横丁の音楽

──DISC 2についても伺います。1曲目「洲崎パラダイス」は新録の新曲ですね。いかがわしさを感じさせるサウンドで、ニヤッとさせられました。

細野 この曲ができたのは去年の秋頃で、このバンドの中では最新の曲です。

──アルバムに入れることを見越して作ったものなのですか?

細野 DISC 1に入っている音源はすべて「録っておこうか」って感じで録っていったのね。レコーディングをするときにはアルバムなんて考えていなくて。でもスタジオも押さえていたし、とにかく何かやらなければならなかった(笑)。それでバンドメンバーも空いているから、新曲でもやろうかって。

──DISC 1のレコーディングの流れで録ったんですね。まだライブではやられていないですね。

細野 そうですね、やってないですね。

──細野さんの解説文には、日活映画「洲崎パラダイス赤信号」からインスピレーションを得たと書かれていました。映画音楽を多く手がけている細野さんならではの、情景を想起させるような楽曲です。

細野 あの映画の感じが、ああいった音だったんです。

──「洲崎パラダイス赤信号」は赤線地帯を舞台にした映画ですが、安部さんは赤線ってご存知ですか?

安部 赤線? 知らないです。

細野 昔東京にはね、“赤線”とか“青線”とか呼ばれている地帯があって。売春宿とかがいっぱいあったんです。街自体がそういうところだったの。

安部 ああ、だから“いかがわしい音”って言われていたんですね。

細野 そうそう。今はもうない。昔は下町にもあって、落語に出てくるのだと吉原とかね。品川にもあったし。それで今は東陽町って言うけれど、江東区の洲崎っていうところもそういう街だった。そこに「洲崎パラダイス」って書かれた看板があったんです。そこをロケした映画を観て、「ああ、パラダイスだな」って(笑)。「洲崎パラダイス」はそれで作った曲なんですね。

──赤線地帯のイメージが持つどこか幻想的な雰囲気が、楽曲からも伝わってきます。

細野 憧れがあるんでしょうね。なんて言うか、謎な場所があるっていうのが面白いのかもしれない。例えば築地とかも混沌としている。カオスだからこそ外国人にも人気があるんじゃないか。それをキレイにしてしまったら、面白くないわけだよ。カオスを残しておいたほうが、都市は豊かになる。それを排除しようとしているから、僕なんかも余計に憧れが強くなる。新築の豊洲なんかには行かないと思うよ。僕は時間があれば下町の商店街に行って、できたてのコロッケを食べたい。目の前で揚げたやつを歩きながら食べる。東京にはそういう商店街がまだ生き残っているからね。

──闇市の跡地なんかもけっこう残っています。

細野 そう。ああいった場所への憧れの気持ちがこういうふうに音楽にも出てくる。横丁の音楽だね。

細野晴臣

──ちなみに今回DISC 2を作った理由は?

細野 最初にレコード会社から提案があったんです。僕がなかなかアルバムを作らないからイライラしていたと思うんですけど(笑)。でも、気が楽になるようなことを言ってくれたんです。「2枚組にして、1枚4、5曲でいいですから作ってください」って。それで、「それならできるじゃん!」 って(笑)。

──1枚4、5曲であれば、1枚のCDにまとめられそうな曲数ですが(笑)。

細野 そう(笑)。「なんで分けなきゃなんないんだろう」というのはありつつ、「カバーとオリジナルを分けて」って言われて、「それはいいかも」と思ったんですね。なんでかって言うと、今までカバーとオリジナルを一緒に作っていて、いつも悩んでいたんです。並べにくい。

──なるほど。

細野 あと今回作っていてわかったんだけど、オリジナル曲って今の自分が出てきちゃう。そういう意味で、やっぱり楽しいだけじゃないなって思った。カバーはおじいちゃんが歌おうと若者が歌おうと関係ないでしょ? でもオリジナル曲は自分にしか歌えない。そうすると、曲に生身の70歳が出ちゃう。それがやっていてわかったんだ。嫌だったなあ。

──DISC 2には1980年代に作られた曲なども入っていて、こちらも今回のトピックだと思います。1989年に発表した「omni Sight Seeing」の収録曲「RETORT」のボーカル入りバージョンなどもレアですよね。

細野 そうそう。レアですよね。まだ出していなかったから。昔の曲では、膨らませたいと思って取っておいたんだけど、膨らませないでそのまま入れちゃったものもありますけどね。

ブギはパンク?

──ひさしぶりのアルバム、作り終えていかがですか?

細野 さっきも言ったけど、できたばっかりのときは逃げたくなる。人が聴く段階になると気持ちのモードが変わると言うか……今まで没頭していた世界から出て、社会的な気持ちになる(笑)。そうすると、途端に怯え出すんだよね。「大丈夫かな?」とかね。

──音楽ナタリーでも、アルバム完成のニュースが盛り上がっていました(参照:細野晴臣、6年半ぶりアルバムを今秋発表&11月からホールツアー)。

細野 そうなんだ。僕、あまりそういうのをチェックしていなくて。

──音楽ナタリー読者にとっても、期待値が高いようです。

細野 それもそれで怖い(笑)。あと、取材も怖いね。

安部 え、いまだに思うんですか?

細野 もちろん。取材の人、アルバムを聴いてくるわけですよね。今回みたいな取材だと安心するけど、何も言わない人もいるから。そうすると「この人、あんまりアルバム好きじゃなかったんじゃないか」とか勘ぐっちゃう(笑)。

──ところで最近、安部さんもそうですし、星野源さんなどもそうですけど、これまでのファンとはまた違った世代の方々があちこちで細野さんの名前を出しているような気がします。

細野 ああ、それはあるんだよ。逆に同世代が全然言わなくなったんだ。

──そんなことはないと思います(笑)。こういった状況をどう感じていますか?

細野 僕自身はあまりわからなかったんだけど、そういう情報が入ってきて「へえ、そうなんだ」とは思っていました。それが、こうやって安部くんとかと実際に会ったりする機会があると、現実味を帯びてきてね。そうこうしていたら、今度はアメリカからデヴェンドラ・バンハートが来たりとかして(笑)。

──デヴェンドラさんもそうですけど、海外の若手が最近細野さんの音楽を聴いているという話は聞きます。

細野 さらにこの前、ポーランドの女性シンガーのモニカ・ブロトゥカが僕のファンらしくって、「ポーランド祭」で来日するという手紙が関係者から来たんです。「どういうつながりで聴いているんだろう?」って。謎ですね。あと、80年代にやった仕事で、「花に水」(1984年リリース。当時はカセットブックとして発売された)っていう、自分ではあんまり……首をかしげるような……。

──そうなんですか(笑)。

細野 ええ。BGMだからね、無印良品の店頭の。店頭のBGMだから、とりとめのない、延々と続くような音楽なんです。それをイギリスの人が聴いていたりするみたい。「なんでこれがいいんだろう?」って。まあ今の若い人は、80年代のああいうアンビエントは聴いていないからね、たぶん。それで今はちょっと旬なのかも。でも今の僕の音楽は聴いてもらえてないのかな……ってね。

──そんなことはないと思いますけど。

細野 そっちのほうが不安なの。だからデヴェンドラに聞いたんだ。「日本人がブギをやっている。それってどうなの?」って。そうしたら「パンクだからいい」って。それ、自分じゃちょっとわかんなかったけど……「ブギはパンクだ」って。その感覚はまだちょっとわかんない(笑)。

細野晴臣「Vu Jà Dé」
2017年11月8日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
細野晴臣「Vu Jà Dé」

[CD2枚組]
3564円
VICL-64872~3

Amazon.co.jp

DISC 1「Eight Beat Combo」
  1. Tutti Frutti
  2. Ain't Nobody Here But Us Chickens
  3. Susie-Q
  4. Angel On My Shoulder
  5. More Than I Can Say
  6. A Cheat
  7. 29 Ways
  8. El Negro Zumbon(Anna)
DISC 2「Essay」
  1. 洲崎パラダイス
  2. 寝ても覚めてもブギウギ ~Vu Jà Dé ver.~
  3. ユリイカ 1
  4. 天気雨にハミングを
  5. 2355氏、帰る
  6. Neko Boogie ~Vu Jà Dé ver.~
  7. 悲しみのラッキースター~Vu Jà Dé ver.~
  8. ユリイカ 2
  9. Mochican ~Vu Jà Dé ver.~
  10. Pecora
  11. Retort ~Vu Jà Dé ver.~
  12. Oblio
細野晴臣(ホソノハルオミ)
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成し、松田聖子や山下久美子らへの楽曲提供を手掛けプロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO「散開」後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2016年には、沖田修一監督映画「モヒカン故郷に帰る」の主題歌として新曲「MOHICAN」を書き下ろした。2017年11月に6年半ぶりとなるアルバム「Vu Jà Dé」をリリースし、同月よりレコ発ツアーを行う。
細野晴臣 アルバムリリース記念ツアー
  • 2017年11月11日(土)岩手県 岩手県公会堂 大ホール
  • 2017年11月15日(水)東京都 中野サンプラザホール
  • 2017年11月21日(火)高知県 高知県立美術館ホール
  • 2017年11月23日(木・祝)福岡県 都久志会館
  • 2017年11月30日(木)大阪府 NHK大阪ホール
  • 2017年12月8日(金)北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
never young beach(ネバーヤングビーチ)
never young beach
安部勇磨(Vo, G)、松島皓(G)、阿南智史(G)、巽啓伍(B)、鈴木健人(Dr)からなる5人組バンド。2014年春に安部と松島の宅録ユニットとして始動し、同年9月に現体制となる。2015年5月に1stアルバム「YASHINOKI HOUSE」を発表し、7月には「FUJI ROCK FESTIVAL '15」に初出演する。2016年には2ndアルバム「fam fam」をリリースし、さまざまなフェスやライブイベントに参加。2017年7月にSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューアルバム「A GOOD TIME」を発表した。

2017年11月20日更新