SawanoHiroyuki[nZk]|劇伴作家としての矜持がにじむ最新作 信頼できるアーティストに任せ、委ねることで生まれる変化を楽しむ

劇伴作家として数多くのアニメ作品や映画に参加する澤野弘之。彼が2014年に始動させたボーカルプロジェクトSawanoHiroyuki[nZk]の最新シングル「Avid / Hands Up to the Sky」がリリースされた。

今回のシングルには現在放送中のテレビアニメ「86―エイティシックス―」のエンディングテーマとして制作された「Avid」と「Hands Up to the Sky」の2曲のほか、過去の[nZk]楽曲を付き合いの深いミュージシャンたちと自身の楽曲をアレンジする「<MODv>」バージョンの音源を収録。それぞれ異なるアプローチを施したサウンドからは、音楽家としての澤野の幅広さを感じることができる。

1年ぶりのソロインタビューとなる今回の特集では、新曲および「<MODv>」バージョンのレコーディングにまつわるエピソードを通して彼の作曲家としてのスタンスや矜持に迫った。

取材・文 / 須藤輝

「アルドノア・ゼロ」以来のダブルエンディングテーマ

──ニューシングル「Avid / Hands Up to the Sky」の表題の2曲はいずれもアニメ「86―エイティシックス―」のエンディングテーマですね。澤野さんは以前、アニメ「アルドノア・ゼロ」のスタッフに「(エンディングテーマを)2曲にしたい」と無茶振りして「A/Z」と「aLIEz」(2014年9月発売の1stシングル「A/Z | aLIEz」表題曲)を作ったとおっしゃっていました(参照:澤野弘之「&Z」&「BEST OF VOCAL WORKS [nZk]」特集)。

はい、そうでしたね。

──今回は?

今回はアニメの制作サイドから「ダブルエンディングにしたら面白いですよね」というお話を伺ったんです。偶然にも「アルドノア」も「86」もA-1 Picturesが作っている作品で、監督は違うけれど、SFアクションみたいなところでジャンル的にも通じるものがあると思っていて。ダブルエンディングをやるのも「アルドノア」以来なので、自分事なんですけど、10枚目のシングルでまたそうしたアプローチができるというのはありがたいですね。

──「Avid」も「Hands Up to the Sky」も打ち込み主体の、エレクトロニカもしくはクラブミュージック的なアプローチを選択していますね。

最近の自分の作りたいサウンドの方向が、このあいだリリースした「iv」(2021年3月発売の4thアルバム)である程度見えたところがあって、それを今回のシングルにも出せたらいいなと。ただ、「Avid」に関しては作品のオファーをもらってイチから作ったというよりは、過去にボイスレコーダーに残しておいた曲の中で作品のイメージに合うと思って選んだ曲なので、そこまで強く打ち出した感じではなくて。ボイスレコーダーにはピアノと僕の下手くそな歌声だけ録ってあったんですけど、そのピアノのアコースティックな音色に、「iv」からの流れでもある打ち込みのリズムトラックをうまく組み込めればいいなと思って作りました。

──「Avid」はピアノのミニマルなフレーズを軸に淡々と進行するバラードですが、リズムアレンジなどでドラマチックに仕上げていくのは澤野さんらしい手つきだと思いました。ボーカルはmizuki(UNIDOTS)さんですが、なぜ彼女に?

今おっしゃってくださったようなサウンドを、mizukiさんの歌声が縫うようにして、淡々としたパートからエモーショナルになっていく展開をより広げてくれるんじゃないかという期待がありました。あと、「Avid」のほうが「Hands Up to the Sky」よりも日本語の歌詞の比重が大きいと思って、日本語詞だとやはりmizukiさんの歌声が映えるという印象が自分の中にあるんですよね。

自分の本業は作曲家

──「Avid」も「Hands Up to the Sky」も作詞はcAnON.さんですね。

cAnON.さんにはこれまで英詞をメインにお願いしていたんですけど、日本語詞でも彼女なりのグルーヴだったり言葉のチョイスだったりをいい形で落とし込んでくれるというのを「iv」で感じたので、今回もその要素を入れてもらいたくて。

──「Avid」では、例えばDメロの「bitter color ardor wander」「Gotta」「undercover」という脚韻の踏み方などはmizukiさんの歌声も相まって聴いていて心地よいです。歌詞において、澤野さんは常々「言葉の意味よりも響きを重視している」とおっしゃっていますが、それがわかりやすく提示されている一例なのかなと。

それ以外のパートでも、音符では1音のところに2音の日本語を不自然じゃない形ではめてくれたり、そこはすごく信頼しています。僕も日本語詞を書くときはなるべくグルーヴとかを重視しているんですけど、彼女のほうがそのセンスに長けているなと、アルバムを作っているときに思ったんですよね。であれば、そういうグルーヴとか言葉のはめ方が必要な曲の歌詞は彼女にお願いしたほうがいいんじゃないかって。

──「Hands Up to the Sky」に顕著なのですが、歌詞を見ずにボケーっと聴いていると英語か日本語かわからなくなりますね。

そうそう。やっぱり英詞を書けるだけあって、言葉の運び方とかは僕にはないものを持っていてうらやましいというか。これは自分が真似しようと思ってもできないし、逆に自分が日本語詞を書く場合は、自分で書く理由があるときに書いたほうがいいかなと余計に思うようになりましたね。もちろん歌詞を書くことが億劫になったわけじゃないんですけど、やっぱり自分の本業は作曲家なので。もともと僕が作詞をするときって、頭では「意味は伝えたくない」と思ってはいるものの、実際には本当に意味がないことを書くわけじゃなくて。なんだかんだで自分なりの意味合いを持たせようとするとけっこう悩んじゃって、曲を作るよりも時間がかかったりすることもあるんですよ。だから僕はサウンドに力を入れて、それを歌詞でより広げてくれる人に作詞をお願いするというスタイルが今は楽しいんですよね。

澤野弘之

mizukiのボーカルには想定通りにならないよさがある

──「Avid」でボーカルを務めたmizukiさんとは1stシングル「A/Z | aLIEz」からご一緒されていますが、何か変わったことなどはありますか?

彼女の芯というのはずっとブレないままだと思っていて。そのうえで、レコーディング前はなんとなく「mizukiさんだからこうやって歌ってもらえるんだろうな」というイメージがあったりするんですけど、毎回それを覆してくれるというか。ちょっと言葉では説明しにくいんですけど、自分の思っていたのとは違ったアプローチを彼女なりにうまく入れ込んでくれてるんですよね。だから自分の想定通りにはならないよさというものが必ずあって、いつも「すごいなー」と思って聴いています。それを彼女が意識してやっているのか無意識に出ちゃっているのかはわからないんですけど。

──「言葉では説明しにくい」なりに、「Avid」におけるmizukiさんなりのアプローチって言葉にできますか?

そうだな……この曲って、ずっと淡々と歌っていても平気なイメージで初めは作っていたんですよ。とりあえずオケはある程度盛り上がるから、その中でボーカリストは変わらないテンションで歌っていても成り立つんじゃないかって。だったらボーカリストもそういう歌い方が得意な人を選んでもよかったのかもしれないですし、たぶんmizukiさんもそれができる人だと思うんですよね。でも、ふとした彼女の力み方だったりが歌に表れた瞬間に「やっぱ、ちょっと強く歌ったほうがカッコいいな」と気付かせてもらえたりして。

──なるほど。

その強い声の出方というのも、これまで彼女が力強く歌ってきた曲のそれとは違うというか。「Avid」というミニマル的にピアノが鳴っているバラードだからこそ出てくる、サウンドと一体となった彼女の芯の強さを感じられたんですよね。だからレコーディングで僕がいちいち細かくディレクションしなくても、彼女からバンと出てきたものに対して「それがいいです」と素直に納得できちゃうし、それが「すごいなー」と思わせてくれるところなんでしょうね。あと、特に日本語の歌詞の場合は、mizukiさんの声に乗っかるだけで言葉の伝わり方みたいなものが変わると感じていて、それも彼女のすごいところだなと。

──よい相棒に恵まれましたね。

本当に。僕が愛想を尽かされないといいんですけどね(笑)。