ゆとりくんが音楽活動をしていることをご存知だろうか。
アパレル企業yutoriを創業し、小嶋陽菜がプロデュースするライフスタイルブランドHer lip toを運営するheart relationを子会社化したことでも話題を呼んだゆとりくん。カリスマ経営者として熱い注目を浴びている彼だが、2024年にはストリートと資本主義についてつづったリリックを武器に、YTR名義で作詞を手がける音楽プロジェクト・69(無垢)をスタートさせた。
2026年2月、彼はゆとりくん名義で1st EP「KINGDAMN」をリリースした。音楽ナタリーではゆとりくんにインタビューし、“初期衝動の王”という意味が込められた本作の聴きどころはもちろん、音楽活動を始めた根本的な理由を聞いた。ゆとりくんからナタリー読者へのメッセージもあるので、最後まで読んでほしい。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 梁瀬玉実
文章を読める人が年々少なくなっている
──アパレル企業・yutoriの経営者としてファッション業界や経済界に旋風を巻き起こしているゆとりくんが、なぜソロアーティストとしてデビューするに至ったのでしょうか。
音楽活動をやりたいと思ったそもそものきっかけは、自分の言葉の才能をビジネス以外の場にまで拡張して試してみたくなったことなんです。ただ、それが音楽ナタリーさんに取材してもらうような運びになるとはまったく思っていなくて。
──なるほど。
自分は言葉をうまく操ることで経営者として成功してきました。ファッションという感覚的な領域において、みんなが「センス」という言葉で片付けるような部分をつぶさに言葉にして、組織の中で共有することによって会社を大きくしてきたんですね。でも今の時代、文章を読める人が年々少なくなっていると思うんですよ。そこに書かれていることを正しく、あるいは面白おかしく読み取れる人は限られる。
──それは本当におっしゃる通りですね。
ただ、言葉がメロディや音と合わさったときには、どんな田舎のヤンキーにも届くものになるわけです。文章を正しく読めない人であっても、好きなフレーズの1つや2つはありますから。
──経営者として話すと“ビジネスマンの言葉”になっちゃうから、それでは届かない層に伝えたい思いがあった?
まさに。音楽って器の大きい、懐が深くて広いものだと思っているんですよ。経営雑誌やビジネスメディアでは話せないような陰鬱とした部分や気持ち悪い一面も、むしろ面白さになったりする。音楽は自分をより多面的に知ってもらえるもの、という意識はすごくありますね。
──それが、ゆとりくんにとっての音楽をやる意味なんですね。
音楽における言葉って、それ自体にはなんの説得力もなかったとしても、強烈に響いて心に残ることがあるじゃないですか。その誘引力みたいなものの正体はまだつかみかねているところがあって……これが経営だったら、「ここに問題点があるから、こう改善しよう」とチューニングしていくわけですけど、音楽をその感覚で作っていくことはできない。その違いはなんなのか、というのを探りながらやっているような感じかもしれないですね。
──経営においてはある程度“答え”が見えるところまで到達したからこそ、音楽という“答えの見えないもの”に挑戦できることが楽しい?
まさにそういう感じですね。
ヒップホップをやっている意識はない
──これまでの人生で、音楽とはどんなふうに触れ合ってきたんですか?
小学生の頃はORANGE RANGEやSOUL'd OUT、RIP SLYME……いわゆる日本語ラップ的なところがど真ん中で。その中でiPodのCMに使われていたエミネムの「Lose Yourself」を聴いて「こんなカッコいい音楽があるんだ!」と衝撃を受けたり。
──原体験がヒップホップだったんですね。
そうですね。その後中学生になると、流行りそうなものを先にキャッチアップして友達に知らせることが好きになって、iTunesのスタッフのオススメプレイリストとかをひたすら聴き漁っていました。その中で、中学3年生のときにリリースされた、Shing02さんの「歪曲」ってアルバムをかなり聴き込んでいましたね。それまで聴いてきたヒップホップとはまるで違うリリカルで内省的な音楽が、いわゆる中二病的な当時の自分の精神性を解きほぐしてくれたというか。
──そのあたりで音楽の聴き方が深化していったと。
で、高校生になると原宿の古着屋へ行くようになり、ファッションとクラブカルチャーがミックスされたような文化圏にどっぷり入り込んでいくんです。当時、ももいろクローバー(現:ももいろクローバーZ)が東京のハイプな人たちの間でめちゃくちゃ流行っていて、ももクロから神聖かまってちゃんを知って。そこからはもうずっと神聖かまってちゃんを聴いていましたね。
──おお、なるほど。音楽性としては急に飛躍した感じもしますけど、精神性としては一貫性がありますね。
時代の転換点になるような、かつ知的で不良っぽいアーティスト。直接的な攻撃性というよりは、読み解いていくと実は暴力性を秘めていて、一見しただけではそれとわからないアーティスト像に惹かれていたんだと思います。
──聴くほうではなく、演者としてはどこから始まったんですか?
高校生のときにハモネプ(「青春アカペラ甲子園 全国ハモネプリーグ」)がすごく流行っていて、その影響でボイパをやっていました。そこからのつながりで、大学ではアカペラの活動をしたり。
──ヒップホップをやり始めるのは?
ヒップホップをやっているという意識は、実はなくて。自分はすごく恵まれた家庭でなんの苦労もなく愛をもらい育ち、友達もいて、悪いことも別にしていない。だからアティテュードとしてのヒップホップではなくて、リリックが映える手法という捉え方が近い気もしますね。
──ポップミュージックの一形態として、このビートやサウンド、ラップなどの手法を取り入れている。
そういうことです。
──実際に音源を聴くと、その言葉にはとても納得がいきます。サウンド傾向は完全にヒップホップなんですけど、表現としてはヒップホップの人たちがやっていることとは明確に一線を画したものになっている。
はい。なんていうんですかね……誤解を恐れずにいうと、「成り上がリッチ」や「スピってる」とかはコミックソングっぽいというか。ジョーク、面白って感じですね。やっぱり“血”は大事だから。自分の血の中に正しく流れているものでなければ説得力が出ないし、“っぽい何か”になってしまう。自分はヒップホップの“血”は流れていないから、手法としてサウンドやラップを取り入れているだけなんです。
──つまりスタイルにアイデンティティがあるというよりは、アイデンティティの表現に最もふさわしいスタイルがそれだったってことですよね。
おっしゃる通りです。
──まさに印象として、「この人がもし明治時代に生まれてたら、間違いなく純文学を書いていただろうな」と感じたんです。1980年代ならパンクロックだっただろうし。
確かに。すごく言い当てていますね、それは。
フリッパーズ・ギターが好きだった
──具体的な曲作りとしては、どういうところから始まることが多いですか?
基本はトラックからですね。69(無垢)名義で活動を始めたときからずっとそうなんですが、仲のいいミュージシャンたちになんとなく作りたい方向性を共有して、トラックが上がってきたら、また別の仲間にメロディラインを考えてもらう。基本的にリリックは全部自分で作るんですけど、今回のEPは共作もけっこうあって。サビの部分はメロディと一緒にリリックも送ってもらって、それを修正しながら付け足していくやり方も多かったです。
──収録曲4曲のうち、最初にできたのは?
「成り上がリッチ」かな。できた順序でいうと、「成り上がリッチ」「スピってる」「FLEXIN」、最後に1曲目の「VintageTee☆」って感じです。
──それはすごくわかりやすいですね。「成り上がリッチ」「スピってる」の2曲はかなりフォーマットとしてのヒップホップに則っていて……。
でも、ジャンルとしてのヒップホップにとらわれてはいない。最初はどちらかというとオルタナティブ寄りのイメージでした。フリッパーズ・ギターとかもすごく好きだったんで。
──おお、すごい名前が出てきましたね。
そこからCorneliusの「69/96」(1995年リリースのアルバム)とか、あのへんからけっこうインスピレーションを受けました。ああいったオルタナティブ的なもののモダナイズというか……せっかく少ない人数で作ってるんだし、あまりジャンルという枠組みにはこだわらず、“自分っぽいもの”を出した結果って感じですね。
──要は、自然なものってことですよね。自然にできる曲をどんどん拡張させていった。
そうですね。けっこうそういう感じかもしれない。
──「FLEXIN」はまさに“これもできるよね”で作られた感じがしますし、「VintageTee☆」はそれをさらに広げて洗練させたもの、という印象です。
「これもイケるんじゃない? 合うんじゃない?」みたいな、軽い感じですね。でも実際、「VintageTee☆」は今まで作った曲の中で一番納得感があって、シンプルに「あ、いい曲できたな」という感触があったんですよ。ファッションという、自分を象徴するモチーフを用いたキャッチーなフックがあって、自分にしか言えない、自分だからこそ言う意味のある言葉の専有率が高い。それでいて引っかかりがあって、なおかつ驚きがあるみたいな。
──「何をしたいアーティストなのか」「ゆとりくんとはどういう人間なのか」が一番伝わる曲ですよね。1曲目に置くにふさわしい、“主題歌感”があるというか。
主題歌感ありますよね(笑)。言ってること自体はほかの曲と大差ないんですけど……「比較できる記号的なものより、自分が紡いできた物語にこそ価値がある」というのが、すべてにおいて僕の活動のコンセプトなんで。それを“ビンテージT”っていう、すごくキャッチーな記号を媒介して表現できたのはすごくよかったなって。音にも今っぽいニュアンスがいっぱい入っているので、今の若い子たちにもスッとなじんでくれそうだし。
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