ドライな私に熱が入りました
──水瀬さんは2010年にソニー・ミュージックアーティスツ主催のオーディション「アニストテレス」でグランプリを受賞していますが、これを受けるきっかけはなんだったんですか?
オーディション雑誌に載っていた記事がきっかけで応募したんですけど、それを見つけてくれたのも母でした。声優になりたいと思い始めた6歳のときからどんどん熱が上がっていくかと思いきや、実は冷めていった時期もあって。どうやったら声優になれるかも、なったところで自分が何を発信したいかもわからないし。中学時代には演劇部に入っていたんですけど、人前で芝居をすることの恥ずかしさが大きくて、お芝居は楽しいだけじゃないと知ったときに、そこまでの根気が自分にあるのかなって思えて。すごく悶々と過ごしていたんですけど、そんな中「オーディション受けてみようよ」ってお母さんに言われて「アニストテレス」を受けました。それも全然前向きじゃなく、大人たちの前に出るのが嫌でした。「小さい子が来た」みたいに笑われるんだろうなって、疑いから入ってしまう悪い癖が遺憾なく発揮されて、「帰りたい」という気持ちでいっぱいでした。
──オーディションを受けたときの年齢はいくつだったんですか?
14歳でした。
──14歳というと、よく“厨二病”と表されるように、自意識の塊のような年頃ですよね。
普通だったら「私を見て!」ってなる年齢だと思うんですけど、私はそれが嫌で。なるべく人目に付かないようにしていました。
──歌うのは好きだけど、人前に出て披露したいわけではない。
はい。心の中ではいろんなことを考えてるんですけど、表に出すのはその1割ぐらいで、永遠にモノローグみたいな感じで生きていました。オーディションでは周りは年上の人が多くて、その方々のやる気に圧倒されてしまって。
──そんな中で水瀬さんがグランプリに選ばれた理由はなんだと思いますか?
当時は全然わからなかったです。けど、今思うと14歳という年齢が目立っていたんじゃないかなって。今は若い子たちがいっぱいいる世界ですが、私が受けたときは大学生やすでに社会に出ている人が多かったので、その中に日焼けした半袖半ズボンの私が混ざっていると、おのずとスポットライトが当たるというか(笑)。だから自分の実力で受かったというよりは、将来を見据えられて受かったんだなって思います。20歳になるまであと6年もあるもんなあって。
──受かったときは素直に喜べました? それとも「受かってしまった」という気持ちだったんでしょうか?
両親がすごく応援してくれていたので、2人が喜ぶ姿を見てうれしい気持ちはあったんですけど、「受かった次には何があるんだ?」みたいな不安はありました。私は声優の養成所にも行ってないですし、演技についても演劇部にちょっと入っていたくらいですし。声優さんのインタビューとかを読んで、事務所に所属したからと言ってアニメのオーディションに受からなければ役は勝ち取れない現実の厳しさももちろん知っていて、私もデビューが約束されていたわけではなかったので、「これからどうなっちゃうんだろう」という漠然とした気持ちでいっぱいでした。
──その不安な気持ちはどのくらいまで続いていたんですか?
声優デビューしたのは2010年の「世紀末オカルト学院」という作品で、ゲストヒロインとして出させていただいたんですけど、そのあと大きなお仕事が来なくて。私は大きな枠で言えば声優をやっているけど、自分の経歴を見たときに「これで声優を名乗っていいのだろうか」という思いがありました。声優専門の事務所ではないから、オーディションの話もあまり来なくて……私自身はお仕事をしたい気持ちでいっぱいだったけど、そのチャンスがない状態が続いていました。そのときに「好きなだけではダメなんだな」と感じて、一度は声優を辞めようと思いました。そんな中、2013年放送の「恋愛ラボ」という作品のオーディションに受かって、ものすごくうれしかったんです。あんなに悩んでいたのに1つの合格でここまで気持ちが戻るんだと思って、「絶対にこの作品でちゃんとした記録を残そう」と、ドライな私に熱が入りました。
「紅白観たよ」のメールで「バレた!」って
──声優として目標にしていた方はいたんですか?
目指したいというより、憧れている人はたくさんいました。例えば「けいおん!」は私が中学生や高校生の頃に放送されていたんですが、雑誌の声優さんのインタビューを読んで、キラキラしていて眩しいなあって。でも具体的にこんな人になりたいというのはなくて、すごく漠然とした、キラキラした人になりたいという気持ちでした。
──声優事務所だったら先輩のアドバイスを受けることもあるでしょうけど、水瀬さんの場合はそういう環境じゃなかったですもんね。
そうですね。声優事務所の人たちの姉妹のような関係がうらやましかったです。
──2013年にはNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」に女優として抜擢されました。これは声優事務所なら来なかった仕事ですよね。
私は表に出るのが苦手なので、「あまちゃん」は最後の収録日まで、実はちょっと憂鬱でした。こんな声だし、「声優をやってます」と言うと「えー! なんのアニメに出てるんですか?」という会話になって、学校の女子たちを思い出すような空間に一瞬でなるんですよ。「転校生が来た! 何かしゃべってもらおう」みたいな。映るお仕事と声を使うお仕事ってお芝居をするという意味では一緒ですけど、アニメでは目線を下げる演技とかは全部キャラクターがやってくれる一方、ドラマはそれも自分でやらなきゃいけないお仕事で。その難しさと恥ずかしさと、カメラが回っている間はずっといい顔でいなきゃいけないっていう緊張感が常にありました。その流れで「紅白歌合戦」にも出場させていただいて、今思えば本当にすごいことなんですけど、当時の私は素直に喜べなかったです。
──「紅白歌合戦」というと多くのアーティストにとっての目標だと思うんですけど、そういう喜びもなく?
「出るよ」と言われたときは「えー、びっくり!」みたいな感じはありましたけど、「私、紅白で何するんだろう」みたいな。主役の能年(玲奈。現在はのん名義で活躍中)さんがいるのでそんなに目立つことはないだろうと思っていたんですが、翌日の新聞に載った写真に私が見切れていて。「紅白観たよ」というメールがいっぱい来て「バレた!」って思いました。「表に出るのが苦手だったのにすごいね」「ドラマとか出るようになったんだね」みたいに言われて、「ああ、勘違いされてる」って。声優よりも女優というイメージが先行してしまい、「そうじゃない! そうじゃないから!」と、年始はそればかり言っていた気がします(笑)。
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闇が浄化された「キングレコードからデビュー」のパワー
- 水瀬いのり「Innocent flower」
- 2017年4月5日発売 / KING RECORDS
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初回限定盤 [CD+Blu-ray]
3888円 / KICS-93477 -
通常盤 [CD]
3240円 / KICS-3477
- CD収録曲(共通仕様)
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- 春空
- 夢のつぼみ
- Lucky Clover
- コイセヨオトメ
- 涙のあとは
- いつもずっと
- Starry Wish
- Will
- 星屑のコントレイル
- 旅の途中
- harmony ribbon
- Innocent flower
- 初回限定盤Blu-ray収録内容
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MUSIC VIDEO
- 夢のつぼみ
- harmony ribbon
- Starry Wish
- 春空
- 水瀬いのり(ミナセイノリ)
- 1995年東京都生まれの声優、アーティスト。2010年にソニー・ミュージックアーティスツ主催のオーディション「アニストテレス」でグランプリを受賞し、アニメ「世紀末オカルト学院」で声優デビューした。2013年に「恋愛ラボ」で棚橋鈴音の声を担当し、注目を集める。同年にはNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で成田りな役を務め、「第64回NHK紅白歌合戦」に「GMTスペシャルユニット feat.アメ横女学園芸能コース」の一員として出演した。2015年12月の20歳の誕生日にキングレコードよりシングル「夢のつぼみ」をリリースし、ソロ歌手としてデビュー。以降、声優および歌手として活躍し、2016年には「第十回声優アワード」主演女優賞を受賞した。2017年4月に1stアルバム「Innocent flower」を発売する。