植田真梨恵|必要な言葉だけを、シンプルに美しく

植田真梨恵がニューシングル「勿忘にくちづけ」を7月25日にリリースする。

本作には彼女の故郷である福岡県久留米市の伝統工芸品・久留米絣(くるめかすり)のPR動画の主題歌として制作された表題曲のほか、「雨にうたえば」「distracted」を収録。初回限定盤の「distracted」は彼女がiPhoneのボイスメモで簡易録音した、まさに曲が生まれた瞬間の音源となっており、通常盤にはメロトロンでアレンジしたバージョンが収められる。植田はどのような思いでこのシングルを作り上げたのか。今年音楽活動を開始して10周年を迎えた彼女に現在の心境を聞いた。

取材・文 / 丸澤嘉明 撮影 / 大槻志穂

あっという間の1年

植田真梨恵

──2017年8月発表のシングル「REVOLVER」から約1年。これまでのリリースのペースからするとちょっと間が空きましたね。

そうですね。でもあっという間でした。「REVOLVER」のMVで使った手作りの小道具や、今まで制作してきたものを紹介するアートワーク展を去年の秋にやって、その後は西村(広文 / アカシアオルケスタ)さんと回る恒例のピアノツアー「Live of Lazward Piano "bilberry tour"」があって(参照:植田真梨恵、恒例「Lazward Piano」ファイナルで活動10周年ライブ開催を発表)。そうこうしてるうちに1年が経ってたという感覚ですね。

──アートワーク展をやったことで植田さんの中で何か気付きはありました?

CDジャケットのイメージ原画とかMVの絵コンテとか、その時々のコンセプトにあわせて自分で制作してきたんですが、その1つひとつがいまだに愛おしく思えました。作ってる最中は一生懸命すぎて良し悪しがわかってなかったけど、時間を置いてから見返してもいいなと思えるものが作れていたのでよかったです。

──この1年はインプットする時期という側面もあったんですか?

特にそういう意識はなかったです。次のシングルまで1年空くとも思ってなかったし、目の前にあることに集中しながら日々を過ごしていて。ただ、これから自分が何を表現していくべきか、何を届けていくべきかを見つめるいい機会にはなりました。

大切なことだけを書きたい

植田真梨恵

──「勿忘にくちづけ」は植田さんの故郷である福岡・久留米の伝統的な織物「久留米絣」をテーマにした楽曲ですね。

はい。2016年にくるめふるさと大使に就任しまして、その後、久留米絣の紹介ムービーで使用する曲を作ってほしいというお話をいただいたのがきっかけでした。

──どういう曲にしようと思って作っていったんですか?

久留米絣を含め、土地ごとに受け継がれてきている“伝統”というものがテーマとしてありつつ、それとは別に個人的にそのときに抱えていた思いが重なって曲になっていった感じですね。

──その個人的な思いというのは?

私の中で習慣になっているけど、その習慣を私に根付かせた人がもういない、みたいな感覚。それっていろんな関係に言えると思うんですが、そうやって移り変わっていくことの仕方のなさと言うか。

──確かに「町は日々 暮らし 新しく変わり」「花のよに 繰り返し」といった歌詞にそのあたりが表れてる気がします。でも移り変わっていくことに対して決して悲観的になってるわけではなく、筆致はあくまで淡々としていますね。そうやって日常の情景を描写することで、連綿と続く人々の暮らしを浮かび上がらせている印象を受けます。

まさにそこが出たと思いますね。例えば工房でたくさんの人が日々朝から晩まで仕事をしていて、その光景が建物自体に染み付いていると言うか。そして、それが街全体に息づいているような。そういう繰り返し営まれる日々の暮らしっていうのは楽曲の中にしっかり出したかった部分ですね。最近特に気を付けていることなんですが、大切なことだけを書きたいと思っていて。メッセージを絞ってシンプルに作っていく中で、切なさもあるんだけどとにかく、ただ美しい歌詞になればいいなと思いながら書きました。

この曲自体を構成するのに必要な音だけ録音した

植田真梨恵

──サウンドはちょっと和っぽい雰囲気と郷愁感がありつつ、歌メロの4度下を並走するピアノの音色が印象的です。

今まで私は曲作りで“和”とか“日本っぽさ”というものを意識したことはなかったんですけど、今回は伝統がテーマとしてあったので。でも“ザ・和風”ではなく、現代にも通ずる日本っぽさみたいなものが楽曲ににじみ出たらいいなと思って、私のイメージを西村さんにお伝えしてピアノを弾いてもらいました。

──そのイメージとは?

例えばジブリであったり、新海誠さんの作品であったり。そういう日本の美しいアニメーションで描かれるような、滴が落ちて、新緑のトンネルを抜けて、風がサッと吹き抜けていくキラキラした光景ですね。西村さんなら私が思い浮かべるものを共有して弾いてくれるという確信があったので。

──ピアノの高音は流れるような旋律を奏でる一方で、低音の音数が少なく、ゆったりとした気分で聴けて。ほかの楽器の音にも1つひとつ意味が感じられて、余分な音が何も入っていないアレンジだと思いました。

普段アレンジするときは「こんな服を着せよう」とか「こんな味付けにしよう」ってどんどん足していくんですが、今回は「この曲を構成するのに必要な音だけ録音した」っていう感覚なんです。

──なるほど。

最初にアコースティックギターの弾き語りでデモを作ったときに、その時点でアルペジオと裏打ちのバッキングが両方鳴ってないとしっくりこなかったんですよ。その後西村さんにピアノを弾いてもらい、パーカッションの車谷(啓介 / Sensation)さんがコレクションしているいろんな楽器の中から「これだ!」っていうものを一緒に探して入れてもらって。

──それはどの部分ですか?

木の実でできた楽器らしいんですけど、「カラカラカラ」って鳴ってる、森のこだまのような音のする楽器とか。MVにもちゃんと映ってるのでぜひ観てみてください。そうやっていろいろ試しながらこの曲になるために1つひとつの楽器の役割をはめていく感覚に近かったので、アレンジしたというよりも「この曲があるべき姿にした」っていうイメージですね。