SawanoHiroyuki[nZk]|劇伴作家としての矜持がにじむ最新作 信頼できるアーティストに任せ、委ねることで生まれる変化を楽しむ

“宅REC-nZk”の曲が残っていたので

──カップリングには「A/Z」、「Tranquility」(2019年10月発売の8thシングル「Tranquility / Trollz」表題曲)、「Into the Sky」(2016年6月発売の4thシングル「Into the Sky EP」表題曲)の<MODv>が収録されています。<MODv>とは“み(M)なさんのお(O)かげで(D)すバージョン”という……。

親父ギャグですみません(笑)。

──アルバム「iv」にも「Barricades」(「TVアニメ『進撃の巨人』Season 2 オリジナルサウンドトラック」および「BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2」に収録)、「Keep on keeping on」(「A/Z|aLIEz」カップリング曲)の<MODv>と、「NEXUS」の<PODv>(プロメアのおかげですバージョン)がボーナストラックとして収録されていました。

<MODv>自体はリアレンジ企画として以前からやっていたことなんですけど、去年の春頃、ミュージシャンたちの仕事がストップしちゃったときに“宅REC-nZk”というプロジェクトを立ち上げて、宅録の<MODv>シリーズとしてYouTubeに動画を上げていたんです。そこで録った6曲のうち3曲はアルバムに入れられたので、残りの3曲もどこかで音源化したいなと思っていたら、ちょうどシングルを出す機会に恵まれたので。

──ということは、なぜ今回のカップリングにこの3曲を選んだのかと聞かれたら……。

残ってたから(笑)。

──(笑)。

いや、でも、これは偶然、そして後付けなんですけど、この3曲を入れたら全曲がSFに関係する作品の主題歌・挿入歌になったんですよ。「アルドノア・ゼロ」の「A/Z」と、「銀英伝(銀河英雄伝説 Die Neue These 星乱)」の「Tranquility」と、「ガンダムUC(機動戦士ガンダムUC RE:0096)」の「Into the Sky」なので。

──ところで宅REC-nZkは、コロナ禍において澤野さんが行った試みの1つですね。

ああいう状況になったときに、自分は「何もできないや」とあきらめるよりは「何か見つけたいな」と思うタイプだったりするので。でも、それは自分1人で見つけられたというよりは、ミュージシャンたちと話している中でリモートの宅録という発想につながったんですよ。しかも当初は、スタジオも閉まってライブもなくなってしまった彼らに対して何か“してあげたい”みたいな感覚から始めたんです。本当におこがましいんですけど。でも結果的に、自分が何か“してもらえた”という感覚で終われたというか、宅REC-nZkをやったことで自分もミュージシャンたちに支えられていることに改めて気付くことができましたね。だからといって「コロナのおかげで」みたいに言うつもりはないんですけど。

──それはそうですよね。

ただ、これは音楽業界に限ったことではないと思いますけど、とりあえず通常営業ができてそれがビジネス上も問題なければいいやという考え方ではいけない気がするんですよね。音楽業界だったら例えば「CDの売り上げは下がってるけどライブは調子がいい。じゃあライブに力を入れていればいい」ではなくて、本来ならライブが好調であろうがなかろうが、より音楽を広めるためには何をしなきゃいけないのかを常日頃から考えることも大事で。だから、別に宅録が新しい試みだとは思ってないんですけど、何が起きても「これができるじゃん」みたいな引き出しを持っておかなきゃいけない。それに気付けたことも、ある意味重要だったなと思っていますね。

「自由にやってください」の結果を楽しむ

──<MODv>はミュージシャンにお任せで演奏してもらう企画なんですよね。

はい。従来はミュージシャンをスタジオに集めて、原曲の譜面を渡して「これと違う感じになったらいいです」みたいなお願いをしてセッションしていて。言ってしまえば他力本願で、本当にミュージシャンの皆さんのアイデアのおかげでできたアレンジなんですよ。今回は宅録なのでみんなで一緒に合わせることができなくて、各楽器の音源がいきなり完パケで納品されるような感じだったんですけど、それはそれで個々のミュージシャンのセンスがより感じられて面白かったし、新鮮でした。

──作詞の発注やボーカリストへのディレクションと同じく、ミュージシャンの演奏に対しても柔軟ですよね。例えばクラシックの指揮者だったら「譜面通りに弾かないと許さない」みたいになると思うんですけど。

それは、あくまでリアレンジ企画だから。逆に言うと「Avid」や「Hands Up to the Sky」のように新しく作った曲には自分のイメージがあるので、譜面に書くなり口頭で伝えるなりしてそのイメージに近付けてもらうんです。でもリアレンジ企画、特に<MODv>はお任せだし、お任せした結果できたものに対して自分が異を唱えること自体がおかしなことだと思っちゃうんですよね。ちょっと愚痴みたいになっちゃうんですけど、例えば楽曲制作で先方に「とりあえず自由に作ってもらっていいですか?」と言われたから自由に作って渡したら「いや、なんか違うんだよな」みたいな。

──ああー。あとから「なんか違う」と言うのであれば、事前にある程度具体的な指示をくださいと。

そうそう。そういうのが嫌だから、僕が人に「自由にやってください」と投げるんだったら、その自由さを受け止めるだけの度量を持っていたいんですよね。あと、原曲は僕の作りたいように作っているから、それとは別物として楽しめるという側面もあります。

──例えば「Tranquility」は、原曲は荘厳でシリアスな曲に感じましたが、<MODv>ではより開放的で柔らかいアレンジになっていて。

後半はエレキがジャンジャン鳴っていたりして。ああいうことも普段の自分だったらやらないんですけど、だからこそ楽しめるんですよ。ほかの2曲にしてもリズムの取り方とか音の重ね方とか、自分が指定しないとこういう感じで返ってくるのかという面白さがありましたね。原曲のシンセのトラックとかもオフっちゃって、基本的にはメンバーが出してくれた音だけで構築しているのでグルーヴも変わっていて。

──しかも正式な音源としてリリースできるクオリティで。

ミュージシャンの宅録環境が整っていたというのもありますし、ミックスもいつものエンジニアにやってもらえたので。だからといって「これからは宅録でやれる」とか「スタジオに集まらなくていい」というわけでは決してなくて、やっぱりスタジオはスタジオで、ミュージシャンと顔を合わせて録ることの意義はむしろ大きくなったように感じています。ともあれ、こうした形でも音の追求ができるという点では本当に勉強になりましたね。

澤野弘之

劇伴作家だからできること

──澤野さんが宅REC-nZkを立ち上げてから1年以上が経過した現在、相変わらず先行きが不透明な状況が続いています。先ほどと似たような質問になってしまいますが、この1年で楽曲制作に対するスタンスや考え方に変化はありましたか?

ああ、ありましたね。今ある仕事に集中することはもちろん大事なんですけど、そこに乗っかっていればいいと思っちゃいけないんだなって。作品との関わり方にしても、僕は職業作家なので、今までは基本的にオーダーされたものを作って納品したら終わりだったんです。でも去年、宅REC-nZkで<MODv>をやったことによって個々の作品のファンの方たちが反応してくれたのを見て、せっかく僕も作品に関わらせてもらっているのだから、コロナ禍とか関係なく、今後も自分側から発信できるものがあったらどんどん発信していきたいです。

──頼もしいですね。

それがリアレンジであれなんであれ、例えば作品ファンの方がサントラに興味を持つ、あるいは僕の音楽を聴いてくれている方が作品に興味を持つきっかけになるような、作品と音楽がお互いに相乗効果を得られるようなことをやっていくのが大事なんじゃないかと。今回の「86」にしても、シングルの発売前に「Avid」の<MODv>をYouTubeで公開したんですけど、これにも作品と澤野の双方のファンが面白がってくれたらという思いがありました。要は、作品の制作サイドから言われたことをただやるだけじゃなくて、自分も何か提案して一緒に作品を盛り上げていきたいということですね。

──澤野さんは主題歌だけでなく、劇伴も担当する作曲家だからやれることも増えるのかなと。

そうかもしれないですね。それはとてもありがたいですし、もちろん主題歌のみを担当するアーティストが作品と深く関わっていないという意味ではまったくないんですけど、やっぱり劇伴の場合はスタッフとのコミュニケーションの仕方も違うし、その流れで提案できる部分もあると思うので。「86」はサントラのほうでもいろいろ動いていて、劇中歌のMVを撮ってみたり、Blu-rayの特典CD用にリアレンジバージョンを用意したりしているので、それも楽しんでもらえたらうれしいです。

ライブ情報

SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021
  • 2021年10月9日(土) 東京都 TOKYO DOME CITY HALL OPEN 17:00 / START 18:00 <出演者> 澤野弘之
    Guest Vocal:後日発表