音楽ナタリー PowerPush - 椎名林檎
「日出処」からにじむ矜持 “お前ら、覚悟しておけよ”
あ、今、母と同じ役を襲名したな
──あとは、椎名さんって、これまで実年齢とパブリックイメージにギャップがあったと思うんですよ。歌詞や曲のイメージからなのか。
ええ、わかります。
──でも、「日出処」は初めての等身大のアルバムと言えるんじゃないかなって。
そう思います。ずっとさ、早く35、36歳のお姉さんになりたいと思っていて。それを実際口にもしていたし。そして単純に自分が好きだと思う歌モノの感じが似合う年齢になってきたのかなって。
──そういう意味でも僕は「ありきたりな女」という楽曲の歌詞は、椎名文学の最高峰だと思っていて。
そんな、文学だなんて。おかしいよ(笑)。
──1人の娘である自分と、母である自分と、ただの女である自分のトライアングルについて、今の椎名林檎が完璧に言い切ったなって。
ありがとうございます。……まずその前に、特に男性から「カーネーション」の歌詞の意味がわからないって言われていたんです。
──どういう部分が?
「『本当に欲しいもの等 唯一つ、唯一つだけ』って何それ?」みたいな。それで「そっか、男性にはその感覚がないんだな」と気付いたんですよね。きっと男性には男性でいろんな節目があると思うけれど、それは逆に女性にはわからないし。ただ、女性同士は「女だもんね、わかるよね」って言葉を交わさずとも理解し合える悲しみや喜びがあるわけです。で、「カーネーション」の段階ではそれでよかったんですよ。「男にわかってたまるものか」って。でも、今回のアルバムではもっと両性に伝わる言い回しのものも欲しくて。「カーネーション」をちゃんと本来の水のような手触りのものとして聴いていただくにはどうしたらいいかなと。
──「ありきたりな女」は、女児をご出産されて初めて書けた曲でもあるのかなと思ったんです。
うん、それはそうかもしれませんね。
──お母様に対する思いも含めてね。
そうかもしれないな。上の子は男なので。実際に自分が母のことを思うときに、自分が娘を持つことで、「あ、今、母と同じ役を襲名したな」と思えたというか……それはもうすごく生々しく具体的に。自分はずっと絶対に女の子を育てる運命にあると思っていたから、それが叶ったのは大きいですよね。
「ありあまる富」を歌うのがつらかった
──そして、やはりこのアルバムの母は「ありあまる富」だと思うんですね。だからこの曲について詳しく聞きたくて。本作でもっとも古い楽曲であり、ドラマ(TBS系「スマイル」)のために書き下ろした楽曲が、そういう役割を担っているということ。それについてはどう思いますか?
「ありあまる富」は書いた当初、自分が書いたものとは思えないくらい遠いところにあって。実際には、最初は「価値は 生命に従って付いてる……のかな? どうかな? てへ」くらいの感じでした。でも、そこからいろいろなことがありました。志村(正彦 / フジファブリック)くんが亡くなり、(中村)勘三郎も亡くなってしまった。震災もありましたし。そのように胸の痛むさまざまなことがあったときに、それでも自分たち流行歌手はせめていつも通り歌わなくてはいけないんだと気付いたりして……。志村くんが亡くなってすぐに出演したフェスで「ありあまる富」を歌わなければいけないことがすごくつらかった。だって、要するにこの曲は「死んだらおしまいよ」って言っているようなものだから。
──うん……。
でも、そういう経験こそがこの曲に命を吹き込んでいったんだと思うんです。どこか当てずっぽうで書いたのだけれど、この曲をこれからも歌わなきゃいけないんだって、いろんな犠牲や別れを体感して5年くらいかけて自覚していったのだと思う。作家として、歌手として。
──最後に単刀直入に聞きます。このアルバムタイトルに込めた思いを教えてください。
「お前ら覚悟しておけよ」みたいな。「そろそろやりまっせ」って感じ。
──アルバムを聴いて思ったのが、「本気で生きるぞ」っていう思いも込められているのかなって。
そうですね。あとは「そろそろやめませんか?」と。揚げ足の取り合いとかね。正直なまま本音を言い合って、回りくどくなく生きて参りましょうよということですよね。
──このアルバムを作ったことで、ここから椎名さんはよりフラットに音楽と向き合って生きていけると思うんです。
ありがとうございます。そうだといいな。あと、これでヒカルちゃんが最新の声を聴かせてくれたら、なおうれしいです。
- ニューアルバム「日出処」 / 2014年11月5日発売 / Virgin Music
- 初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
- 初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
- 初回限定盤B [CD+DVD] / 4212円 / TYCT-69070
- 通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
- 通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
CD収録曲
- 静かなる逆襲
- 自由へ道連れ
- 走れゎナンバー
- 赤道を越えたら
- JL005便で
- ちちんぷいぷい
- 今
- いろはにほへと
- ありきたりな女
- カーネーション
- 孤独のあかつき(信猫版)
- NIPPON
- ありあまる富
初回限定盤付属DVD / Blu-ray(内容共通)
- ありあまる富(ビデオクリップ)
- カーネーション(ビデオクリップ)
- 自由へ道連れ(ビデオクリップ)
- いろはにほへと(ビデオクリップ)
- NIPPON(ビデオクリップ)
- ありきたりな女(ビデオクリップ)
椎名林檎「林檎博'14 -年女の逆襲-」
- 2014年11月29日(土)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2014年11月30日(日)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2014年12月9日(火)大阪府 大阪城ホール
- 2014年12月10日(水)大阪府 大阪城ホール
- 2014年12月21日(日)福岡県 マリンメッセ福岡
椎名林檎(シイナリンゴ)
1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表。大友良英や前山田健一など、全収録曲で異なるアレンジャーを起用し大きな注目を集めた。11月5日に椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」をリリース。NHKサッカー放送のために書き下ろした「NIPPON」やNHK連続テレビ小節「カーネーション」主題歌の「カーネーション」、TBS系ドラマ「スマイル」主題歌の「ありあまる富」など、5年半のうちに手掛けてきた数々のタイアップソングを収録することでも話題を集めている。