梶浦由記デビュー30周年&FictionJunction「PARADE」発売記念インタビュー (2/3)

FictionJunctionは何かのはずみでやるしかない

──See-Sawは2006年に再び活動を休止しますが、他方で2004年にソロプロジェクトのFictionJunction(当初は南里侑香をボーカルに迎えたFictionJunction YUUKA名義)を始動させ、2008年からはKalafinaのプロデュースをなさっていますね。

Kalafinaは、もともと「空の境界」(2007年より全7部作が公開)という劇場アニメのBGMのお話をいただいたときに「BGMと主題歌を同じ世界観にしたいので、歌も作ってください」と言ってもらえたのがきっかけで生まれたんです。だから、FictionJunctionもそうなんですけど、BGMの流れで歌モノの依頼をいただくことが増えたんですよ。あるいは、私のマネジメントをしてくださっている森康哲さんが「BGMのついでに、歌モノも書かせてみません?」みたいな策略を巡らせてくださるんです。おかげで、インスト曲を書きすぎてそろそろ人の声が恋しくなってきた頃に歌モノが書けるし、ありがたいことに歌モノで多少実績を積めたことで、歌だけのお話もいただけるようになって。ただ、Kalafinaをやっていたときは、Kalafinaだけで精一杯でしたね。

──でしょうね。

劇伴の仕事をしながらKalafinaのシングルとアルバムを作るという鬼のようなスケジュールで、自分でもよくあんなに曲を書いたなと思います。もちろん、すごく楽しかったんですけどね。そのKalafinaは諸事情で今はもう活動していないのですが、結果的に、これまでお付き合いのなかった歌い手さんともご一緒できる機会が増えて、それはそれで今すごく楽しいです。だからやっぱり、巡り合わせなんですよね。

──9年前の音楽ナタリーのインタビューで梶浦さんは「Kalafinaは計画的にやっているけれど、FictionJunctionは“はずみ”でやっている」と……(参照:梶浦由記インタビュー)。

はずみでやっているから、アルバムを出す間隔が9年も空いちゃうんです(笑)。KalafinaとFictionJunctionの違いは何かというと、私が中にいるかいないかなんですよ。つまり、Kalafinaの中に私はいないし、ライブでも私は演奏しないので、私が不在でも稼働できる。だからきちんとした音楽活動ができたんです。一方、FictionJunctionは私が中にいるので、私が忙しいときは何もできないんです。だから、何かのはずみでやるしかない。

──はずみでできたニューアルバム「PARADE」ですが、去年のツアーのタイトルが「Yuki Kajiura LIVE vol.#17 ~PARADE~」なんですよね。ツアーの時点でアルバムの構想はあったんですか?

(小声で)もうちょっと早く出るはずだった……。

──あ……。

なにぶん、はずみでやっているもので(笑)。去年「PARADE」というアルバムを引っさげてツアーをやる予定だったんです。だから収録曲にしても、「Beginning」とか「もう君のことを見たくない feat. rito」とか「八月のオルガン feat. LINO LEIA」とか、去年や一昨年のツアーで披露している曲も多いんですよ。そういう事情もあって、今年の夏のツアーのタイトルを「The PARADE goes on」にしました。

違和感こそが面白い

──本作には今おっしゃった「Beginning」に加え「それは小さな光のような feat. KEIKO」「moonlight melody」「世界の果て feat. 結城アイラ」と計4曲のセルフカバーが収録されていますが、選曲の基準はあるんですか?

「Beginning」は、一昨年のツアー(「Yuki Kajiura LIVE vol.#16 ~Sing a Song Tour~」)を始めるときに、策略家の森さんが「これ、ライブの始まりの曲にいいんじゃない?」と提案してくださって。もともと声優の千葉紗子ちゃんの1stアルバム(2003年発売の「melody」)の1曲目に入れるために書いた曲で、自分のライブでやったこともないし、正直自分でも「そういえば、書いたわね」ぐらいの感覚だったんです。でも改めて聴いてみたら、この曲は、今のFictionJunctionで「レギュラー」と呼んでいる4人の歌姫さん(KAORI、KEIKO、YURIKO KAIDA、Joelle)が順番にステージに出てきてミュージカルみたいに歌ったら面白いんじゃないかと思って。それまでのライブでは歌姫さん1人ひとりに光を当てるようなことはあまりしていなかったんですけど、いざやってみたらすごく気に入ってしまい、アルバムにも収録したという流れですね。

──KEIKOさんの独唱から始まり、Joelleさん、KAORIさんへとつなぎ、YURIKO KAIDAさんの「ラララ」で完成する流れは、とても美しいです。

ありがとうございます。ライブと同じアレンジのままレコーディングしたので、どこかしらライブ感があるんですよね。森さんの思いつきからライブでやることによって生まれ変わった曲であり、私もこの曲を書いた20年前のことを思い出したりして、すごく楽しいセルフカバーでしたね。

──「それは小さな光のような」は、さユりさんに提供した楽曲ですね。

この曲はアニメ「僕だけがいない街」(2016年放送)のエンディングテーマとして書いた曲なんですけど、前々からKEIKOちゃんに合うだろうなと思っていて。しかも原曲は江口亮さんがアレンジしてくださって、それがめちゃめちゃカッコいいんですよ。私には真似できないアレンジというか、あまりにも私と違うから、ここまで違うならセルフカバーをする意味があるなと。それからさユりさんの声って、すごく力強いんだけど、どこか幼さを感じるところもあって、そこもKEIKOちゃんと全然違うんです。だからまったく別の曲になると思ってやってみたら、やっぱり面白かったという。

──さユりさんのヒリヒリしたボーカルも素晴らしかったのですが、KEIKOさんのボーカルはゆったりしていて、重厚というか。

どっしりした響きになりますよね。さユりさんの歌には、千切れてどこかに飛んでいっちゃいそうな、すごく儚い愛らしさがあるんですけど、KEIKOちゃんの歌はどこにも飛んでいってくれなさそう(笑)。ライブで聴いていてもズシッとくるものがありますね。

──「moonlight melody」はアニメ「プリンセス・プリンシパル」(2017年放送)の挿入歌で、原曲はドロシー(CV:大地葉)とベアトリス(CV:影山灯)が歌う、いわゆるキャラクターソングですね。

「moonlight melody」は、完全に作品のおかげで生まれた曲で。「作品の世界では誰もが知っている名曲を書いてください」という発注のままに、「そんな高いハードルってある?」と思いながら書いたんですが、仮に「なんでもいいからアルバム用の曲を書いて」と言われたら、こういう曲を書こうとは思わなかったでしょうね。そういう意味ではちょっとした違和感があるけれども、その違和感こそが面白いのかなと。あと、この曲もライブで、うちの4人の歌姫さんが歌ってくれると聴き惚れてしまうぐらい楽しいんですよ。その楽しさを音源でも残したかったし、先ほどの「Beginning」と同じく4人いるからできるセルフカバーと言えますね。

──そして「世界の果て」は、「Beginning」と同じアルバムに収録された千葉紗子さんの曲です。

「世界の果て」は、結城アイラさんのピュアで明るい声が合う気がしていて。実はライブで歌っていただける機会を伺っていたんですけど、それが叶わなかったので「じゃあ、アルバムで歌っていただきましょうか」と。この曲は「moonlight melody」とは正反対というか、完全にソロで歌ってもらうことを想定していました。

──原曲はどこか冷たい雰囲気がありましたが、結城さんバージョンはより軽やかで温もりを感じます。アレンジはほぼ原曲通りなのに、面白いなと思いました。

たぶん、年の功みたいなものがアイラさんにも私にもあって。「世界の果て」は歌詞の1行目から「校庭」という言葉が出てくるように高校生ぐらいの子の歌で、この曲をレコーディングした当時、千葉ちゃんはまだ青春の渦中にいたんです。つまり、自分が当事者だったから青春というものをクールに捉えていたんじゃないか。でも、私よりずっとお若いアイラさんを巻き込むのも申し訳ないんですけど、私たちが今この曲をレコーディングすると、もう「懐かしい!」という感情に支配されてしまうんですよ。だから青春って、遠ざかって振り返ったとき初めて温かいものになるというか、青春を温かく語るには歳を取らなきゃいけないんだと思いました。

「Yuki Kajiura LIVE vol.#16~Sing a Song Tour~」の様子。

「Yuki Kajiura LIVE vol.#16~Sing a Song Tour~」の様子。

梶浦流のボーカリスト基準

──去年のライブで披露した曲のうち、「もう君のことを見たくない」と「八月のオルガン」ではritoさんとLINO LEIAさんという新しいボーカリストをそれぞれフィーチャーしています。お二人ともオーディションで選ばれたんですよね?

そうです。お二人ともほかにはない、とてもいい声をお持ちだったので、ほとんど迷わなかったですね。今回のアルバムにはたくさんの歌姫さんが参加してくださっているので、それぞれ1曲ずつしか歌っていただいていないんですが、今後もいろんな音楽を一緒に作っていきたいです。

──梶浦さんはプロデュースや楽曲提供、FictionJunctionでのフィーチャリングでさまざまなボーカリストとご一緒されていますが、ボーカリストを選ぶ基準などはあるんですか?

どうでしょう? 基本的に、タイアップがあるものは歌姫さんありきでお話をいただくことが多いので、普段は私が選ぶことはあまりないんですよ。でも、このオーディションのようにタイアップなどもない場合、私の中に基準らしきものがあるとしたら、どこかしら声に明るさがあることですかね。何かキラキラしたものを感じる、沈んでしまわない声というのは大事かなって。あと、オーディションの最終審査でレコーディングまでやらせてもらったんですが、現場での音楽的な理解の早さも重要で。

──理解の早さですか。

例えば私が「こういうふうに歌ってみたらどうでしょう?」と言ったときに、理解の早い方はその意図をすぐに汲んでくださるし、3テイク録ったら3テイク分伸びるんです。もちろん、スタイルが完成されていて「そのままでいい」という方もいるんですが、私としては「もっと伸びてほしい」とか「このまま伸びてくれるなら、次はこんな曲を書きたい」とか、伸び代を考えながら一緒にお仕事をしたくて。そういった伸び代がどれだけあるかは、一緒にレコーディングすれば10分ぐらいでわかるんですよ。「この人にはまだ伸び足りない部分がいくつかあるけれど、これだけ伸びるスピードが速ければ、たぶんこの曲を録り終わる頃にはいい感じに仕上がってるだろうな」みたいな感じで。だから持って生まれた声と、音楽に向き合う態度、そして伸び代の総合評価なのかな。なんて、偉そうに言っていますけど、だいたいスタッフさんたちと「この方がいいよね」という意見は一致するんです。