TAKU INOUE「群像劇みたいなEPにしたかった」、新作で“FUTARI”の関係にフォーカス (3/3)

歌詞って、こうやって過去のものになっていくんだな

──「ピクセル」の歌詞は、インターネットあるいはSNSがモチーフになっていますね。

そうです。「ピクセル」は、実は「ハートビートボックス」とほぼ同時期に作っていたので、2022年末にはデモと、歌詞の一部はできていて。「140文字の感情の都市」「正方形からはみ出しそうな夜」というフレーズが出てきますけど、当時はまだTwitter(現X)の文字数の上限は140文字で、インスタの投稿画像も正方形だったんですよ。あと「テルミーアレクサ」とかも最近はあんまり聞かなくなったので「歌詞って、こうやって過去のものになっていくんだな」と思いましたね。だからアップデートすべきか否か迷ったんですが、これはこれで面白かろうと。

──一定の時期を切り取った、過去のものになりつつある歌詞にもそれなりの味わいがあると思います。

うん。「ポケベル」とかが出てくる歌詞って、ちょっといいですよね。思えば「3時12分」もコロナ禍の鬱屈した気持ちを吐き出したような歌詞でしたし。

──「トラフ」の歌詞は抽象的でしたが、「ピクセル」の歌詞はかなり具体的ですね。

景色が見えやすいだろうとは思います。ただ、ちょっとおっさん臭いテーマかもしれないなと、悩んだところもあるんですよ。要するに「インターネットよりリアルのほうがよくない?」と言いたいわけじゃないんだけど、そういうふうに受け取られてしまう可能性もあるのかなって。

──そうは思いませんでした。シンプルに「インターネットは何も答えちゃくれないよ」という話ですよね?

そう。それが言いたかっただけなんです。僕自身もネット側の人間ですから。

TAKU INOUE

──2022年末には「ピクセル」のデモができていたとのことでしたが、ボーカリストは?

そのときはまだ決まっていませんでした。この曲には幼さの残る声が合うと思ったので、そういう声を持つ方を探していた中で、スタッフから「なるみやさん、いいんじゃないですか?」と言ってもらって「それだ!」と。なんか提案されてばっかりですけど、なるみやさんの歌声は原口沙輔くんと一緒にやった曲(「ポップコーン!! feat. ハローキティ, なるみや, 原口沙輔」)とかで聴いていたので、ぜひとも「ピクセル」を歌っていただきたいとオファーした次第です。

──INOUEさんは、ボーカリストが決まってから曲を書き始めることのほうが多いですよね?

そうなんですよ。アサインで9割決まると思っているし、「トラフ」や「ピクセル」みたいにトラックに合う声の人を探すパターンは珍しくて。でも、なるみやさんの唯一無二の声と歌い方も「ピクセル」という曲に見事にハマってくれて、感動しちゃいました。

あの日、一番音がデカかったのはたぶんSARUKANI

──最後の曲「ハートビートボックス」は、INOUEさんのトラック、春野さんのボーカル、SARUKANIのヒューマンビートボックスのすべてが噛み合っていますね。

これも奇跡ですね。よく形になったなと自分でもびっくりしています。

──わざわざ打ち込みで生っぽいドラムの音を作るトラックメイカーが、人間の発声器官にビートを任せるのは、けっこうなチャレンジでは?

まさに。ここ数年、ビートボックスにハマっていたのと、SARUKANIのKAJIくんと友達だったこともあって「何か一緒にやれたらいいね」という話はぼんやりしていて。この曲ができたときに「今だ!」と、やっぱり直感でビートボックスを入れてみようと思ったんですけど、自分の制御が効かずにボロボロになったらどうしようという懸念もあったんですよ。でも、いらぬ心配でしたね。SARUKANIの音作りの腕がよすぎて、特に苦労することなく作れちゃったので。

──リキッドファンクという選択も、春野さんの優しい歌声にぴったりで。

もともと僕は春野くんのただのファンだったんですけど、彼の「Spring Has Come」という曲をコライトしたり親交を深めていく中で「今度はTAKU INOUE名義の曲を歌ってよ」とお願いしまして。1曲目の「ライツオフ」と同様に、シンガーソングライターとしての春野くんが自分ではやらないような曲にしたかったので、ドラムンベースで、ちょっとだけラップっぽくするところからスタートしたんですよ。結果、彼の声の魅力も引き出せたと思っています。

──「ハートビートボックス」は「TAKU INOUE EXHIBITION MATCH」でも披露されましたが、強烈でした。

すごかったですよね。個人的には、SARUKANIのメンバー4人と春野くんがステージに並んでいる絵面が胸熱で。春野くんの歌も素晴らしかったし、あの日、一番音がデカかったのはたぶんSARUKANIなんですよ。僕はDJとして後ろで曲をかけていましたけど、やっぱり人間の声には敵わないと思ったし、生のビートボックスにビビっていたお客さんも多かったみたいで、本当にやってよかったですね。

「それが欲しかった!」という人もいれば「おお、そう来たか!」という人も

──「FUTARI EP」の初回限定盤にはリミックスCDが付いていて。「3時12分」を原口沙輔さんとtofubeatsさんが、「ライツオフ」をMusicarusさんとPAS TASTAが、「ハートビートボックス」をHylenさんがそれぞれリミックスしています。

自分で言っちゃいますけど、必聴です。「それが欲しかった!」という人もいれば「おお、そう来たか!」という人もいて、インターネットミュージック好きにはかなりおいしいメンツだと思いますね。

──「3時12分」はリミックスのしがいがありそうな曲だと思ったのですが、めちゃくちゃいじられていますね。原口さんのリミックスは、序盤はピアノトリオでドラムンベースをやる感じだったのが、サビでゴスペルっぽくなったりして。

そうそう。沙輔も相当変な曲を書くトラックメイカーだし、原曲の後藤貴徳さんのヤバいギターソロをうまく使っているところも「お、さすが!」と感心しましたね。一方、tofuくんには「水星 feat. オノマトペ大臣」というクラブミュージックのアンセムがあるじゃないですか。そんな曲を作った先輩に……いや、僕より歳下ですけど、クラブ讃歌である「3時12分」をリミックスしてもらいたくて。

──tofuさんの「3時12分」は、クラブで3時台にかかる曲ではないですね。

そうそうそう。「これこれ! このtofubeatsが好きなんだよ!」という感じのハッピーなパーティチューンにしてくれて、めちゃくちゃアガりました。

TAKU INOUE

──「ライツオフ」も各々の個性が出ていますね。Musicarusさんのアプローチがミニマル的だとしたら、PAS TASTAのそれはベースハウス的で。

Musicarusは福岡在住の、わりとオーセンティックなハウスとかを作るのが得意なトラックメイカーで、「ライツオフ」に絶対合うと思ったんです。実はオファーを出そうとしていた矢先、彼がXで「『ライツオフ』のブートレグ作ろうかな」とポストしていて。すぐDMで「これからオフィシャルでリミックスをお願いする予定だから、ブートレグを作ってもらうのは構わないんだけど、ちょっとだけ出すの待ってくれない?」と連絡したら、即ツイ消ししていました。

──(笑)。Musicarusさんはあまり派手なことをしていない分、クールさが際立ちます。

うんうん。こういうリミックスは誰にでもできるわけじゃないし、彼の得意分野が存分に生かされているなと。で、パスタはサウンドギークらしいリミックスというか、オリジナル曲でも変な展開をする人たちなんですけど、その感じを遺憾なく発揮してくれましたね。

──そしてHylenさんの「ハートビートボックス」は、笑っちゃいました。

僕も笑いました(笑)。Hylenはいかれた音像が得意で、僕の曲のブートレグもよく作って送ってくれるんですけど、ありえない出音の曲が多くて。でも、クラブ鳴りがめっちゃよくて、かけると超盛り上がるんです。だからオフィシャルのリミックスもぜひやってほしいと願いしたら、えぐいのが返ってきましたね。

──メロウなドラムンベースをバッキバキにして、終盤はほぼノイズミュージックになるという。

これをやってほしかった。しかも前半はわりと美しい流れだったから「お、真面目にやってんな」と思ったら最後に大爆発して。これは早くクラブでかけたいですね。あと、初回盤には冊子も付いてくるので。

──冊子?

内容は僕と3人の音楽関係者の対談集なんですけど、この機に乗じてお仕事訪問をしたいと思って。要は一般的なリスナーが知らない音楽の仕事を紹介したくて、まず蔦谷好位置さんとプロデューサー対談をさせてもらって、それからいつもお世話になっている青葉台スタジオの吉井雅之くんというエンジニアと、僕のA&Rを担当している髙橋政記に話を聞きました。A&Rなんて何をやっているのか全然知られていないし、かく言う僕も「ディレクターとA&Rって、何が違うの?」という感じだったので、自分にとってもいい機会でしたね。

──とてもいい企画ですね。個人的に、エンジニアにはもっと光が当たってほしいです。

マイクの立て方1つで音が変わっちゃう、ものすごく大事な仕事なのに、それが認知されているとは言い難いですよね。音楽好きな人にこそエンジニアの仕事を知ってほしいし、単純に読み物としてもけっこう面白いものになったという自負はあるので、本体の「FUTARI EP」ともども楽しんでもらえたらうれしいです。

プロフィール

TAKU INOUE(タクイノウエ)

サウンドプロデューサー / コンポーザー / DJ。「アイドルマスター」シリーズや任天堂とCygamesによるアクションRPGアプリ「ドラガリアロスト」などゲームの楽曲をはじめ、DAOKO、Eve、ナナヲアカリ、STU48、月ノ美兎、HOWL BE QUIETといったアーティストのサウンドプロデュースや楽曲提供を担当する。2021年にTOY'S FACTORY内のレーベル・VIAより「3時12分 / TAKU INOUE&星街すいせい」でメジャーデビュー。2022年に星街すいせいとのプロジェクト・Midnight Grand Orchestraを始動させ、7月に1stミニアルバム「Overture」を発表した。2025年6月にはソロ名義で2nd EP「FUTARI EP」をリリース。