羊文学「D o n' t L a u g h I t O f f」特集|ままならなさ、不完全さに宿るオリジナリティ

羊文学が通算5枚目のフルアルバム「D o n' t L a u g h I t O f f」をリリースした。

2024年に神奈川・横浜アリーナでワンマンライブ「羊文学 LIVE 2024 “III”」を成功させた羊文学はその後、初のアジアツアーやキャリア最大規模の国内ツアーで各地を巡りつつ、コンスタントに楽曲をリリースするなど、立ち止まることなく精力的な活動を展開してきた。そんな羊文学にとって約2年ぶりのアルバムとなる「D o n' t L a u g h I t O f f」は、アニメ「【推しの子】」第2期のエンディング主題歌「Burning」、フジテレビ系月9ドラマ「119エマージェンシーコール」の主題歌「声」などのタイアップ曲や、7曲の未発表曲を含む全13曲で構成されている。

現在は初の大阪・大阪城ホール、東京・日本武道館公演を含む2度目のアジアツアーを実施中で、初のヨーロッパツアーの開催も控えている羊文学。彼女たちは忙しないバンド活動の中、自分たちの音楽とどのように向き合い、「D o n' t L a u g h I t O f f」を完成させたのか──。塩塚モエカ(Vo, G)と河西ゆりか(B)の2人に話を聞いた。

取材・文 / 下原研二撮影 / 梁瀬玉実

忙しない日々の中で

──まずは前作「12 hugs (like butterflies)」(2023年)のリリース以降の活動について聞かせてください。キャリア最大規模となる横浜アリーナ公演や初のアジアツアーの開催、多くのタイアップの獲得とトピックに事欠かない活躍ぶりでした。かなりハードなスケジュールだったかと思いますがいかがですか?

塩塚モエカ(Vo, G) 休みたいとは思うけど、やりたい気持ちもやっぱりあるんですよ。私たちが忙しくさせていただいてるのはここ1、2年の話で、何もない時期のほうが長いので。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

左から塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)。

──落ち着いたタイミングはあったんですか?

河西ゆりか(B) 旅行でニューヨークに行ってたよね?

塩塚 ニューヨークは前から行ってみたい場所だったんです。大きなアートブック屋さんがたくさんあって、友達と自分の好きな1冊を探したりしてました。自分が何が好きなのかを探求する時間は楽しかったです。

──そういった経験は曲作りに反映されるものですか?

塩塚 直接はされてないかもしれないけど、ツアーでアメリカ西海岸に行ったときは、カラッとしたミックスのほうがデカい景色に映えるなって発見はありましたね。今回のアルバムにすべてが反映されてるわけじゃないけど、その時期に作ったまた別の曲にはそういった経験がすごく表れてると思います。

笑ってごまかさないで

──アルバムタイトルの「D o n' t L a u g h I t O f f」について聞きたいんですけど、文字間に半角スペースが1つ、単語間に半角スペースが2つ空いているのには何か意味があるんですか?

塩塚 単純にかわいいなと思って。

──本当にそれだけ?

塩塚 長いタイトルだからギュッと詰まってると押し付け感があるかなと思ったんです。歌詞カードの改行とかも、そういう視覚的にどう見えるかを基準にデザインしてもらっているんです。

塩塚モエカ(Vo, G)

塩塚モエカ(Vo, G)

──「笑ってごまかさないで」というタイトルの意味も含めて、この半角スペースの指定にも何かあるのかと深読みしてました。

塩塚 タイトルの話で言うと、友達がやってるラジオを聴いていたら、番組の中でリスナーに感謝を伝えていて。相方の人が「最後まで『ありがとう』を言い切れて偉いね」と言っていてハッとしたんです。私はLINEとかでも文章の最後に全部「笑」を付けちゃうタイプだから、笑わずに言い切れるのって気持ちに嘘がないんだろうなって。例えば「ありがとう笑」と打つ場合、ありがとうを伝えるのが少し恥ずかしいと思ってるわけじゃないですか。それって結局、心の中で自分をごまかしてるみたいだなと思うんです。いいことも悪いことも人に対してはごまかして言ってしまうけど、できるだけ自分のことはごまかさないようにしたいと思ってこのタイトルを付けました。

「そのとき」はアルバムの前書き

──アルバムのコンセプトは事前に用意していたんですか?

河西 最初は何もなかったですね。曲のストックを並べて、アルバムに入れる曲を選んで、レコーディングしてようやくコンセプトが見えてきました。

河西ゆりか(B)

河西ゆりか(B)

──特に取っかかりになった曲もなかった?

塩塚 うん。溜めてたデモから聴きやすい曲をピックアップしました。今回はバンドとは別に私が趣味で作っていた曲も入っていて、8曲目の「cure」は弾き語りでライブするときにでも演奏できたらいいなと思って用意してた曲だったりします。

──1曲目の「そのとき」は鍵盤のリフレインから徐々にバンドの厚みが出てくる構成になってますが、このピアノは誰が弾いているんですか?

塩塚 私がMIDIで打ち込みました。これも自分の趣味で作ってた曲ですね。ギターとピアノと歌だけのデモで、1人で楽しんだり友達に聴かせたりして満足していて。でも、なんで入れることになったんだろう? ……ちょっとしたオマケみたいなアルバム感を出す曲があったら面白いって思ったのかな。デモの段階ではふわっとした繊細な曲だったけど、バンドで演奏するならゴリゴリな音にするしかないと思って今の形になりました。

──塩塚さんが趣味で作った曲がアルバムに入ることって今までもあったんですか?

塩塚 いえ、初めてかもしれないです。

河西 デモをみんなで合わせて、レコーディングまでにアレンジを固めるという制作のプロセスは変わらないので、特別新しいことをしてる意識はなかったですね。「そのとき」のデモはギターとピアノしか入ってなかったけど、羊文学はたまに弾き語りだけの曲もやるので、その中間を探っていく感覚でした。でも、バンドで合わせてみたら意外と壮大な曲になったから、1曲目にぴったりなんじゃないかな。

塩塚 うん、私も1曲目だからいいのかなって思う。アルバムの前書きというか、本編に入る前の曲として入れました。

歌の在り方

──では、その本編の冒頭を飾る2曲目「いとおしい日々」についてお聞きします。この曲は軽やかなサウンドに対して、「耳障りなアラーム止めて」という始まりだったり、サビの「あっちの水 甘い匂い でも舐めたら苦い、辛い ねえ、がんばる偉い私、お元気ですか?」というフレーズだったり、忙しない日々を送る主人公の生活の一片が描かれています。

塩塚 この曲は活動が落ち着いた、少し暇な時期に作りました。私は暇なときこそいろいろ備えておきたいタイプだけど、「疲れてしまって今はがんばれない」みたいな時期で。どうしても起き上がれないときに書いたのかな。曲の主人公はOL。自分にこんなことがあったわけじゃなくて、同世代くらいの働く女の子をイメージしながら歌詞を書いていきました。

──塩塚さんの歌唱が独特で耳に残る曲ですよね。

塩塚 象眠舎というプロジェクトのツアーに参加したんです(※CRCK/LCKSの小西遼によるソロプロジェクト)。象眠舎ではいろんな楽器の中でボーカルが入れ替わりながら1人2曲ずつ披露するんですけど、私は「未来地図2025」と象眠舎の「Unseen feat. 三浦透子」を歌わせてもらって。「Unseen」はもともと三浦透子さんがボーカルで、すごく低い声でボソボソっと歌う難しい曲なんですね。それで自分なりに練習したんですけど、小西さんに「今のもいいけど、歌っているというより、語るような感じで」とアドバイスをいただいて、そんな歌の在り方もあるんだって思ったんです。だから「いとおしい日々」の歌唱には、そのときの気付きが反映されているかもしれない。それに今回のアルバムは全体を通して、以前よりも「この曲の主人公はどんな人だろう?」と考えながら1曲1曲歌を入れました。

塩塚モエカ(Vo, G)

塩塚モエカ(Vo, G)

河西ゆりか(B)

河西ゆりか(B)

──河西さんはどんなことを意識してベースを入れました?

河西 曲調が明るいのに対して主人公はすごく悩んでいるから、その雰囲気を表現できたらなって。あとはサウンド的にはバンドの王道っぽいイメージがあったので、色で言うと黄色というか……。

──黄色? 音のイメージを色で共有することあるんですか?

河西 ないです(笑)。

塩塚 私は赤のイメージだった(笑)。