をするときのように、自分が好きなものしか手に取らないし、なんとなく耳に入ってきた話題のものしか手に取らない人。そういう人にも届いていくような力を持ったものがポップスだと思います。で、自分としてもそういうものを作りたいと思うんです。最終的にはコンビニで買えるマンガの単行本みたいに、誰でも手に取れるような音楽を作りたいなと思ってるんです。
「黒子のバスケ」脅迫事件
──「届いていく力」というのは、どういうふうにしたら生まれると思います?
やっぱり、作り手が普遍的なものをちゃんと捉えることができるかどうかだと思います。人間の意識には上がらないまでも、無意識の中にはあるもの。人間に共通してあるもの。それを捉えた作品ってものすごく力があると思うんですよね。大衆娯楽って、そういうものにすごく近いところにあると思うし、それって素晴らしいんじゃないかと勝手に思ってます。
──いわゆる大衆娯楽って、楽しくて浮ついたものっていうイメージもあるじゃないですか。でもこのアルバムは全然そういうものではないですよね。ものすごく鋭く内面を掘り下げている。しかも全体のトーンとしては、喪失感とか、悲しみとか、そういったもので貫かれている。米津さんとしてはアルバムの曲を作っていく中で、どういう感情に焦点を当てていったんでしょう?
このアルバムでは「呪い」というのが自分の中で1つの重要なキーワードなんです。自分はこの言葉を意図的に使っているんですけれども。トラウマだったり、環境による偏屈な物の考え方だったり、そういうものを総称して呪いって呼んでるんですね。僕としては、たくさんの人が呪いを受け取りながら生きてると思うんです。そういうものにやられながら生きてる。これはもう、どうしようもないことだと。ちょっと話は飛ぶかもしれないんですけど、この間、「黒子のバスケ」脅迫事件の犯人の意見陳述をネットで読んで……。
──あ、それ、僕も読みました。犯人はずっとコンプレックスを持っていた、自殺をしようと思っていたという話ですよね。
その中で、すごく印象的だった一節があって。彼は「子供の頃から自分は見えない手錠をかけられていた」と言ってるんです。環境とか、学校でいじめられてたこととか、そういう原因によって、ちゃんと人生をまっとうに生きることができなかった。それを「見えない手錠」と言っていた。警察に手錠をはめられて連行されていくときに、一般的には気持ちが悪いと捉えられるような笑顔を浮かべてしまったことについても、その「見えない手錠」が実際に具現化したことが面白くてしょうがなかったって言ってたんですね。
──その「見えない手錠」っていうのが、米津さんの言う「呪い」と同義だ、と。
そうなんです。まっとうに世の中を生きていく人間にはちゃんとコミュニケーション能力があって、ちゃんとポジティブシンキングができて、目的に向かって努力することができる。そういう人間には感じ取れない呪いみたいなものがあるんですよね。それって相対化できないものじゃないですか。誰かにとってどうでもいいことが、誰かにとっては生きるか死ぬかの問題になってきたりするという。
──なるほど。「サンタマリア」の歌詞にも「呪い」という言葉は出てきていますね。「ドーナツホール」の“ドーナツの穴”、“胸に空いた埋められない穴”という言葉も、ある種の呪いのメタファーなんじゃないかと。
そうですね、確かに。
──そして、そういう呪いを音楽と言葉でクリアに描き出すというのはポップなことである、普遍性を持ったものであるという確信があった。
もちろん、そういうものがない人もいるのかもしれないですけど、やっぱりいろんな人がどこかしらに呪いを抱えて生きてますし、いろんな呪縛があるわけですよ。何かにちゃんとがんばることができないという人だってそうだと思う。やっぱり、誰しもがそういうものを持ってるんじゃないかなって思います。
──なるほど。だからこそ、かつての自分へ向けた歌でもあるし、さらに聴いた人に「これは自分のことを歌っている歌だ」とも思ってもらえるようにしたわけですね。
はい。
──そりゃ大変ですよね。厄介なものと向き合った(笑)。
はい。本当に大変な作業でした。
- ニューアルバム「YANKEE」 / 2014年4月23日発売 / UNIVERSAL SIGMA
- 画集盤 [CD+ブックレット] / 4320円 / UMCK-9667
- 映像盤 [CD+DVD] / 3564円 / UMCK-9668
- 通常盤 [CD] / 2981円 / UMCK-1478
CD収録曲
- リビングデッド・ユース
- MAD HEAD LOVE
- WOODEN DOLL
- アイネクライネ
- メランコリーキッチン
- サンタマリア(ALBUM VER.)
- 花に嵐
- 海と山椒魚
- しとど晴天大迷惑
- 眼福
- ホラ吹き猫野郎
- TOXIC BOY
- 百鬼夜行
- KARMA CITY
- ドーナツホール(COVER)
映像盤付属DVD収録内容
- リビングデッド・ユース ビデオクリップ
- アイネクライネ ビデオクリップ
米津玄師(よねづけんし)
男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にVOCALOID楽曲の投稿をスタートし、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は500万回を、「結ンデ開イテ羅刹ト骸」の再生回数は300万回を超える人気楽曲となる。2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスを1人で手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラスト、アニメーションでできたビデオクリップも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集めている。2013年5月、シングル「サンタマリア」でユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。同年10月にメジャー2ndシングル「MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー」、ハチ時代のアルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」の再発盤をリリースした。2014年4月、米津玄師名義としては2枚目のアルバム「YANKEE」を発売。6月には初めてのワンマンライブを東京・UNITで開催する。