映画の最後に派手な曲は流れてほしくなかった
──「高崎グラフィティ。」の主題歌を書き下ろしてほしいという話が来て、「遠い春」を作り始めたんですか?
ですね。実はスケジュールが合わなくて一度お断りしたんですよ。そうしたら1、2カ月くらいなら時期を後ろにずらせるという話になって。「最初の上映会までにエンディング主題歌が欲しかったんですけど、それはあきらめます」と映画のスタッフさんが言ってくださって、それから曲を書き始めました。
──主題歌のために曲を書き下ろす作業は、好きな映画などから刺激を受けて曲を作るというやり方とはまた違ってきますよね。
刺激を受けて曲を作る場合は別にその作品に沿ったサウンドや歌詞にしなくてもいいわけですが、今回は映画の内容に沿った曲にしなくてはいけなかったので、けっこう苦労しました。
──作曲にあたって、いくつかキーワードのようなものを提示されたんですか?
いや、ほとんどなかったです。「好きにやっちゃってください」という、ある意味一番難しいオーダーだったんですよ(笑)。キーワードやテンポ感を指定されたほうが気持ちとしては楽で、全部を任せてもらえる状態だと自由な分、身動きが取りづらいこともあって。でもそういう状況で「遠い春」を作れたことにはけっこう手応えを感じています。
──結果として、このテンポやメロディに落ち着いたのはどうしてでしょう?
映画の最後に派手な曲は流れてほしくないと思ったんですよ。優しいビートで物語を包み込むほうがいいだろうと。物語もすごく派手というわけでもないので、曲も映画の内容と地続きじゃないといけないなと考えました。書くのに苦労はしましたが、1回きっかけを作ったら意外と早くできて。サビは「いつかは忘れてしまうのでしょう」という歌詞だけ先に書いて、そこからどう展開していくかを考えていったらわりとすんなりいきましたね。
──メジャーの人としてちゃんと仕事しつつ、こういう音楽を必要としている人たちの需要に確実に応えてる気がします。
そうだといいんですけどね。隙間産業として(笑)。
アウトロまで気が回ってなかった
──シングルにはテレビ東京で現在放送中のドラマ「忘却のサチコ」のオープニングテーマである「忘却のサチコ」も収められています。この曲は「昔のアニメのテーマソングみたいな感じ」というオーダーを受けて作ったそうですが。
そうなんです。作曲にあたって古いアニメの主題歌を改めて聴いていたら詞先の曲ばかりなことに気付いて、詞を先に書いたバージョンを含めて曲を2パターン作って。「ムーミン」や「ひょっこりひょうたん島」の曲を書かれた宇野誠一郎さんの作品集とかも聴いて勉強しながら書いたんですけど、自分にはイントロを作る才能がないということを痛切に感じまして……在日ファンクの村上(基)さんにホーンアレンジをお願いして、イントロを含めて派手さを補ってもらいました。
──昔のアニメソングを分析して、何かほかに気付いたことはありました?
無茶苦茶な曲が多いなという印象でしたね。イントロと歌のコードがまったく違う曲もけっこうあったので、僕もそうしてみようかなと考えました。
──結果的にスカート史上、かなり派手な曲になりましたね。
おかげでシングルの収録曲のバランスが取れた気がします。あとこの曲ではイントロを工夫できたのはいいものの、今度はアウトロをちゃんと意識してなかったなと途中で気付いて。最後に「オー! サチコさん」と歌ってるんですけど、あのパートはもともと入ってなかったんですよ。スタッフさんからアウトロが長いと言われて、イントロに気を取られてアウトロまで気が回ってなかったなと、ちょっと落ち込みましたね。
──ドラマのテーマソングとなると、テレビで流れる尺のことなども考えて曲を構築しなきゃいけないと。
それがまだ全然できなかったんですよ。アウトロのことを言われるまで、「やってやったぜ」くらいに思っていたんですけど。
──でも音楽性を考えると、今後スカートはそういうことができる職人的な立ち位置に進んでいく気もします。
今回はそれの第1歩だったのかもしれません。「キミの顔」(資生堂と東京ガールズコレクションによるプロモーション動画「Tokyo Girls Collection Debut Project supported by SHISEIDO」のために書き下ろされた楽曲)や映画「恋は雨上がりのように」の劇伴では楽曲の展開を意識して作曲して、今回はそのときの経験を持って臨んだつもりがまだまだ足りない部分が多かったなと痛感しました。
──同じタイアップでも、オープニングとエンディングでは作曲過程も違ってきますか?
曲の持つ機能が違うなと思いました。ド頭のパンチ力と、本で言う読後感のようなものを出すにはまったく別の筋力が必要なんだなと。めちゃくちゃ勉強になりましたね、
バンドが生きるような曲をレコーディングしたかった
──シングルには「遠い春」「忘却のサチコ」に加えてもう2曲が収録されています。そのうちの1曲「いるのにない」を今作の収録曲に選んだのはどうしてですか?
何曲か候補があった中で、社長が選んだんですよ。僕も気に入っていた曲だったんですが、社長がどうしてこの曲を選んだのかイマイチわからないんですよね(笑)。もっと派手な曲もあったので、バンドメンバーと「なんでこれなんだろうね?」と言いながらレコーディングしていました。シングルに入れることを決めたときにはまだ詞がなかったんですが、急に悲しい詞を書かなきゃだめだという気持ちになって作詞を始めました。
──どうしてそういう気持ちに?
なんででしょう?(笑) ギターはあくまで添えものだと考えてピアノの音で曲を組み立てていったときに、なんだか悲しい情景が見えた気がしたんですよね。
──ライブに通い詰めているくらいのスカートのリスナーは、そういう悲しくて暗いセンチメンタルな部分を楽曲に求めていると思います。
確かに(笑)。ここまで過剰にセンチメンタルなバンドもなかなかいないかもしれません。
──もう1つのカップリング曲「返信」はすでに過去2回音源化されていますが、今このタイミングで改めてリスナーに聴かせたいと思ったのはなぜですか?
「ひみつ」(2013年3月発表のアルバム)のときはホーンアレンジを入れたくて録り直したんですよ。今回は最近ベーシストが代わった今のバンドが生きるような曲をレコーディングしたいと思って、「返信」を選びました。とは言えアレンジを変えたくはなかったので、ただ音質と技術が向上しただけなんですけど。聴き飽きている人にはスキップしてもらうしかないです(笑)。
──大きくアレンジは変えないにしても、昔作った曲をアップデートしたいという欲求はあったと。
そうですね。そのときそのときのプレイは素晴らしいし、自分でも昔出した音源が嫌いなわけではないんです。でも今の恵まれた状況の中で、昔の曲にもスポットを当てたかったんですよ。
──「返信」を含め、すごくいいバランスのシングルになったと思います。
うまくまとまった気がします。3曲入りのシングルにしようかという話もあったんですけどね。「忘却のサチコ」ができあがったときに奇しくも「いるのにいない」と同じスイング調になっちゃって。曲のキャラが被っちゃうし、どうしようかと悩んだんですけど、「忘却のサチコ」にホーンアレンジが入ったら全然別物になりました。
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顔ジャケを出すのは勝負を懸けるとき