ソニー・ミュージックソリューションズ(以下SMS)のメディアチームが手がける音楽プロジェクト「Newtro」が2023年8月の始動から2周年を迎えた。
「Newtro」は新世代のアーティストやクリエイターが「過去(Retro)の名曲」を再構築し、「現在や未来(New)」に新しい作品として生み出すことを目指す音楽プロジェクト。多彩なジャンルのアーティストがカバーした楽曲はYouTubeの「Newtro」公式チャンネルで公開されており、今年7月までに発表された楽曲数は42曲に上る。
本プロジェクトの最新作として9月26日にUNCHAINによる椎名林檎「ありあまる富」のカバー、10月3日にKeishi Tanakaによるチェッカーズ「夜明けのブレス」のカバーが公開される。プロジェクトの2周年、および新作の発表を記念し、音楽ナタリーではUNCHAINの谷川正憲(Vo, G)とKeishi Tanakaにインタビュー。それぞれの選曲理由やアレンジのこだわり、お互いの“カバー論”などについて、親交の深い2人に語ってもらった。
取材・文 / 西廣智一撮影 / 山崎玲士
「Newtro」YouTube公式チャンネル
レトロなものを最新なものとして楽しんでほしい
──最初に「Newtro」の趣旨について、このプロジェクトに携わるSMSのスタッフさんから説明していただけたらと思います。
スタッフ メディアとして新たな音楽コンテンツの展開を考えている過程で、日本に数多くある名曲のカバーを今のZ世代、当時リアルタイムで聴いていなかった世代に届けることで「この曲、このアーティストの新曲かな?」と興味を持ってもらい、そしてそこから原曲を知ってもらうきっかけになる、そして改めて原曲の素晴らしさを再認識してもらうプロジェクトを作りたいと思いつきました。いろんなアーティストの皆さんがいろんなカバーをやられているとは思うんですけど、僕たちから改めて「この曲いいな」と思える曲のカバーをお願いしたり、カバーしてくださるアーティストさんで聴いてみたい曲をお願いしたり。そういうサイクルが昨今のシティポップのブームのように温故知新……レトロなものを最新なものとして楽しんでもらうことにもつながり、脈々と続くJ-POPの歴史を継承していけるんじゃないかなと。
──なるほど。
スタッフ また、YouTubeという世界中の人たちが視聴可能なプラットフォームをメインに展開することで、日本にとどまらず世界中の方に発信することができるので、選曲のジャンル的にもJ-POPのメインストリームはもちろん、シティポップやアニソンまで海外のユーザーにも届くよう考えました。カバーするアーティストさんも、バンド、シンガーソングライター、アイドル、ボカロP、歌い手などさまざまなスタイルの方にお願いし、その皆さんの個性を生かしながらチャレンジしてもらっています。
谷川正憲(UNCHAIN) 僕らの場合は「UNCHAINといえば椎名林檎さんのカバー」という印象が強かったからか、「椎名林檎さんのカバーはいかがですか?」と限定したオファーをいただきました。
スタッフ そうですね、UNCHAINに関しては、すでに林檎さんのカバーを数曲やられていたのもあって、今回また新たな曲でカバーをお願いできないかと思いオファーしました。
谷川 林檎さんの楽曲はすでに5、6曲カバーしてきたんですけど、いわゆるレトロなイメージの選曲ではなかったかもしれません。すみません(笑)。
スタッフ いえいえ(笑)。
──レトロの解釈も人によっていろいろ変わってくるとは思いますが、今回UNCHAINがカバーした「ありあまる富」(2009年リリース)のように、15年くらい前の楽曲が今のZ世代にはちょうどよいレトロ感かもしれませんね。
谷川 確かに。僕らは90年代に学生時代を過ごしてきましたけど、当時は70年代の音楽に最も温故知新感があったので、このカバーを聴いたZ世代にとっては僕らが70年代の音楽を聴いていたのと同じ感覚になるのかな。
Keish Tanakai 僕は実は「Newtro」が始まって1、2曲しか公開されていないようなタイミングでNewtro側から企画の説明と軽いオファーを受けたんだけど、「まだ探ってるところもあるのかな?」という印象だったんです。ただ、映像を通して統一感を出すところが面白かったのと、時代的にも日本のアニソンが世界中で聴かれていたり、山下達郎さんが海外で流行っているという話も耳にしていた時期だったので、ちょうどいいタイミングに企画が始まったなとは思っていました。それに、こうして2年も続いているということはみんなが楽しんいでる証拠なんじゃないかと思います。
「本当に価値があるもの」を改めて問いかける「ありあまる富」
──今回それぞれがカバーした楽曲について、選曲した理由を聞かせてください。
谷川 「ありあまる富」に関しては発売当初から好きな楽曲の1つなんですけど、UNCHAINのカバーシリーズで取り上げている、いわゆる超有名曲とはちょっと違った、渋い名曲みたいな立ち位置な気がしていて。やっぱりカバーされる曲ってすごく有名な曲が多いと思うんですけど、「ありあまる富」は曲そのものの渋さもあって手を出しにくいかなと感じていたんです。ただ、“価値”について歌われている歌詞の内容的に、当時よりも今のほうがより刺さるんですよ。音楽の価値がどんどん軽くなっているような気がする中で「本当に価値があるものってなんだろう」というこの歌詞の深みが、令和になった今、より響くんじゃないかと思って選ばせていただきました。
Keishi 僕もこのカバーを聴いて「めっちゃいい歌詞だな」と思った。初めてオリジナルを聴いたときとは感じ方が全然違っていて、それは時代のせいかもしれないし、僕ら2人とも同い年なので年齢のせいかもしれないし。そういう意味でも、選曲の仕方がしっかりしているなと思いました。で、僕のほうはもうちょっと違った選曲の仕方で。最初は自分が生まれる前とか、リアルタイムじゃない曲から選んだほうがいいのかな、とか考えていたんです。ただ、そうなると思い入れがある曲があまりなくて、なかなか選びきれない。それで、最終的にチェッカーズの「夜明けのブレス」にしました。チェッカーズは直撃世代ではなく、僕が小学生ぐらいのときに解散していて。ただ、僕の兄がリアルタイム世代だったので、解散後にチェッカーズのカセットテープをどっさり譲り受けたんです。きっと兄貴の中で何かが終わったんでしょうね。その急に熱が冷めた感じが小学生の僕から見てもわかって。それで当時はチェッカーズの曲をいろいろ聴いていたんですけど、たぶん今回の企画的にもこういうことなのかなと思って、チェッカーズの中から選ぼうと決めました。
谷川 まだそのカセットテープは残ってるの?
Keishi どうだろうな。今住んでいる家にはないんだけど。
谷川 だいぶレアだよね。
Keishi そうだね。兄貴みたいな直撃世代だったらもっと初期の名曲を選ぶかもしれないけど、自分はもっとフラットな聴き方をしていたので、「自分的に一番なじみのある曲は何かな」と探す中で、すぐにでも歌えるレベルの「夜明けのブレス」を選びました。
──カバーする曲が決まったら、それをどうアレンジしていくかを考えるかと思います。UNCHAINの場合、「ありあまる富」にどのように味付けしようと考えましたか?
谷川 実は、最初に選曲した時点では今とは違うイメージだったんですよ。僕は原曲あってのカバーだと思っていて、いつも「原曲はもちろん最高だけど、このカバーもいいよね」とか「原曲と雰囲気はちょっと違うけど、これもいいよね」みたいなイメージを持ってカバーに臨むんですけど、今回に関しては原曲のアコースティックギターとエレキギターが生み出すちょっとオルタナチックな質感とは違うものを目指していて。歌い出しでピアノを使おうとかいろいろ考えたんですけど、結局「違うんじゃないか」と思ってやめたんです。ちょうどバンドが3人体制になったタイミングでもあったので、外部の音を入れることなく、原曲と同じようにアコギや歪んだギターを軸に、別の角度から攻めてみました。
──僕は原曲にあったサイケ感が減退して、よりアーシーでレイドバックしたアレンジが心地いいなと感じました。
谷川 ありがとうございます。林檎さんって初期はファズを使って歪ませたギターでオルタナっぽいことをやっていたと思うんですけど、今回のアレンジではその頃の世界観をうまく表現できないかなとイメージして。加えて、テンポを原曲よりちょっと落とすことで、静と動の対比がより際立つし、歌詞もより重く表現できるんじゃないかと考えました。
Keishi なるほどね。僕は単なるカバーというより、完全にUNCHAINの曲だなと思いました。今まで林檎さんの曲を数多くカバーしてきたからこそ、ハードルも上がっているわけじゃないですか。だからこそ、アレンジも簡単に済ませたくないという強い意志が伝わってくる。めちゃくちゃよかったです。
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いろんな“愛情”に解釈できる「夜明けのブレス」の世界