梶浦由記デビュー30周年&FictionJunction「PARADE」発売記念インタビュー (3/3)

FictionJunctionのど真ん中を撃ち抜く「ことのほかやわらかい」

──新曲についても伺いますが、1曲目の「Prologue」はアルバムの導入としても、2曲目「ことのほかやわらかい」の前奏曲としてもめちゃくちゃ効いていますね。いきなり「ことのほかやわらかい」で始まるのではなく、「Prologue」で焦らされることで音楽的な快感が増すといいますか。

それはよかった。「Prologue」と「ことのほかやわらかい」は、流れを考えながらセットで作っていたので、そう言っていただけてすごくうれしいです。実はこの曲は最後に作った曲なんですけど、アルバムの全体像が見えてきたときに「バラードが多いな」みたいな、思ったより落ち着いたアルバムに感じたんですね。だから始まりはもう少しリズミックにしたくなったというか、アルバムをアルバムたらしめるために、仕上げに頭をちょっと飾りたくなったんですよ。

──梶浦さんの曲は、ほんのりエスニックでビートが強く、浮遊感があるのに独特の重みと粘りを感じるのが特徴的というか、僕はそこが好きなのですが、「ことのほかやわらかい」にはそれがよく表れていると思いました。

自分としてもすごく好きなサウンド感ではあるんですけど、案外、今回のアルバムではこういうタイプの曲をやっていなかったことに気付いて。ほかの曲を見渡したときに、FictionJunctionがやってきたことのど真ん中じゃないところを掘っているような感覚があったんです。だから頭を飾るとともに、ど真ん中を撃ち抜いてやろうという気持ちもありました。

──歌詞に関して、「光る」と「ひかる」で、漢字とひらがなで表記を分けているのは何か意味があるんですか? 野暮な質問かもしれませんが、ライターをやっていると表記揺れが気になってしまって。

深い意味があるかというと、ないです。感覚的に、なんとなく……逆に表記統一しちゃうと面白みがなくなってしまうというか。私は歌われているときの歌詞と、文字で書かれた歌詞は違うものだと思っていて、前者はメロディの一部として聴いてほしいんです。一方、後者は言葉として読んでほしいんですけど、その言葉を並べたときの絵面みたいなものがすごく気になるんですよ。そういうときに、ちょっと色を変えてみるようなイメージで……。

──例えばインタビューなどで一人称を文字にする際、人によっては漢字の「私」よりもひらがなの「わたし」のほうがしっくりくると感じることがたまにあるのですが……。

そうそう、それに近い感覚だと思います。漢字の「光る」とひらがなの「ひかる」に意味的な違いがあるわけじゃなくて、あくまで装飾のようなものとして、文字にして並べたときにしっくりくるか、きれいに見えるかを大事にしている感じですね。

歌い手が気持ちよく歌ってくれたら100%成功

──同じく新曲の「夜光塗料 feat. ASCA」と「櫂 feat. Aimer」では、いずれも梶浦さんと縁のあるボーカリストをフィーチャーしています。僕はたまたま、ASCAさんとAimerさんがそれぞれ梶浦さんの曲を歌われたときにインタビューしているのですが、お二人とも梶浦さんとのやりとりをものすごく楽しそうに話してくださいました。

お二人とも楽しんでくれていたのだとしたら、とてもうれしいです。結局、「楽曲提供は何をもって成功と言えるのか?」と聞かれたら、私は「歌い手さんが気持ちよく歌ってくれたら100%成功です」と答えるので。まあ、本当に満足していただけたのかどうかはご本人にしかわからないんですけど、それでも気持ちよさそうに歌っていらっしゃるのを見ると「いい仕事、できたな」と感じるんです。

──これまで梶浦さんがお二人に提供してきた楽曲は、基本的にはなんらかの作品の主題歌でしたが……。

今回はなんのオーダーも規制もなく、自分の好きにしていい。まずASCAさんに関していうと、彼女の声はバンドサウンドに合うとずっと思っていて。ASCAさんがボーカルの、大人かわいい女子オルタナバンド的なことをやってみたくて「夜光塗料」を作りました。だからいろいろユルいというか、歌詞もちょっとルーズだし、いつものASCAさんよりもふわっと明るく歌っていただきました。

──ASCAさんは、普段のボーカルと、梶浦さんの曲を歌ったときのボーカルの変化がわかりやすいというか。梶浦さんがASCAさんを自分のフィールドに引っ張り込んでいる感じがします。

引っ張り込んでいますね(笑)。ASCAさんの歌い方はロック的で、ときに怖いくらい鋭かったりするんですよ。もちろんそれはASCAさんの大きな魅力の1つなんですけど、私は彼女の声のキラキラした成分が好きなので、それを増幅するために、どちらかというとポップス寄りのアプローチに誘導している自覚はあって。ASCAさんもどちらの歌い方もできるので、私のディレクションに対して「じゃあ、こっちですね」と、すぐに切り替えてくださるんです。だから「変化がわかりやすい」というのはその通りだと思いますね。

──一方の「櫂」はほぼピアノの伴奏のみで、「Aimerさんの声を聴いてください」みたいな。

実は、「櫂」は30年前の曲……いや、もっとさかのぼるか。アマチュアの頃にライブハウスでやっていた記憶があるので、たぶん私が20歳ぐらいのときに書いた曲なんです。しかも、歌詞もメロディも何も変えていなくて。

──ええー、そうなんですか。

そうなんです。この曲はシンプルすぎて、歌い手さんを選ぶんですよ。どんなに技術が高くても、声に時系列的な変化がない人が歌うと、ものすごく単調に聞こえてしまう。あまりにも難しい曲なので、今までずっと底に沈めていたけれど、「これをAimerさんが歌ってくださったら、すごくいいんじゃないか」と思ったんです。だから、こういう言い方は大袈裟かもしれませんが、「櫂」はAimerさんと出会うのを待っていたんじゃないかなって。この曲は音数も少なくて、オケにあとから歌を合わせられないのでピアノと同録だったんですけど、言うことがなさすぎて「Aimerさん、いいです」と4回ぐらい言っただけでレコーディングが終わっちゃいました。

──「櫂」におけるAimerさんの歌は「いい」としか言いようがないです。

ですよね。Aimerさんは独特の世界観をお持ちで、ただただ素晴らしかったし、30年を経てレコーディングができて本当にうれしかったです。

──「櫂」は30年以上前に書かれた曲だとおっしゃいましたが、例えば「終わらないもの二人で探していたい」といった歌詞は、現在に至る梶浦さんのメインテーマと重っているようで。

私って、まったく成長していないんだなと(笑)。ただ、今はそこまでシンプルに言い切れないというか、少しひねってしまうと思うんです。その点では若さを感じるんですけど、当時はいろんな意味でシンプルでしたね。曲の展開にしても今だったらもうちょっと盛り上げただろうし、実際、後半の「Sail on」というコーラスみたいなパートはもともとなくて、そこだけ新たに付け加えたんです。ともあれ、今回のアルバムは一番古い「櫂」と一番新しい「ことのほかやわらかい」の間に35年ほどの開きがあるんですけど、並べてみると根本的には変わっていないですね。

終わる気なんてさらさらないし、これからも楽しい予感がいっぱい

──もう1つの新曲が、アルバム最後の曲「Parade」です。この曲の歌詞には梶浦さんの音楽観、より大袈裟にいうなら人生観が表れているように思いました。

実は「PARADE」というアルバムタイトルを先に付けちゃったので、「タイトルトラックがあったほうがいいよね?」ぐらいの軽い気持ちで書いた曲なんですが、そうなってしまいましたね。私は2008年から「Yuki Kajiura LIVE」をほぼ同じバンドメンバーと一緒にずっと続けているんですけど、このバンドって、いわゆるバックバンドでは決してないんです。だからいつも「フロントバンドメンバーズ」と呼んだりしていたところ、あるときベースの高橋“Jr.”知治さんが「俺たち、楽団っぽいよね」と言い出して、私も「なるほど、梶浦楽団だ!」と。普段はバラバラだけど、ライブやレコーディングのときだけ集まって、一緒に音楽を作る。そこでは一応、私が指揮して、みんなでパレードしているような感覚が確かにあると気付いたんです。

──いいですね。

だから「PARADE」というアルバムタイトルはすごく気に入っていたんですけど、いざ「Parade」という曲を作るとなると、結局、自分は今どこでどんなパレードをしているのか、みたいな歌詞になってきちゃうんですよね。特にここ数年はコロナ禍もあり、「朗らかに音楽をやりたい」という気持ちがすごく強くなっていて。私もバンドのみんなもけっこういい年だけど、若い人たちに教えてあげられることもそんなにない。じゃあ、とりあえず朗らかにやっていれば、みんな「音楽って楽しいんだな」と感じてくれるんじゃないかと。逆に若い頃って、別に朗らかじゃなくていいと思うんですよ。苦しいときは苦しい顔をしていい。だけど、そろそろ私たちは朗らかでありたい。無理してはしゃいだり明るく振る舞ったりする必要はなくて、ただ朗らかに。

FictionJunction「PARADE」ジャケット

FictionJunction「PARADE」ジャケット

──楽曲自体も、どんちゃん騒ぎでもないし、かといってそこまで厳かでもない。いい温度感ですね。

正直に言って、20代の頃のような激しい熱意を持ち続けるのは難しいんです。とはいえ熱意がないわけじゃないし、むしろ「歩き続けていこう」という気持ちは、もしかしたら20代の頃より強いのかもしれない。あるいは20代の頃に持っていた熱意って、激しさとともに、捨てようと思えばすぐ捨てられちゃう危うさもはらんでいたと思うんです。でも30年も続けていると、もう捨てたくないんですよ。だから温度こそ下がってはいるけれど、より持続性のある熱になっているのかな。

──「Parade」はアルバムのクロージングトラックなのに、終わった感じが全然しないですね。むしろ始まった感すらあります。

終わる気なんてさらさらないし、これからも楽しい予感がいっぱいあるので、まだまだパレードは続きます。

「PARADE」特設サイトにて梶浦由記セルフライナーノーツ+豪華ボーカリスト陣のコメントを掲載中

特設サイト

ライブ情報

30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#18

  • 2023年7月22日(土)埼玉県 大宮ソニックシティ
  • 2023年8月15日(火)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
  • 2023年8月16日(水)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
  • 2023年8月19日(土)大阪府 NHK大阪ホール
  • 2023年8月20日(日)大阪府 NHK大阪ホール

30th Anniversary / Yuki Kajiura LIVE vol.#19「Kaji Fes. 2023」

DAY1

2023年12月8日(金)東京都 日本武道館
<出演者>
梶浦由記(Piano, Cho)
VOCAL:KAORI / KEIKO / YURIKO KAIDA / Joelle / rito / LINO LEIA
MUSICIAN:是永巧一(G) / 佐藤強一(Dr) / 高橋“Jr.”知治(B) / 中島オバヲ(Per) / 今野Strings[Violin:今野均、藤堂昌彦 / Viola:小林知弘 / Cello:奥泉貴圭] / 赤木りえ(Flute) / 佐藤芳明(Accordion) / 中原直生(Uilleann pipes) / 大平佳男(Manipulator)
GUEST:Aimer / 笠原由里 / Revo(Sound Horizon、Linked Horizon) / Remi

DAY2

2023年12月9日(土)東京都 日本武道館
<出演者>
梶浦由記(Piano, Cho)
VOCAL:KAORI / KEIKO / YURIKO KAIDA / Joelle / rito / LINO LEIA
MUSICIAN:是永巧一(G) / 佐藤強一(Dr) / 高橋“Jr.”知治(B) / 中島オバヲ(Per) / 今野Strings[Violin:今野均、藤堂昌彦 / Viola:小林知弘 / Cello:奥泉貴圭] / 赤木りえ(Flute) / 佐藤芳明(Accordion) / 中原直生(Uilleann pipes) / 大平佳男(Manipulator)
GUEST:ASCA / 伊東えり / 戸丸華江 / JUNNA / Hikaru / 結城アイラ

「Kaji Fes. 2023」特設サイト

プロフィール

梶浦由記(カジウラユキ)

1993年にユニットSee-Sawでデビュー。約2年の活動ののちソロ活動を開始し、テレビ、CM、映画、アニメ、ゲームなどさまざまな分野の楽曲提供、サウンドプロデュースを手がける。2002年には石川智晶とSee-Sawの活動を再開し、テレビアニメ「NOIR」「.hack」関連の楽曲を担当した。2003年7月にはアメリカで1stソロアルバム「FICTION」を発表。同年よりFictionJunction名義のプロジェクトをスタートさせ、2008年からはボーカルユニットKalafinaの全面プロデュースを務める。「Yuki Kajiura LIVE」と題したライブを不定期に行っている。近年はアニメ「鬼滅の刃」シリーズの劇伴および主題歌を手がけ、海外でも高い評価を得る。2023年にデビュー30周年を迎え、4月にFictionJunctionとして9年ぶりのアルバム「PARADE」を発表。12月には東京・日本武道館でライブイベント「Kaji Fes. 2023」を行う。