かいりきベア|「ベノム」ヒットの勢いでボカロカルチャーを盛り上げる

かいりきベアは孤独に寄り添う

──かいりきベアさんが書き下ろした新曲「×」も収録されています。この曲はどんなコンセプトで制作されたのですか?

この曲は「バッテン」と読むんですけど、そもそもこのアルバム自体が「ベノム」の歌詞にある「めっ!」というポーズを意識していて、アートワークの女の子や絆創膏なんかのデザインも含めて、全部バッテンをイメージして作っているんです。

──かいりきベアさんの楽曲にはダウナーな歌詞のものが多いですけど、この曲はひと際ネガティブですよね。そういった重たい内容の歌詞を書くことに、何かこだわりをお持ちなのですか?

歌詞は全部、僕自身が人生で感じたことを書いているんです。僕の曲を聴いてくれる人って中高生とか悩みの多い年頃の方が多くいると思うんですけど、若いときは人に悩みを言えないところがあったりするじゃないですか。もちろん大人でもそういう人は多いと思いますけど、悩みを抱えている人にこそ聴いていただくことで、気持ちを安らげてほしいという思いがあって。「みんな1人じゃないよ」という。

──それがかいりきベアさんが音楽で表現したいことなんでしょうか?

まあ完全に自分から漏れているだけ、というところはあるんですけど(笑)。悩んだときに感じた感情を吐き出しているだけと言いますか。でも、完全に孤独だともっと苦しくなると思うので。

──リミックス以外の曲で言うと、今作にはかいりきベアさんが2015年9月に発表したアルバム「セイデンキ少女」から「シアワセトリッパー」と「ユメウツツ空想論」の2曲が収録されています。この曲を改めて取り上げた理由は?

「セイデンキ少女」は同人アルバムですでに絶版になっているため、曲が聴きたくても聴けない状態なんですよね。動画として投稿するという手も考えましたが、僕にとって動画はシングルリカットみたいなものだと思っていて。「シアワセトリッパー」と「ユメウツツ空想論」の2曲は動画で投稿するほどのインパクトを持った曲ではないので、アルバムに入れることにしたんです。

──アウトロ曲を除いてアルバムのラストを飾るのは「セイデンキニンゲン[Crusher Remix]」。「ECHO」のヒットで知られるアメリカのボカロP・Crusherさんのリミックスで、歌詞も英語に書き換えられています。

これは世界に向けて聴いてほしいところが大きいですね。日本と世界ではサウンドのトレンドが違っていて、コード進行も海外は6m(CメジャースケールにおけるAm)で始まることが多いですけど、日本は4(CメジャースケールにおけるF)で始まる進行が多いんです。サウンドもCrusherさんらしいエレクトロな感じのものにしてもらったら世界に届くのかなと思って。安易な考え方かもしれないですけど(笑)。

人生のどこかで趣味のバンドを

──先ほど少しお話しされていましたが、アートワークにもかいりきベアさんご本人のこだわりが詰め込まれているようですね。

初回限定盤に付属するアートブックには、それぞれの収録曲をイメージした女の子の描き下ろしイラストを掲載しています。このイラストにもけっこうこだわっていて、例えばまらしぃさんがリミックスした「アルカリレットウセイ」ならピアノのデザインをした衣装になっていたり、「ヒトサマアレルギー」のリミックスは雨の音が入っているので、デザインは水っぽくして色も青にしたり。上がってきた楽曲によってイラストのビジュアルにいろんなオーダーをしているんです。それとスリーブケースの絵は心を隠している状態の女の子なんですけど、それを外すと同じ構図だけど体のあちこちに傷が付いた女の子の絵が出てくる仕組みです。今の時代、「弱い自分を見せると仲間外れにしていまうんじゃないか?」みたいに考えて心を閉ざしてしまう人が多いと思うんですけど、その外側と内側がアートワークで表現できないかなと思って、こういう形にしています。

──リミックスアルバムでありながらも、かいりきベアさん自身が今やりたいこと、伝えたいことをできる限り盛り込んだ作品になったわけですね。

そうですね。僕としてはこのアルバムをきっかけにいろんなクリエイターやボカロ曲に興味を持っていただいて、ボカロカルチャー全体がさらに盛り上がればいいなと思っていて。僕らは作曲家だから、作った曲を聴いてもらえないとモチベーションが下がっていってしまうんです。カルチャー全体が盛り上がれば、僕らはどんどん曲を作ろうと思うだろうし、新しいボカロPも次々と生まれるかもしれない。みんなが楽しく音楽を聴いたり作ったりできる環境が続けばいいなと思っています。

──今後の活動に対してはどのようなビジョンを抱いていますか?

最近はボカロ系のクリエイターの方が自分で歌うことも多いですけど、僕はそういう方向にはシフトせず、ボカロPをもっと続けて、曲を広めて、その先にどんな景色が広がっているのかを見ていきたいですね。今のところはTelecasterを使った、さらに詳しく言うと2ピックアップのシングルコイルにこだわったサウンドを引き続きやっていきたい。イントロでは音が揺れるロータリー系のエフェクトを使ったりして、曲を聴いて一発でかいりきベアの音だとわかるようなものを作っていきたいですね。

──今回のアルバム制作の経験が、今後の制作にどのように生きていくと思いますか?

皆さんにはあえて原曲とは違ったものにしていただいたので難しい質問ですけど……サウンド的に今後参考にしたいなと思ったのは、稲葉曇さんのリミックスでした。煮ル果実さんのアレンジも、僕には思いつかないようなテンポチェンジがありましたし、意外なものをぶち込んでくる驚きがあったので、そういう意味でも勉強になりました。

──彼らに新しいボカロP世代特有の傾向を感じますか?

現代風の作り方というか、昔の曲を知らないがゆえの純粋さは感じますね。僕は1990年代のロックバンド、ビジュアル系が好きだったんですけど、今はその色を消しているんですよ。それはなぜかと言うと、自分が昔から好きな音楽の要素を曲作りで出しても、今の流行りとは合わないことが多い。特に今の若いリスナーに聴いてもらうためには邪魔になってしまうことすらあるんじゃないかと考えているんです。

──1人のアーティストとして、自分がもともと好きだった音楽を自由に作りたい願望もあるのでは?

そうですね。だから人生のどこかで、完全に自分の趣味のバンドをやりたいとは思っています。曲作りに満足して「もう十分だ」と思ったタイミングで、自分がどんな年齢になっていたとしても、バンドをやりたいですね。別に売れなくてもいいので。