音楽ナタリー PowerPush - PASSPO☆
奥仲麻琴 卒業インタビュー「さよなら、ありがとう」
2015年1月1日、東京・TOKYO DOME CITY HALLにて行われるツアーファイナル公演をもってグループを卒業する奥仲。PASSPO☆として最後のフライトを1カ月後に控える彼女に、グループ結成当初から現在に至るまでの思い出や卒業を決めた理由、そして今の心境を聞いた。
──奥仲さんはスカウトで今の事務所に入ったんですよね。
中学3年生の夏休みに渋谷でスカウトされて今の事務所に入りました。もともと芸能活動には興味があったんですけど、なかなか親には言い出せなくて。私、勉強が苦手だったし中3で受験をどうするか決めるギリギリのタイミングだったので「事務所に所属すれば芸能学科のある高校に入れるじゃん!」って思って所属することを決めました。
──その頃、女優やタレント、モデル、アイドルになりたいっていう考えが何かあったわけではないと?
まったくなかったです。なんとなく入って、なんとなくお仕事ができればいいかなって。本当にそれくらいの気持ちでした。でも親からは「事務所に入ってもいいけど、ちゃんと仕事ができるようになりなさい」って言われたのを覚えてます。
──そこからPASSPO☆(当時はひらがな表記の「ぱすぽ☆」)の候補生が集められて、今のメンバーに出会って。
その頃の私はPASSPO☆がまさかこんなに大きなグループになるなんて思ってもみませんでした。当時のみんなは本当にただの中高生の集まりで。学校が終わって事務所に集まってレッスンするんですけど、学校がない日はプリクラ撮ってアイス食べて、みたいな。なんか部活動の延長のような感じでした。
──みんなで1つのものをちゃんと作っていこうとか、ライブを絶対成功させようとか、そういう気持ちも特になく?
なかったですね。
──2009年の年末にデビューフライトを開催しました。
六本木のmorph-tokyoでした。すごい覚えてます。10月くらいに竹中夏海先生が私たちの振り付けを担当してくれることになって。けっこうデビューフライトまで時間がなかったんですけど「Let It Go!!」と「無敵GIRL」の2曲を覚えました。でも私、振り付けを覚えるのに1カ月もかかったんですよ(笑)。そもそもダンスとかやったことないからまったく振りが入ってこなくて、代々木公園で1人で自主練習してましたもん。それでフライト当日も緊張しすぎて足がガクガクで。でもその時点でけっこうファンの方が観に来てくださって、終わったあとに「こんなにしっかりとしたパフォーマンスを見せてくれるとは思わなかった」って言ってもらえたことがうれしかったです。私、PASSPO☆はこの1回のフライトで終わりだと勝手に思っていたんですけど、そこから次々とライブが決まっていって。「あ、続くんだ……」って、こんなにガッツリとしたライブを毎週末やってくのかって、ちょっと不安はあったんですけど、でも働きたい気持ちのほうが強かったのでここまで続けてこれました。
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