ナタリー PowerPush - 米津玄師

“呪い”を解く鍵「YANKEE」に込めた思い

ハチと米津の境目がどんどん薄くなってきている

──「ドーナツホール」という曲はハチ名義でボーカロイドを使って公開したわけですが、今、本名の米津玄師とボーカロイドクリエイターの「ハチ」というのは、どういうバランス、どういう関係性になってるんでしょう?

明らかに昔とは違いますね。以前のボーカロイド曲って、絶対に自分で歌って音源化して世に出すことはしたくなかったんです。というのは、あれはボーカロイドありきの環境で作った曲なんですよね。あくまでそういう環境が作った曲。だから自分がそれを歌うつもりはまったくなくて。でも「ドーナツホール」に関しては、作っている最中から「これは自分でも歌える曲だ、自分でも歌いたい」と思った。明確な差別化がなくなってきているような気もします。ハチと米津の境目がどんどん薄くなってきているのかもしれない。

──「リビングデッド・ユース」はどうでしょう? この曲にも「呪い」という言葉が出てきますけれども。

これは自分の小学生・中学生くらいのことを思い返しながら作った曲ですね。その頃はすごく鬱屈としてたし、今あえて言っている「呪い」とは違って、ほんとに呪われてるんじゃないかって思ってた時期があったんです。その頃の自分を思い返して、それを肯定したいっていうか、ちゃんと「それでもいいんだ」っていうことを、昔の自分に言ってやりたかったっていうのがすごく大きくて。

──この曲はアルバムの中でも大事な曲ですか?

はい。この曲は最後にできたんです。最後の最後まで作り続けたいと思って。昔の自分を許したかったし、昔の自分に許されたかったっていうのもあるんですね。それをちゃんと、子供にもわかるような言葉とメロディとリズムで作ろうと思って。そうすると、やっぱり基準になるのは自分の子供の頃の記憶なんです。そういうものに頼らざるを得ない。子供の頃の自分はこういう言葉、こういう音で許してくれるだろうかって考えながら作ってました。

いろんな人に花をもらいながら生きてきたんだな

──アルバムのキーワードは「呪い」だったわけですが、一方で「あなた」という言葉を歌った「アイネクライネ」とか「メランコリーキッチン」、「WOODEN DOLL」のような曲もあって。例えば「メランコリーキッチン」には「救われる」という言葉が出てくる。こういう曲はどういうイメージを託して作っていったんでしょうか。

米津が描いたイラスト。タイトルは「YANKEEクロスフェード」。

「あなた」っていう言葉があるのは、ちゃんと投げかける相手を思いながら作ったということなんですよね。自分の音楽を聴いてくれる人だったり、自分の身近にいる人だったり。自分は少なからずそういう人に救われてきたんだなって思うんです。「花に嵐」にしても、最後に「あなたがくれたのは 花」って歌っている。自分の中でこれはすごく重要な一節だと思っていて。いろんな人に花をもらいながら生きてきたんだなと。いろんな呪いもあったけれど、それでも自分は生きてこられたわけで。ということは、花をもらってるんですね。そういう人たちに向けて、じゃあ何を歌うべきかと考えたんです。するとやっぱり、「あなた」とか「君」とか二人称が多くなっていって。より細かく具体的になっていく。そういう感覚はありました。

──僕、こういう仕事をしていて思うんですけれど、音楽を好きになるとか、アイドルを応援するとか、マンガでもアニメでもなんでもいいんですけれど、そういう些細なことが、米津さんの言う「呪い」とか「見えない手錠」を解くきっかけにもなると思うんですよね。誰かを応援したり、新作を待ち遠しく思ったり、そういう気持ちが生まれることで、少しでも社会とつながれるというか。ポップミュージックの役割ってそういうところにある気もします。

そういうものでありたいなという気持ちもすごく大きいですね。やっぱり小学生や中学生くらいのときに、邦楽ロックとかアニメーションとかを手に取って、体の内側から裏返るような衝撃を受けた記憶っていうのがあるんですね。そういうものは今なお好きですし、やっぱりものすごいエネルギーを持っていると思いますし。そういうものが作りたいという思いは強いです。子供の頃の自分が本当に熱狂したものを思い返しながら、自分の曲もそうであってほしいなと考えて作ったので。

──10代に寄り添えるようなものであってほしい。

そうですね。10年後くらいになって、大人になった人が、自分の住んでた故郷を離れてどこかに働きに行くわけじゃないですか。そこで出会った同じような境遇の人たちが、同じ熱量でちゃんと共感し合えるようなもの。「あのときのあのアルバム、すごくよかったよね」ってちゃんと言い合えるようなものを作りたかったんですね。

──わかりました。最後に、ライブの話も聞かせてください。いよいよ初ライブが決定しましたが、どういう意気込みで臨みますか?

正直なことを言うと、いまだに「やらざるを得ない」っていう感覚がすごく大きいです。こういうふうに「あなた」とか「君」とか、聴いてくれる人のことをちゃんと考えてアルバムを作ったからには、そういう人にちゃんと面と向かってステージに立って演奏する必要があるんだという。やりたい、やりたくないの問題じゃないんです。やらざるを得ない。そう考えて「じゃあ、やろうか」と。だから、今はあんまり気が進まないです(笑)。でも、ちゃんと人前に出ることが重要なんだとも思ってます。

──今の自分にとってやるべきことなんですね。

でも、すごく楽しみでもあるんです。1回やってみたらすごく楽しくなっちゃうかもしれないですしね。いつか全国ツアーもやるかもしれないですね。

ニューアルバム「YANKEE」 / 2014年4月23日発売 / UNIVERSAL SIGMA
画集盤 [CD+ブックレット] / 4320円 / UMCK-9667
映像盤 [CD+DVD] / 3564円 / UMCK-9668
通常盤 [CD] / 2981円 / UMCK-1478
CD収録曲
  1. リビングデッド・ユース
  2. MAD HEAD LOVE
  3. WOODEN DOLL
  4. アイネクライネ
  5. メランコリーキッチン
  6. サンタマリア(ALBUM VER.)
  7. 花に嵐
  8. 海と山椒魚
  9. しとど晴天大迷惑
  10. 眼福
  11. ホラ吹き猫野郎
  12. TOXIC BOY
  13. 百鬼夜行
  14. KARMA CITY
  15. ドーナツホール(COVER)
映像盤付属DVD収録内容
  • リビングデッド・ユース ビデオクリップ
  • アイネクライネ ビデオクリップ
米津玄師(よねづけんし)

男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にVOCALOID楽曲の投稿をスタートし、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は500万回を、「結ンデ開イテ羅刹ト骸」の再生回数は300万回を超える人気楽曲となる。2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスを1人で手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラスト、アニメーションでできたビデオクリップも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集めている。2013年5月、シングル「サンタマリア」でユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。同年10月にメジャー2ndシングル「MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー」、ハチ時代のアルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」の再発盤をリリースした。2014年4月、米津玄師名義としては2枚目のアルバム「YANKEE」を発売。6月には初めてのワンマンライブを東京・UNITで開催する。