音楽ナタリー PowerPush - 椎名林檎
「日出処」からにじむ矜持 “お前ら、覚悟しておけよ”
18歳のころに作った「静かなる逆襲」
──でも本当に、制作しながらご自身でもブレてないんだなって思うところがあったのではないかと。
そうかもね。それで思うのは、1曲目の「静かなる逆襲」って「歌舞伎町の女王」とかと一緒に書いたすごく古い曲で……。
──らしいですね。
そう、東中野に住んでいて、上野のレコード屋さんでバイトしているときに……。
──デビュー前ですよね。えっと、当時の年齢は──。
18歳ですかね。当時、ロレッタセコハンというバンドのメンバーだった(時津)梨乃ちゃんや、のちに発育ステータスを組む純子ちゃんたちと、ギャルバンを組んでいたんですけど、そのバンドのために書いた曲だったんです。「歌舞伎町の女王」もそう。当時からメンバーのノリや音色に合わせて曲を書くということを好んでやっていたし、その感覚がずっと変わってなくて。作曲当時もまったく同じ作業をしていたから、若書きとは言え、今やっても面白く取り組めるだろうなって思ったんです。あと、昔は地方のラジオ局で「いくつサバ読んでるの?」なんて言われたものでしたけれど、やっぱり早熟に見えたのかも知れませんね。だって今になっても音楽的なマナーみたいな部分は変わらないものなんです。幼い頃に食べたもので、のちの嗜好が決まるみたいなことなのかな。
──原風景が変わらないように。
そういうことですね。
──1曲目に「静かなる逆襲」を持ってこれることがその何よりの証左であると。
そう。
──「静かなる逆襲」の歌詞は作曲時のものではなく、書き直したんですよね?
はい。節は書けば永遠に忘れないけど、文句は忘れてしまうものです。
──今の椎名さんがこのアルバムで何を言うかを明示する歌詞でもありますよね。
そう思います。このアルバムの描く物語の情景を、初めに描写できたらいいなと思って。
──とても強力な先制パンチ。
そう思っていただけますか?
──思います。このアルバムは椎名さんがどこまでもニュートラルな立ち位置に身を置いていることを示す作品でもあると思っていて。「静かなる逆襲」で始まり「ありあまる富」で終わり、最後に改めて「日出処」というタイトルを見たときにその姿勢が立体的に浮かび上がる。
それ、「MUSICA」のレビューでも書いてくださっていましたよね。生の声でお聞きできてうれしいです。
彼氏とスウェットを着てTSUTAYAに行くのが夢
──それはいいんだけど(笑)。とにかく椎名林檎に右も左もないんだと。「NIPPON」がリリースされたときにいろんなヤジが飛んでたけど、まずは「静かなる逆襲」を聴いてみろと。さらに、「自由へ道連れ」と「NIPPON」というロックナンバーが曲順だけではなく内容的にも見事に対になっているというね。
うれしい。そのまま書いてくださいね。「静かなる逆襲」の歌詞って最初はもうちょっと不謹慎なことを考えていたんです。
──不謹慎というと?
私はいつも、普段の生活で使っている通りの言葉の組み合わせで平易な作詞をしたいと思っているんです。普段通りならば当然、固有名詞もそのへんの商品名も出てくるはずでしょう。けれど、そこに商業的な事情が介入するとどうしてもオミットされてしまうから。
──スポンサー的な視点の検閲が入ったり。
うん。それが行き過ぎると変だなってずっと思っていて。もちろんタイアップシングル曲に取り組む場合は、クライアントの事情をくんで当然ですよね。なおかつ、基本的には公平な筆致を求められます。でも、実際普段の私たちは超えこひいきしているでしょ?
──そうですね。食事でも買い物でも、毎日えこひいきしながら取捨選択をしている。
うん。だから、そんな力の抜けたいびつな状態で、堂々と何かをえこひいきしているリアルな人間描写をしたかった。
──だから「TSUTAYA」や「STARBUCKS」というフレーズも登場するし。
私、昔から夢なんですよ。TSUTAYAデートするの。恋人とスウェット着て。黄色いカーテンの向こうがAVコーナーなんでしょ?
──青のところもありますよね。
本当? そうかも。洗い髪のままで彼氏とスウェット着てTSUTAYAに行くのが夢だったんです。
──あはははは(笑)。椎名林檎がそれをしてたらヤバいな。
やったことない。そういう若者らしい土日の過ごし方とか。だからずっと夢だったんです。福岡にいるときからずっと。三宅さんはやったことがあるのでしょうね?……なんですか、その思い出迷子の、遠い目は(笑)。
──いや、あるっちゃあるし、ないっちゃないなって(笑)。
やっぱ三茶のTSUTAYAでしょ?(笑)。それって人間の営みじゃないですか。
──市井の風景というかね。
そうそう。そこに詰まっていると思うの。TSUTAYAでどのDVDを借りるかでこのあとチョメチョメするのかどうかも決まっちゃうし。そういう夢は、今となっては家には子供もいるから叶わなくなっちゃったけど。まあでも、それに代わる何か別のことはやってはいるだろうけど。
──だから、この曲って椎名林檎がものすごく至近距離にいますよね。
そうそう、狙いはそういうことです。アルバムで鳴っている場所が「これだけご近所なんですよ。どうぞお立ち寄りいただき、よろしければ中に入り込んでご一緒いただきたい」って最初に申し上げているようなものですね。
次のページ » 繰り返し聴く必要のあるものでなければダメ
- ニューアルバム「日出処」 / 2014年11月5日発売 / Virgin Music
- 初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
- 初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
- 初回限定盤B [CD+DVD] / 4212円 / TYCT-69070
- 通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
- 通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
CD収録曲
- 静かなる逆襲
- 自由へ道連れ
- 走れゎナンバー
- 赤道を越えたら
- JL005便で
- ちちんぷいぷい
- 今
- いろはにほへと
- ありきたりな女
- カーネーション
- 孤独のあかつき(信猫版)
- NIPPON
- ありあまる富
初回限定盤付属DVD / Blu-ray(内容共通)
- ありあまる富(ビデオクリップ)
- カーネーション(ビデオクリップ)
- 自由へ道連れ(ビデオクリップ)
- いろはにほへと(ビデオクリップ)
- NIPPON(ビデオクリップ)
- ありきたりな女(ビデオクリップ)
椎名林檎「林檎博'14 -年女の逆襲-」
- 2014年11月29日(土)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2014年11月30日(日)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2014年12月9日(火)大阪府 大阪城ホール
- 2014年12月10日(水)大阪府 大阪城ホール
- 2014年12月21日(日)福岡県 マリンメッセ福岡
椎名林檎(シイナリンゴ)
1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表。大友良英や前山田健一など、全収録曲で異なるアレンジャーを起用し大きな注目を集めた。11月5日に椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」をリリース。NHKサッカー放送のために書き下ろした「NIPPON」やNHK連続テレビ小節「カーネーション」主題歌の「カーネーション」、TBS系ドラマ「スマイル」主題歌の「ありあまる富」など、5年半のうちに手掛けてきた数々のタイアップソングを収録することでも話題を集めている。