羊文学「D o n' t L a u g h I t O f f」特集|ままならなさ、不完全さに宿るオリジナリティ (2/3)

人間にはいろんな側面がある

──4曲目の「doll」には「あなたは私の何にも知らない 休みの日なにしているかとか どんな景色の中で生きてて どんな言葉で傷付くかさえ」という歌詞があって、前作の収録曲「honestly」と同様に、他者からの見え方に対する葛藤のようなものが歌われているように感じました。

河西 そう言われると確かにテーマは似てるかもしれない。

塩塚 「私のこと知らんやろ?」ってことですね。「doll」はそれをもっとガーリーに表現したくて。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

──塩塚さんの中で自分自身やバンドの見られ方にギャップや違和感を覚えることってまだあります?

塩塚 最近はあまりないんですよ。逆に人に対して、私が知らないだけでいろんな面があるんだろうなと思うことは増えたし、それを理解しようとするようになりました。人間みんなその場所での人格があるというか、一見ちゃんとしてそうな人でもどこか崩壊した側面を持っているだろうし、逆にヤバそうな人もどこかでいいことをしてたりするのかなって。私自身もそうですから。

歌が聞こえない曲

──「doll」のサウンド面についてはいかがでしょう? 初期の羊文学を感じさせますが。

河西 自分たちとしてはそんなに初期って感じでもないんですよ。

塩塚 うん、こんなに歌が聞こえない曲はこれまでなかったもんね。前提として私は歌いたくて音楽をやってるところがあるんです。でも、私たちみたいなサウンドだと歌を抑えた音作りになりがちだから、最初の頃はエンジニアさんに「歌が細部まで聞こえるようにしたいです」って伝えてました。

──では、なぜ「doll」は歌が聞こえなくてもいいと思えたのでしょう?

塩塚 「Burning」を出したときにいろんな人からシューゲイズだって言われて、私は歌の人だから少し違和感があったんですよ。でも、去年My Bloody Valentineってカッコいいんだなと思うタイミングもあって。

──勝手にマイブラ好きなイメージがありました。そうでもなかったんですか?

塩塚 聴いてはいたけど「どんな音楽ですか?」って聞かれたら答えられない。結局、私はサウンドのテクスチャーとしてはノイジーなものが好きだけど、「このメロディがすごく素敵だった」とか、歌がない曲でも「ここのフレーズが癖になった」みたいなところに反応してる気がするんです。でも、みんながそんなにシューゲイズだと言ってくれるなら、そういうサウンドの1枚を本気で作ったらカッコいいものができる気がして。そんなことを考えながら作った1曲です。でも「doll」はシューゲイズって言わないのかな? まだポップミュージックの範疇かもしれないですね。

──なるほど。

塩塚 「doll」は今までより曲の主人公をガーリーにしたかったんですよ。私が中学生の頃に流行ってたゴスロリとか「NANA」みたいなひと昔前のパンクな女の子ってかわいいなと思うから、それを曲に詰め込むことができて気に入ってます。あと「致死量ドーリス」というマンガがあって、精神が不安定でモデルみたいにかわいい女の子が出てくるんですけど、人の謎な気持ちが詰め込まれたすごくきれいな作品なんですよ。そのマンガの愛蔵版が本屋さんに並んでるのを見て、「この感じでレコーディングしたいんです」って相談したら、エンジニアさんも「それめっちゃ好きなんだよ!」って。

河西 この曲に関してはデモからすぐにイメージを受け取れた印象があります。

塩塚 いろんな曲が入ったアルバムになったけど、私たちってたぶんこれだよね?

河西 確かに。

──というのは?

塩塚 みんなの中で羊文学は「Feel」みたいな曲のイメージが強いと思うんですけど、自分たち自身のイメージとしては「doll」かなって。こういうのを女の子が演奏してたらかわいいなって思うんです。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

聴きやすい曲をしっかりと形に

──10曲目の「ランナー」からは羊文学の根底にあるオルタナティブさと、メジャー進出以降に獲得した大衆性を感じました。今回のアルバムにこの曲を入れたのはなぜ?

塩塚 こういう曲は聴きやすいじゃないですか。次のアルバムを出すのがいつになるかわからないけど、「doll」のようなノイジーな曲を集めた作品を1枚を作りたいんです。私たちは制作のペースが早いほうではないから、そうなると聴きやすい曲を出せるのが5年先とかになっちゃう。今回のアルバムはタイアップ曲が多いし、比較的聴きやすい曲が並んでるから、そういう曲を全部入れたらスパッと次に行けるかなって。それに「ランナー」はいい曲だと思うから、しっかりと形にしたかったんです。

──なるほど。タイアップの話で言うと、「tears」のようなアンビエンスのある静かで美しい曲が映画の主題歌に使用されるのもいいですよね。羊文学のキャッチーではない部分にも光が当たっているといいますか。

塩塚 私もこの曲はすごく好きで、主題歌には選ばれないだろうと思っていたのでうれしかったですね。

──「tears」にはチェリストの林田順平さんが参加されています。この曲から「未来地図2025」のビートを手がけた大井一彌さんであったり、バンド外の音楽家の方々と制作する機会も増えましたね。

塩塚 「tears」に関して言うと、もともとチェロの音が好きでデモの段階から入れてたんですよ。それに先ほど話した趣味で作る曲にはチェロをよく使っていて。だから自分たち以外のミュージシャンに参加していただくのも特に違和感はなかったですね。

サポートドラム・ユナとの制作

──羊文学は昨年からサポートドラムを迎えて活動してますが、今作のレコーディングは基本的にユナ(ex. CHAI)さんが叩いてるんですか?

塩塚 そうですね。でも、「tears」のようなアルバムの中でも早めに録った曲はフクダ(ヒロア)が叩いてます。

──制作のスタイルは変わりました?

塩塚 うーん、どうだろう。フクダは淡々としていて展開や手数を最小限に抑えたまっすぐなドラムが得意だから、その個性が映えるような曲を作っていたところがあるんですよ。でも、ユナさんはサポートとして参加してくださっているので、自分のスタイルは持っていながらも、私が作る曲に合わせるように叩いてくれる。それに一緒に曲のイメージを探ってくれるから、これまでとはまた違った曲ができてるのかなと思いますね。

──河西さんは同じリズム隊としていかがでしょう。

河西 サポートで入ってもらっているから、なんとなくスタジオに入って合わせるのは申し訳ないじゃないですか。なのでスタジオで合わせる前にデモ上で仮のベースを入れて事前にお渡しするようになりました。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

──ユナさんと一緒に作った曲はあるんですか?

塩塚 「春の嵐」じゃない?

河西 うん。「春の嵐」は弾き語りのデモの状態から一緒にスタジオに入って、バンドで合わせながらそれぞれのフレーズを組み立てました。フクダとのときは「ドラムはそう叩くんだ? じゃあこんなベースかな」ってお互いに無言で音楽で会話する感じだったけど、ユナさんとは「こんなドラムはどう?」とか「ベースはこう合わせてみようかな」と言葉を交わしながらの制作だったので、それは新鮮でしたね。