SawanoHiroyuki[nZk]|劇伴作家としての矜持がにじむ最新作 信頼できるアーティストに任せ、委ねることで生まれる変化を楽しむ

Laco、初めての日本語詞に緊張する

──一方の「Hands Up to the Sky」のボーカリストはLacoさんです。この曲は、同じくLacoさんがボーカルをとった「NEXUS」(澤野が劇伴を担当したアニメーション映画「プロメア」の劇中歌。「『プロメア』オリジナルサウンドトラック」および2020年4月発売の[nZk]のベストアルバム「BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2」に収録)のアプローチに近いというか。80年代的なダンスナンバーである「NEXUS」をR&Bに寄せたような印象を受けました。

そうですね。だからサウンド的にもLacoさんが歌ったらより面白いものになるんじゃないかなって。ただ、「Hands Up to the Sky」は「NEXUS」ほど強く歌い上げているわけではないんですよね。それは音域とかも関係しているんですけど、だからといってトーンダウンしているかというとそうではなくて、ちゃんとこの曲に必要なエモーショナルさを表現してくれている。そこにLacoさんというボーカリストのすごみを改めて感じましたね。だから、例えばライブで「Hands Up to the Sky」と「NEXUS」という同じ方向性の曲が並んでも、きっと彼女はニュアンスの違いを出して歌ってくれるんだろうなって。

──僕も、改めてLacoさんはパワフルかつ表現力豊かなボーカリストなんだと感じました。

あと、これまでLacoさんには英詞の曲ばかりお願いしていたんですけど、今回は日本語詞が入った曲を歌ってもらうという初の試みでもあって。なので彼女も「初めて[nZk]で日本語の詞を歌うのでちょっと緊張してます」とレコーディングでおっしゃっていて、ご本人もそういうのを意識されるんだなと思いながら録っていたところもあります。

──「Hands Up to the Sky」でも、やはりcAnON.さんの譜割りは独特ですね。歌詞にも、例えば「Smile with me」と「素直に」が同じような音に聞こえるような仕掛けがあったり。

そういう歌詞をLacoさんが歌うことによって、日本語がより日本語っぽく聞こえなくなったり。そこもやっぱり彼女の歌声の魅力だなと。実は「Hands Up to the Sky」に関しては、Lacoさんの歌が間違いなくハマると思いつつ、実際にLacoさんがどういうふうに歌うのかはわからないままレコーディングに入ったところもあったんですよ。でも、わからないまま挑んだからこそ、彼女から出てくるものがすべて新鮮だったり面白かったりして。素直に彼女のアプローチを楽しみながら作れた感じがしますね。

──「Avid」と「Hands Up to the Sky」はバラードとダンスナンバーという曲調のみならず、ボーカルの対比も際立っていますね。

言われて気付いたんですけど、Lacoさんはどちらかというと日本語も英語っぽく歌うボーカリストで、だから英詞のパートと日本語詞のパートの境界がないように感じるんですよね。逆にmizukiさんは、日本語がちゃんと伝わるような歌い方をするので、英詞と日本語詞の境界が比較的はっきりしている。もちろんこれはどちらがいい悪いって話じゃなくて、そういう2人なのかなって、ふと思いました。

澤野弘之

生みの苦しみを感じたら、音楽を辞める

──澤野さんのお話を伺っていると、いわゆる生みの苦しみをあまり感じていないように思うのですが、本当のところはどうなんですか?

よく作家やアーティストの方々が「血反吐を吐く」とか「のたうちまわる」みたいなことをおっしゃるじゃないですか。そういうのを見たり聞いたりすると「そんなに?」と思っちゃって、正直よくわからないんですよね。僕が浅はかな音楽をやってるだけかもしれないですけど(笑)。

──そんなことないですよ(笑)。

たぶん、僕はそんなに苦しむんだったら音楽をやってないと思います。要は、音楽を作るのが楽しいから続けてこられたので、苦しくなったら即辞めちゃうんじゃないかって。もちろんメロディがすぐできなかったりすることもなくはないですけど、それを「ああでもない、こうでもない」と考えたりいろいろ試したりしている瞬間もノリノリになっているし、行き詰まってずっと曲が作れない状態にも基本的にはならないので……生みの苦しみは、ないっちゃないですね(笑)。

──そうですか。

まあ、劇伴作家としてスタートした頃は「この1曲を外したら仕事をもらえなくなるかもしれない」と変にプレッシャーを感じて、神経質になりすぎて行き詰まりかけたことはありましたけど。そこをクリアして以降は、自分が素直に作ったものを「いい」と思えたら出していけばいいんだなと。

──なんか、強いですね。

強くないですよ(笑)。むしろ僕が「強いな」と思うアーティストは、自分の好きなことをある程度封印して、ヒットするための手法をストイックに考えて、なおかつ結果を出している人たちなんですよ。彼らの話を直接聞いたりしたときに、僕は僕なりにポップなことをやっているつもりなんですけど、そういう努力が足りないんじゃないかと思ったりして。だからさっき「楽しいから続けてこられた」と言いましたけど、僕は弱いから、単に苦しみたくないだけなのかもしれません。

──先ほど「プレッシャー」という言葉が出ましたが、劇伴作家および[nZk]として活動していく中で周囲の期待値もどんどん上がっていると思います。そういう期待がプレッシャーになったりしないんですか?

あまりならないですね。もちろん劇伴や主題歌のオファーは期待もあってのことだとは思うんですけど、そこで「期待されてるんだから、前と違うことをやらなきゃいけない」とか余計なことを気にしだすと、曲作りがストップしちゃうかもしれない。だから例えば、「86」から離れて申し訳ないですけど、6月11日に公開の映画「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」の劇伴については、「ガンダム」の仕事が連続すること自体はうれしい反面、「機動戦士ガンダムUC」と「機動戦士ガンダムNT」で自分がやってきたことと比較されたら嫌だなという気持ちも正直あるんです。

──ああ。

でもそこで考えすぎると、自分が本来作りたかったものから遠ざかってしまう気がするんですよね。だから、とりあえずは自分が作品に対してどれだけモチベーションを上げて「楽しい」と思って取りかかれるかを重要視する方向に持っていってる感じですかね。

──健全ですね。

どうなんですかね(笑)。結局のところ、音楽を作ることに対してだけはストレスのない状態を保っておきたいということだと思うんですよ。やっぱり仕事上、どうしても自分の思い通りにならないことや人間関係のストレスは、大なり小なり必ずあるじゃないですか。だけど「ここだけは譲れない」あるいは「守りたい」というある種の聖域が、音楽を作る部分なのかもしれないですね。