かいりきベア|「ベノム」ヒットの勢いでボカロカルチャーを盛り上げる

かいりきベアのリミックスアルバム「ベノマ」がリリースされた。

2018年8月に投稿された楽曲「ベノム」を使用したダンス動画がTikTokで流行し、YouTubeでの再生回数が1000万回を突破するなど、2019年に大きく注目されたかいりきベア。新作「ベノマ」では「ベノム」「失敗作少女」「レミングミング」「ココロナンセンス」「イナイイナイ依存症」といった彼の代表曲をMARETU、kemu、ピノキオピー、稲葉曇、ツミキといったプロデューサー陣がリミックスした音源が収録されている。自身の楽曲が大きく注目されたタイミングで、あえてリミックスアルバムを制作した理由はなんなのか? 「ベノム」ヒットの背景などに触れつつ、今作に込めたかいりきベアのこだわりについて話を聞いた。

取材・文 / 北野創

「ベノム」ヒットの要因

──まずは2019年の活動についてお話を聞かせてください。振り返ってみて印象に残っていることはなんでしょうか?

2018年の8月に動画サイトに投稿した「ベノム」という曲が、2019年に入ってから一気に火が付いてヒットしたことですね。おかげで、ゲームの楽曲制作から歌い手さんへの楽曲提供まで、いろんなお仕事のお話をいただくようになりました。ただ、どれもぜひやりたい案件だったのですべて引き受けていたら、今、手が回らない状況になってしまって……。

──かいりきベアさんのYouTube公式チャンネルにアップされている「ベノム」の動画は、再生数が1000万回を超えています。ヒットの要因はどんなところにあると分析していますか?

自分ではあまり「これだ!」という感覚はないんですけど、おそらくTikTokで「ベノム」の音源を使ったダンス動画がバズったことだと思います。そこから有名な歌い手さんが“歌ってみた”動画でカバーしてくださるようになって。そのカバーが1つの教科書みたいな形になって、連鎖反応でいろんな方が歌い出した結果かなと。

──確かにTikTokで「#ベノム」とハッシュタグ検索すると膨大な量の動画があって、それらの総再生回数は1億回を超えています。

「ベノム」はもともとボーカロイドのv flowerのイベント(2018年8月5日に開催された「v flower DJ NIGHT」)のために書き下ろした曲なので、TikTokでの反応についてはまったく予期していないことだったんです。ある時期から「ベノム」の動画のコメント欄を見ていると「TikTokから見に来ました」というコメントが増えてきて。2015年に作った「失敗作少女」という曲もTikTokでやや火が付いたことがあって、そのときも再生数が伸びたんですよ。ただ今回の「ベノム」のように大きくバズった経験は初めてでした。

──TikTokに上がってる「ベノム」の動画をご覧になりましたか?

はい。検索してみたら、誰かが二次創作したダンスの動画が若い世代に流行っているみたいで、おそらくそういった動画が多数投稿されて有名になったのかな。

──かいりきベアさんとしては、TikTokで流行らせようと思って制作した曲ではないと思いますが、どんな部分がTikTokで受けたんだと思いますか?

難しい質問ですね……これは推測ですが、サビがキャッチーであるだとか、テンポ感的に踊りが付けやすい、ということだと思います。

──「ベノム」のTikTokでの反響に関しては、サビの最後にある「めっ!」というフレーズの振り付けが、若い女の子がマネしたくなるようなかわいらしさがあるのかなと思います。

確かに。でもこの曲に関して言えば、誰かに踊ってもらうことなんてまったく想像していなかったんですよ(笑)。ただ今回のヒットは、自分がこれから進むべき道の指標になったところはあります。こういう曲であればみんなが盛り上がってくれることがわかったので。もちろん流行りは変わっていきますけど。

──先ほどおっしゃっていたように「ベノム」はさまざまな歌い手の方が“歌ってみた”動画をアップされていて、Souさん、莉犬さん、宮下遊さん、缶缶さんなどがカバーしています。個人的にはガチャピンまで歌っていることに驚きました。

僕もビックリしました(笑)。ガチャピンさんは近年、米津玄師さんの曲や、みきとPさんの「ロキ」、バルーンさんの「シャルル」なんかも歌われていて。でもまさか自分の曲も歌ってもらえるとは思っていなかったです。「ベノム」に関しては、自分が昔から聴いていた歌い手さんや、普段は関わりのないような方も歌ってくださっているので、すごくうれしいです。

「ロキ」「ジャガーノート」との共通点

──新作「ベノマ」は、かいりきベアさんがこれまで発表したボカロ曲のリミックスを中心に、新曲や既発曲を織り交ぜた“アンコールアルバム”とのことで。これは「ベノム」のヒットを受けて制作したものでしょうか?

タイトルはその要素が強いですね。「ベノム」がヒットしたからこそ、それを連想させるような言葉にしたいなと思って。ただ、アルバムタイトルもそのまま「ベノム」にしてもつまらないので、語感が気持ちよくて、なおかつ意味もつながるものを考えたときに、“ベノマー=ベノムに毒されたもの”というイメージを連想させる「ベノマ」という言葉を思い付いたんです。それと今回のアルバムはいろんなクリエイターの方に僕の楽曲をリミックスしてもらっているので、“参加者が僕の音楽に毒されて作っている”という意味も含ませられるかなと。まあ最初は語呂がよくて付けただけなんですけど(笑)。

──「ベノム」のヒットタイミングであれば、原曲をそのまま収録する新作も考えられたと思うのですが、今回リミックスを中心にした狙いは?

普通のアルバムであれば自費で制作することができるので、全国流通でリリースするアルバムはしっかりレーベルさんと組んでやれることに挑戦したかったんです。どういうものを作ろうか考えているとき、以前MARETUさんに僕の「イナイイナイ依存症」という曲を作り変えてもらったことを思い出して。その曲はMARETUさんに完全にお任せして曲の世界観を塗り替えてもらったんですけど、それがすごくいい反響だったんですよ。それで味を占めてしまったというか(笑)、自分の作った曲を尊敬するボカロPの方にアレンジしてもらったらどうなるか興味が沸いて。今回のそうそうたるクリエイターの方にお願いするには、レーベルさんの力を借りたほうが話を進めやすいですし、同人作品よりも参加してくださる方の名前も広まりやすいと思ったので“アンコールアルバム”という形にしました。

──参加クリエイターは、すでに広く名の知れ渡った方からフレッシュな若手まで非常に多彩ですが、こちらの人選の基準は?

まずは僕が尊敬している、好きなクリエイターであること。それと、なるべくサウンドの方向性が自分から離れている人にお願いしようと思いました。聴いてくれる人に「この曲がこんなに変わってしまうんだ!」と新鮮に楽しんでもらいたいという思いもありますし。僕はTelecasterでクランチ系のギターをチャカチャカ鳴らす曲が多いので、まずTelecasterをガンガン使っている人は、申し訳ないのですが候補から外していきました。例えばMARETUさんはピコピコサウンド+EDMの激しいキックとスネアが特長で、ほかにないサウンドの方ですし、はるまきごはんさんやピノキオピーさんは自分のサウンドとかけ離れているので、ぜひお願いしたいと思って。

──そのMARETUさんは今回、話題の「ベノム」をリミックスしています。原曲で特徴的なギターリフがシンセに差し変わっていて、かなりポップになった印象を受けました。

シンセやピアノが中心の、MARETUさん特有のサウンドに塗り替わっていますよね。でも音はポップですけど、歌詞はそのままダークな世界観なので、僕にはこのリミックス版もダークに聞こえるんですよね。陽気だけど悲しいっていう。「ベノム」の歌詞もそういう内容なので。

──今回のアルバムで個人的に気になったのが、イントロとアウトロに置かれたインスト曲のタイトルが「VILLAIN -TYPE A-」と「VILLAIN -TYPE X-」ということです。“VILLAIN(ヴィラン)”と言えばアメコミで悪役を指す言葉なので、それを踏まえると、「ベノム」という曲名からは「スパイダーマン」に登場する悪役・ヴェノムのことを連想してしまうのですが……。

ああ、そうなんです。この曲名にしたのは、単純に僕がアメコミ好きだからでもあるんですけど(笑)、それ以上にちょっとした理由がありまして。2018年前半にみきとPさんの「ロキ」がヒットして、その後に夏代孝明さんの「ジャガーノート」という曲が話題になったじゃないですか。その「ロキ」と「ジャガーノート」という曲名は、両方ともマーベル作品に登場するヴィランの名前にあるんですね。なので、その流れで自分もマーベル作品のヴィランの名前を曲名に付けたらブレイクするかもと思ったんです。