音楽ナタリー PowerPush - 椎名林檎

「日出処」からにじむ矜持 “お前ら、覚悟しておけよ”

普通の人生を歩めてる

──今話していて本当に尊いなと思うのは、椎名さんはやっぱりずっとリスナーのニーズに応えてきたんだなということで。

そうだといいけれど。

──とんでもないプロ意識だと思う。自分が音楽家として生きるうえで、知名度や期待値にはらむ負荷もすべて受け入れながら生業を全うしている。これは矜持ですよね。

ありがとうございます。私自身もそうありたいという理想があって……うん、それは矜持と言っていいのかもしれませんね。それに会社も気心知れた人たちと運営していますし。「私は子供を産み育て、人間らしい生活をするんだ」ってスタッフに伝えれば、その思いを共有してくれますから。そういう母体があるのが何より大きいです。その意味では多忙な割に、ずいぶん真っ当な人生を歩めていると思いますよ。家庭もあるし。

──換言すれば、自分でコントロールできている。

そうかもしれない。普通の生活を壊してまでスターダムを大事にするのではなく、必要なアイテムの制作や必要な公演を最低限実践することに終始しているので。だから、音楽以外の余計な仕事をしないで済んでいるというのはありますよね。

──音楽至上主義を貫きながら私生活も守れている。

うん。それがすごく大きくて。あと、ここまで1曲1曲理想的なメンバーとエンジニアで録れることって、そんなにあることじゃないとも聞くんですけど……。

──本当にそうで。「日出処」はサウンドも参加しているメンバーも豪奢で、やっぱり現行のポピュラーミュージックシーンにおいては異常とも言える。

椎名林檎

そうらしいですね。でも、そういう作品も少しはあったほうがいいでしょう?

──そうですね。素晴らしいですよ。

ありがとうございます。

──今のポピュラーミュージックって、アーティストがリスナーの目線に合わせることに慣れきってしまっていると思うから。

ええ。

──楽曲のあり方についても、ライブのあり方についてもね。だからこそ、最新の椎名林檎が作った音楽の贅沢を謳歌できるこのアルバムはおおいなるカウンターでもあると思う。

うれしい。ありがとうございます。

──これは日本最高峰の歌謡ですよ。

今おっしゃってくれたことをどこまで書いていただけるのかなと思っているんですけど。

──え、全部書きますよ(笑)。

全部書いてください。「みんなに伝えてやってくれ」という思いです。私、こう見えてもこつこつタイプだから。こつこつ手間をかけて作品制作をしてます。アリとキリギリスだったらアリで、ウサギとカメだったらカメなんですよ。

──どちらも満たしていると思うけど。

そんなことない(笑)。

「不変の真ん中があった」

──「ありあまる富」から「NIPPON」まで、この5年半でリリースしてきたシングルはかなり多様なものだったじゃないですか。これをどう1枚に編むのかはリスナーの想像が及ばないところでもあったと思うんですよね。でも、いざアルバムを聴いて最後に「ありあまる富」を迎えたときに、「なんて見事な伏線の回収なんだ、恐れ入りました」と言わざるを得なかった。まるで全13曲で1つの人間賛歌であり、1つの交響曲や組曲が浮かび上がるような趣があって。

ありがとう存じます。自分でも当初「どうなっちゃうんだろう?」とは思っていましたけどね。シングルについては元気いっぱいの若々しいオファーがあって、個人の趣味のみで書いたわけじゃないような楽曲が続いて。そこにどれだけ感情移入できるかと。

──いかに必然性を持たせられるか。

まさにそう。それをどうできるかって考えながら制作に取り組んでいましたね。でも「たぶんこのアルバムは『ありあまる富』で終わるんだろうな」と思ったときに、「このアルバムはこういう結論に至るだろう。ならば、こういう曲も作ろう」っていう“寄り道”も見えたんですよね。

──「ありあまる富」でアルバムを閉じるというイメージを描けたのはいつ頃ですか?

最初の段階です。だから、制作が始まる段階で曲の並びは決め込んでいて。デモを各所に送るときに「これはこの曲のあとです」って言葉を添えて。

──その手つきが完璧すぎる。

さっきから……もう(笑)。ありがとうございます。曲自体が生まれるのはすごく自然でした。前の曲のアウトロが終わったら、その次に始まる曲の気持ちいいキーってありますよね。例えば「赤道を越えたら」ってトロンボーンのために書いた曲なんですけど、自然と前の「走れゎナンバー」とうまくつながるようなキーになっていて。もちろんある程度逆算しながら作業していったのは事実ですが、目的が明確で純粋だと、あまり作為的なことをしなくてもうまくいくんだなって思いました。ああいうのって導かれるようなものですよね。

──それはきっと椎名さんの音楽的な核心がブレてないからですよね。不変の真ん中があったからで。

そんなカッコいいことを言っていただけてうれしいです。このページの私の写真のところに「不変の真ん中があった」って載せていただきたいです。

──あははは(笑)。

いや、そうしていただきたいです。ナタリーはきっとスクリーンセーバー用の画像にしてくれますから。

椎名林檎

椎名のリクエストに応えて画像を作った。

ニューアルバム「日出処」 / 2014年11月5日発売 / Virgin Music
初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
初回限定盤B [CD+DVD] / 4212円 / TYCT-69070
通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
CD収録曲
  1. 静かなる逆襲
  2. 自由へ道連れ
  3. 走れゎナンバー
  4. 赤道を越えたら
  5. JL005便で
  6. ちちんぷいぷい
  7. いろはにほへと
  8. ありきたりな女
  9. カーネーション
  10. 孤独のあかつき(信猫版)
  11. NIPPON
  12. ありあまる富
初回限定盤付属DVD / Blu-ray(内容共通)
  • ありあまる富(ビデオクリップ)
  • カーネーション(ビデオクリップ)
  • 自由へ道連れ(ビデオクリップ)
  • いろはにほへと(ビデオクリップ)
  • NIPPON(ビデオクリップ)
  • ありきたりな女(ビデオクリップ)
椎名林檎「林檎博'14 -年女の逆襲-」
2014年11月29日(土)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
2014年11月30日(日)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
2014年12月9日(火)大阪府 大阪城ホール
2014年12月10日(水)大阪府 大阪城ホール
2014年12月21日(日)福岡県 マリンメッセ福岡
椎名林檎(シイナリンゴ)

1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表。大友良英や前山田健一など、全収録曲で異なるアレンジャーを起用し大きな注目を集めた。11月5日に椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」をリリース。NHKサッカー放送のために書き下ろした「NIPPON」やNHK連続テレビ小節「カーネーション」主題歌の「カーネーション」、TBS系ドラマ「スマイル」主題歌の「ありあまる富」など、5年半のうちに手掛けてきた数々のタイアップソングを収録することでも話題を集めている。