ナタリー PowerPush - 宮川弾
宮川弾の2ndアルバム「ニューロマンサー」完成 シンセサイザー&セルフボーカルで描く新世界に迫る
1983年にあった宝物を探しに
——今回のアルバムには「1983年にあった宝物を探しに行く」という、明確なコンセプトが掲げられていますよね。宮川さんは1983年だと、小学6年生か中学1年生ぐらいの時期ですよね。
そうですね。たぶん中1の頃だと思います。
——その時期を選んだのは、そこが宮川さんにとって、もっとも原体験が詰まっているからということなのでしょうか?
そうですね。この時期の音楽や文化って、90年代にはもっとも否定されていた部分だと思うんですよ。僕にとってもそうだったし。でも、管楽器や弦楽器を多用した前作を作り終えたとき、自分の中の“次の極論”みたいなものを探していたら、パッとそのころのことが浮かんだんです。
——前作は管楽器や弦楽器が大々的にフィーチャーされた、王道ポップス、ソフトロック的なアプローチの楽曲が多かったですよね。
書いた譜面の量も半端じゃなかったですね。別にその大変さがイヤで今回のような音になったわけではないですけども(笑)。なんていうんでしょうね。中学生のころは簡単に音楽聴いてウキウキしてたよなあって思って。土曜日に「オレたちひょうきん族」でEPOさんの歌う「DOWN TOWN」を聴いて、それだけで心ときめくような。実際、何曜日が楽しみだとかそういう感覚って、今はもう完璧に忘れちゃってませんか?
——なるほど。それは確かに。
それを楽しみに1週間すごしました、みたいな感覚が自分の中になくなってることに気づいて、それはちょっとさびしいなと思ったりして。
——90年代、宮川さんがラヴ・タンバリンズを始めたくらいの時期って、確かに80年代的なものはすごくナンセンスなものとして扱われるような風潮がありましたよね。
細かい80'sブームみたいなのはこれまでに何度もあったけど、それはどれも極論的な解釈になっていて、「いかにも80年代みたいな部分だけ取り出すべきじゃないよな」っていう結果がほとんどだった気がするんですよ。自分で試してみたりしたものも含めて。でも、80年代の音楽、特に1983~86年の間のもので、確実に受け継ぎ忘れちゃったものがある気がして、単純にもっと生かせる面があったはずだと思ったんですね。だからそれをもう1回、発展させてみた方がいいんじゃないかなと。
——実際に当時の音楽をどんどん掘り下げて聴いてみるような作業をしたんですか?
逆にあまり当時の音楽を聴かないようにしてたのかもしれない。よくマンガなんかで「今の頭のまんま昔に戻ったらすごいじゃん」みたいな話があるじゃないですか。
——いちばん理想的なタイムスリップですね。
ものすごく都合のいい解釈ですけど(笑)。それなりに勉強してきた、この経験と音楽知識のまま中学生に戻ってみる、というイマジネーションを重要視した感じで。
——今作ではシンセサイザーの音が全面的にフィーチャーされていますが、音作りの部分でこだわったのはどういうところですか?
シンセの音は作り込まないようにしましたね。あんまりエディットしちゃうと、ジャキジャキしたところを削っちゃったりするなーと思ったので。エディット禁止令的な(笑)。なるたけプリセットでいきます、みたいな気持ちでいましたね。
——プログラミング作業は基本的に1人で行ったんですか? 誰かエンジニア的な人とやりとりすることもなく。
ええ、まったく1人ですね。
——ひとりだけで籠ってやるプログラム作業は辛くないですか?
いや、そんなことはないですよ。なんていうか、こんなにシンセをジャキジャキ出していい現場ってそうそうないので(笑)。シンセの音はもっと埋もれさせるか、あるいはもうちょっと全体になじませる現場がほとんどですよね。そういう意味では「うわ、こんなに出しちゃうんだ、俺」みたいな(笑)。
——最近のテクノポップやエレクトロと呼ばれるものは、全体的に音圧の強いものが多いように思うんですが、このアルバムは機械的な音色で構成されているにもかかわらず、すごく暖かみのあるサウンドに聴こえます。そこに絡むエロい声がなんとも言えずいいんですよ。
そこは強調しておいていただきたいですね(笑)。声についていいと言ってもらえるのは一番うれしいです。自分ではよくわからないから。
ゲストボーカル2組について
——今回のゲストボーカルは、Chocolat & Akitoさんと平原まなみさんの2組のみですね。「ひとつ」に参加している平原さんはどういった方なんですか?
僕が1983年に中学1年生だったから、そのぐらいの年代の子がこのアルバムの中にいてほしいと思ってお願いした子なんですけど。録った時点ではまだ小学6年生です。
——えっ、そうだったんですか?
avexにボーカルスクールのような設備があって、そこに所属している子の中から「この子!」という感じで選びました。
——ちょっと憂いのある声なので、そんなに小さいお嬢さんだとは思わなかったです。この起用は先ほどの「都合のいいタイムスリップ感」にまた複雑な要素を加えるSF的な発想ですね。
そう。そこはあんまり理屈で考えると難しいことになっちゃうんですけど。でもまあ、それもひとつの答えとしてあってもいいかなと思ったので。
——「スタードーム」のChocolat & Akitoさんはどういうきっかけで参加されたんですか?
以前、ショコラさんのライブのサポートをやっていた時期があって。その後も一緒に仕事をしたり、仲良くさせていただいてたんですけど、少し前に現場で会ったときにChocolat & Akitoのアルバムをいただいて聴いてみたら、あまりのよさにビックリしたんですよ。「現代のジャッキー&ロイじゃん!」って。デュエットとして素晴らしいなと。今回はぜひデュエットものを歌ってもらいたいと思ってお願いしました。
——確かにあの2人の声ならではの独特のハーモニーがありますよね。
そうそう。混じり具合が素晴らしくて、すごく響くんですよ。
——このゲストボーカル曲2曲については、宮川さん自身の声ではなく、他の方をゲストに招くことを前提に制作されたのでしょうか?
そうですね。どうしても作っているうちにそういう曲ができてきちゃうんですよね。2組とも予想どおり、うまくハマったので良かったです。
宮川弾(みやかわだん)
バンド「ラヴ・タンバリンズ」のキーボーディストとして1993年にインディーズレーベル「Crue-L Records」よりデビュー。当時の日本の音楽シーンにはほとんど前例のなかった本格的なソウル・ミュージックを演奏するバンドとして人気を博し、のちに「渋谷系」と呼ばれるシーンの礎を築いた。
ラブ・タンバリンズ解散後はプロデューサー、アレンジャー、ソングライター、サポートミュージシャンとして活躍。特にストリングスアレンジには定評があり、Fantastic Plastic Machine、Cymbals、安藤裕子ほか数多くのアーティストの楽曲に華麗な彩りを与えている。
2006年10月25日に「宮川弾アンサンブル」名義による初のソロアルバム「pied-piper」をリリース。「電気音楽を使わない」というコンセプトのもと、安藤裕子、太田裕美、土岐麻子、直枝政広(カーネーション)、畠山美由紀といった多彩なボーカリストをゲストに招き、美しいポップスを作り上げた。
2009年1月28日に2ndソロアルバム「ニューロマンサー」を発表。個人名義となった今作では、宮川自身が初めてボーカルを披露するなど、新たな試みにも挑戦している。