和楽器バンドが7月26日にニューアルバム「I vs I」をリリースした。
2020年10月発売の「TOKYO SINGING」以来、約3年ぶりのオリジナルアルバムとなる本作には、今年7月に全世界配信されたアニメ「範馬刃牙」野人戦争編オープニングテーマ「The Beast」をはじめ、8曲のタイアップ曲を収録。“戦い”をテーマに掲げ、和楽器バンドの独創性と進化を体感できる作品に仕上がっている。
音楽ナタリーでは鈴華ゆう子(Vo)、いぶくろ聖志(箏)、蜷川べに(津軽三味線)、黒流(和太鼓)、町屋(G, Vo)、山葵(Dr)にインタビュー。「I vs I」の制作エピソードをフックにしながら、唯一無二の存在感を放っている和楽器バンドの魅力について語ってもらった。
取材・文 / 森朋之撮影 / 大川晋児
原点に戻りつつ、メンバーそれぞれがレベルアップした1枚
──ニューアルバム「I vs I」が完成しました。約3年ぶりのオリジナルアルバムですが、まずはメンバー皆さんの手応えを聞かせてもらえますか?
鈴華ゆう子(Vo) はい。1つ前のアルバムは「ボカロ三昧2」で、最近のボーカロイドのトレンドをふんだんに取り入れたカバーアルバムだったんですよ。私たちは2014年に「ボカロ三昧」というアルバムでデビューしているので、「2」を作るにあたってはかなりプレッシャーもあったのですが、今現在のボカロ曲と向き合ったことによって、技術面でもパフォーマンス面でもさらに向上した状態で今回のアルバムの制作に取りかかることができたと思っています。完成したアルバムを聴いて感じたのは、原点に戻りつつ、メンバーそれぞれがレベルアップした形で曲を表現できているということ。タイアップ楽曲に関しても、我々ならではの楽曲が並んでいるし、雅な雰囲気の曲から激しい曲まで、フルコースで楽しんでいただける作品になったと思います。
町屋(G, Vo) アルバムにはすでにシングルとして発売された曲もいくつか入っていて。タイアップが多いことを含めて“A面の寄せ集め”という印象があるかもしれないですけど、アルバムに収録するにあたってすべてミックスし直しているんです。例えば「Starlight」もそう。シングルのバージョンはもっとシンセの要素が多くて、和楽器の音は抑えめだったんですが、アルバムバージョン(「Starlight(I vs I ver.)」)はもっと自然に和楽器の音を聴いてもらえるようにバランスを変えて、細かい調整をしました。アルバム全体を通して、統一感のある作品になったと思いますね。
──アグレッシブで勢いのあるロックチューンも目立ってますが、ロック回帰というテーマもあったんでしょうか?
町屋 特にそういうわけではなかったんですけどね。取り繕うこともなく、自然体で臨んだ曲が多かったし、我々の基本的なスタイルだったり、求められるものがこういう感じなんだと思います。
いぶくろ聖志(箏) 確かに既発の曲もかなりありますが、アルバムの中で聴くと印象がかなり変わると思います。「Starlight」「名作ジャーニー」などもそうですが、楽曲のポテンシャルがさらに引き出されて、単曲で聴いたときとは違うものが感じられるんじゃないかなと。特に「生命のアリア」は疾走感のある曲という印象があったんですが、アルバムの並びで聴くと、重い感じのロックバラードに聞こえるんですよ。「生命のアリア」にこんな側面があるなんて想像してなかったし、僕自身も新鮮でした。
──確かに。蜷川さんはいかがですか?
蜷川べに(津軽三味線) 先ほどゆう子さんも言ってましたけど、やっぱり「ボカロ三昧2」を出したことが大きかったと思います。今のボカロのトレンドを汲みながら、和楽器と洋楽器でボカロ曲を再現することに改めて挑戦して。演奏のスキル的にもかなり苦労しましたけど、今のシーンに寄り添えた手応えがあったし、それを踏まえて今回のアルバムの制作に入れました。前半に入っているタイアップの楽曲も和楽器バンドにしかできないものばかりだし、後半の曲には作曲者それぞれのよさが出ていると思います。みんなで作り上げてきた和楽器バンドの音楽をしっかり詰め込めたと思うし、新しい試みも含めて楽しんでもらえたらなと。
山葵(Dr) 今回は勢いがある楽曲が多いんですよ。最初のオリジナルアルバム「八奏絵巻」(2015年発表)のときのような勢いを感じるし、そのうえで約10年間の活動の中で積み上げてきた経験や技術も反映されています。初期衝動がブラッシュアップされて、完成度の高い和楽器バンドをお届けできる作品になったんじゃないかなと。ファンの皆さんが聴いても「こういうアルバムを待ってました」と感じてもらえると思うし、初めて聴く方も和楽器バンドらしさを楽しんでいただけると思います。
黒流(和太鼓) 10年前に僕らがこのバンドを始めた頃は、和楽器が入っているロックは少なかったと思うんです。最近はけっこう増えているんですけど、その多くはアクセント的に和楽器の音色を入れてるんですよ。自分たちは洋楽器隊、和楽器隊があって、強力なボーカルがいる。それは和楽器バンドにしかない強みだし、今回のアルバムにもそれがしっかり出ていると思います。アルバム全体のストーリー性もあるので、「名前しか知らない」「『千本桜』しか聴いたことがない」という若いリスナーもぜひアルバムを通して聴いてほしいですね。
コード楽器がいない理由と、和楽器バンドならではのライブでの苦労
──和楽器バンドの独創性を改めて体感できるアルバムですよね。ギター、べース、ドラムと津軽三味線、箏、尺八、和太鼓によるアンサンブルはまさに唯一無二だし、すべての音がぶつかり合うような緊張感があって。
町屋 それは長所でもあり、短所でもあるので、特徴という言い方が一番いいのかなと(笑)。和楽器バンドは撥弦楽器が多くて、流れるようなコードを担うメンバーがいないんですよ。
──確かにキーボード奏者がいれば、バランスが取りやすいのかも……。
鈴華 なぜこういう編成になっているかというと、私がメンバーに声をかけた最初の時期にまで遡らなくてはいけないんですよ。もともと私はピアノ弾きだったんですけど、和楽器を入れたバンドをやりたいと思い立って、津軽三味線、箏、尺八を入れることを最初に決めたんです。その後、黒流さんがドラマーの方とバトル(和楽器バンドのライブでも恒例になっている、和太鼓とドラムによる激しいセッション)をやっているのを見て、「和太鼓も入れたい!」と思って。ドラム、ベース、ギターは必要だから、その時点で私を入れると8人編成じゃないですか。
──すでに大所帯ですね(笑)。
鈴華 そうなんです(笑)。そのときも「コード楽器がないないけど、どうしようかな」と思ったんですけど、私が弾き語りをするとパフォーマンスに影響が出る。ライブの見た目も大事にしたかったし、華のある人たちを集めたいというのが原点なので、キーボード奏者はナシでいこう、と。音源には鍵盤の音が入っているし、ライブでも流してるんですけどね。
いぶくろ キーボード奏者はいないんだけど、もともとゆう子さんがピアノを弾ける人なので、そのエッセンスがバンドの中に入ってるんです。町屋さんのサウンドメイクやアレンジもすごいので、これだけ撥弦楽器が多くても安定して聴こえるんだと思います。
蜷川 レコーディングの順番としては、まずリズム楽器から始まるんですよ。ドラム、和太鼓を録って、その後、三味線、箏、尺八、ベース、歌を入れて。最後に町屋さんがギターを入れて全体のバランスを取ることが多いですね。
鈴華 ただ、コード楽器がないと歌いづらいから、ボーカルレコーディングのときに仮のギターは入ってるんですけどね。ボーカリストの目線では正直、キーボード奏者がいたほうが歌いやすいんですよ(笑)。でも、この編成が和楽器バンドの面白みになっているし、ほかにはないポイントなのかなと。
──ライブにおける音のバランスも素晴らしいですよね。もちろんPAのスタッフ、楽器テック、ローディーの皆さんとの協力の賜物だと思いますが。
鈴華 そうですね。PAの皆さんは、歌詞カードに三味線、尺八、箏などの絵を描いて、ライブ中に切り替えながら、それぞれのタイミングで音を出してくれて。本当にチームワークで成り立っていますね。
蜷川 ローディーの方もすごいんですよ。私の場合、曲によって調弦が違うので、7挺の三味線を持ち替えてるんです。ライブ中もずっと調弦してくれて、曲によって棹を変えないといけないので、記憶力と瞬発力の勝負ですね。
いぶくろ 演奏に集中しすぎると、次の曲の準備が間に合わなくなるんですよ(笑)。僕の場合は、次の次の曲の準備をしながら演奏していて。ライブ中もずっと調弦し続けてます。
──1人の戦いが繰り広げられてるんですね(笑)。調弦を間違えたことはあるんですか?
いぶくろ 1回だけ(笑)。
──箏の調弦は、いぶくろさんがやるしかないですからね。
いぶくろ 人に任せて、もし失敗したらお互いに気まずいじゃないですか。責任を負わせるのも嫌だし、やっぱり自分でやったほうがいいかなと。アンコールのときは、ゆう子さんにMCでつないでもらってます(笑)。「千本桜」では、イントロの間に調弦してますね。
鈴華 全員の調弦を確認しながらしゃべってます(笑)。
いぶくろ 照明も大事なんですよ。
町屋 和楽器バンドでは、黄色の照明はNGなんです。箏には黄色い糸が何本か入っていて、それが目印になっているので、黄色の照明だと見えなくなっちゃうんですよ。
いぶくろ ご迷惑をおかけしてます(笑)。10年近くやってきて、ライブ中の事故はほとんど起こらなくなってますね。