ナタリー PowerPush - 宮川弾
宮川弾の2ndアルバム「ニューロマンサー」完成 シンセサイザー&セルフボーカルで描く新世界に迫る
すべてをやり直すための起点が「ニューロマンサー」
——アルバムの「ニューロマンサー」というタイトルですが、元になっていると思われるウィリアム・ギブスンの小説には一般的に「サイバーパンク」というイメージがありますよね。ですが、このアルバムに漂っているやわらかさ、シンセサイザーを多用しながらもどこか暖かみのあるサウンドには、サイバーパンクが持つハードな印象とはまた別のものも感じました。
タイトルを「ニューロマンサー」にした理由はふたつあって。まずひとつは自分の中で1983~86年のものに絞って、気分的には「1986年からすべてをやり直す」という思いでアルバムを作ったんですよ。「ニューロマンサー」の訳本が日本で発売されたのが1986年で、その起点として“ニューロマンサー”という言葉を置いた、っていう感じなんですよね。
——なるほど。
だから実際にこの音楽が「ニューロマンサー」かと言うと、そういう話でもないというか。やり直しの起点の言葉ですね。あとは「新しいロマン」。そのまんまですけど。前作「pied-piper」を作り終わった後は、ある一方の自分のルーツを出し尽くしたので、ポカーンとした状態になってしまって。そんなとき自分の中で「次のロマンは何だ」という思いが浮かび上がってきて、それを見つけたいっていう思いがずっと残っていたんです。自分の中の次のロマン。それがそのままタイトルになっちゃったっていうか。
——小説版「ニューロマンサー」や、その後に作られた映画や音楽にインスパイアされたものというわけではないんですね。
はい。SF小説は好きで、当時サイバーパンクもすごく好きでしたけど……もう違う時代になるんだなって思っちゃいましたね。サイバーパンクは、機械文明だけじゃない「次のSF」っていうイメージ。サイバーパンクの初期は、機械と人間の有機的な結びつきみたいな部分もあったと思うんですよ。生楽器とシンセの繋がり、有機的な結びつきみたいなのは、ちょっとイメージしてるかな。
——アルバム全体の仕上がりについては満足していますか?
いやー、まだ客観的な目では見られないですね。
——アーティストの方で、ときどき「自分の作品は完成したあとはまったく聴かない」という方もいますが、宮川さんはどうですか?
もちろん自分で聴きたくるようなものを作りたくてやってるんで、聴きたいとは思うんですけども。さっきも言ったけど、やっぱり1年ぐらい間を空けるか、あとはベロッベロに酔っぱらってるときくらい(笑)。自分と距離が離れてからじゃないと聴けないですね。
今後の展開について
——この後、アルバムを携えたライブの予定はあるんですか?
まだ全然わかんないですけど……自分で客観的にその姿を想像するとキモイんですよ。
——えっ(笑)、それは自分がステージ真ん中に立っている姿がってことですか?
いや、その、なんていうんでしょう。細かいところまで指示を出している姿が。作っている時点で大変だったものをもう1回、と思うとなかなか踏み出せない部分ではありますね。この音をライブでやるときは完璧にやりたいから。
——この音をライブでやるとしたらどういうことになるのか興味があります。このシンセはどう鳴らすんだろう、それに生のストリングスが絡んだらステージだとどういう音に聴こえるんだろうか、とか。
観たい気はしますよね……俺も、俺以外の人がやってくれるんだったら観に行きますよ(笑)。誰かやってくれないかなあ。
——それはスタッフさん的にはどう考えてるんですか?
スタッフ:ライブはもう本人次第ですよね。安藤さんみたいに焚きつける人がいないと(笑)。
——今回のアルバムでは新たにシンガーソングライターとしての側面を見せていますよね。今後はその方向を強めていく、ということはないのでしょうか。
わかんないっすねー。現時点では。うーん。
——また宮川弾アンサンブルとして出すこともありますか?
宮川弾アンサンブルで出すことがあるとしたら、それはたぶんずいぶん先だと思いますね。たぶん、あと10年はないと思います。
——先日発売された南波志帆さんのデビューアルバム「はじめまして、私。」では全8曲中3曲の作詞・作曲を手がけていらっしゃいますし、アルバムを2枚発表される間に、他のアーティストへの楽曲提供、作曲活動が結構盛んになっていますよね。
南波さんの曲や「ニューロマンサー」を作っている途中からかな、作詞と作曲を同時にやることが多くなってきて。それをもうちょっと続けたいなと思ってるんですけど。
——作詞・作曲の際は楽器を前にして作るタイプですか。それとも頭の中で浮かべたものをあとで組み立てるタイプですか。
最近は楽器を前に作ることが多いですね。例えば南波さんに関して言えば、アーティストの全体像を聞いて、そこから作り始めました。その辺に関してはストックされた曲を使うということはほとんどないかな。全体像を聞いてから初めて作り始める感じですね。
——「ニューロマンサー」が発表されることで、宮川さんにはもうひとつ、シンガーという目も向けられるようになると思いますけど。
どうですかねー(笑)。そこはもうみなさんのお声次第です。
——では、これからも基本的なスタンスは変わりませんか?
そうですね。アレンジの仕事も変わらずやっていきますが、これまでより多少、作曲と作詞に重点を置いていくかもしれません。
宮川弾(みやかわだん)
バンド「ラヴ・タンバリンズ」のキーボーディストとして1993年にインディーズレーベル「Crue-L Records」よりデビュー。当時の日本の音楽シーンにはほとんど前例のなかった本格的なソウル・ミュージックを演奏するバンドとして人気を博し、のちに「渋谷系」と呼ばれるシーンの礎を築いた。
ラブ・タンバリンズ解散後はプロデューサー、アレンジャー、ソングライター、サポートミュージシャンとして活躍。特にストリングスアレンジには定評があり、Fantastic Plastic Machine、Cymbals、安藤裕子ほか数多くのアーティストの楽曲に華麗な彩りを与えている。
2006年10月25日に「宮川弾アンサンブル」名義による初のソロアルバム「pied-piper」をリリース。「電気音楽を使わない」というコンセプトのもと、安藤裕子、太田裕美、土岐麻子、直枝政広(カーネーション)、畠山美由紀といった多彩なボーカリストをゲストに招き、美しいポップスを作り上げた。
2009年1月28日に2ndソロアルバム「ニューロマンサー」を発表。個人名義となった今作では、宮川自身が初めてボーカルを披露するなど、新たな試みにも挑戦している。