羊文学 ロングインタビュー|不安や葛藤の中、力強く響かせる“自分自身をハグする12曲”

羊文学にとって2023年は飛躍の年となった。6月に台湾で開催された初の海外ワンマンのチケットは販売開始からわずか10分でソールドアウト。大型フェスでメインステージに立つ姿、音楽番組でパフォーマンスする姿を見かけることも格段に増えた。中でもテレビアニメ「『呪術廻戦』第2期『渋谷事変』」のエンディングテーマとして書き下ろされた「more than words」は、YouTubeで公開されたミュージックビデオの再生回数が850万回を突破。コメント欄を覗くと、羊文学が奏でる音楽が海の向こうにまで届いていることがわかる。

そんな羊文学から約1年半ぶりのオリジナルアルバム「12 hugs (like butterflies)」が届けられた。アルバムは「more than words」をはじめとする全12曲入り。バンド初期の音楽性を彷彿とさせるダークかつオルタナティブなサウンドと、前作「our hope」で見せたポップネスがバランスよく溶け合い、さまざまな経験を経て確実にアップデートされた3人の“今”を感じさせる充実の内容となっている。

音楽ナタリーでは本作の魅力を掘り下げるべく、塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)、フクダヒロア(Dr)に全曲紹介という形でインタビューを実施。各楽曲に込めたこだわりや、勢いに乗るバンド活動の中で感じた違和感や葛藤、来年4月に控える過去最大規模の横浜アリーナ単独公演への思いを語ってもらった。

取材・文 / 下原研二撮影 / kokoro

初の海外ワンマン、大型フェスのメインステージを経験して

──まずはこの1年の活動を振り返らせてください。今年は台湾での初の海外単独公演の成功やアジア各地の大型フェスへの出演、数多くの音楽番組でのパフォーマンスがあり、ここ数年毎回出演している「FUJI ROCK」では、初めてGREEN STAGEに立ちましたね。

塩塚モエカ(Vo, G) 海外でのライブは楽しかったですね。ほかのミュージシャンの皆さんが言うように、反応が日本と全然違うのが印象的でした。海外でたくさんのライブを経験したことで、日本に帰ってきてから「FUJI ROCK」のGREEN STAGEのような大きなステージに立っても、動じずに演奏できるようになったのかなと思います。今年は本当にいろんなことがあったけど、その1つひとつをちゃんと経験値にできた感覚もあって。去年も経験したことは、同じ状況でも余裕を持って取り組めるようになりました。

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──前作「our hope」(2022年4月発表のメジャー2ndアルバム)は羊文学という、小さなライブハウスから出てきたオルタナティブなバンドがメジャーシーンで大衆音楽とどう向き合うのか、ということを提示した1枚だったと思うんです。以前インタビューをさせていただいた際に「羊文学の音楽をもっと多くの人に届けたい」とおっしゃっていましたが、その手応えはいかがですか?

フクダヒロア(Dr) 羊文学は初期から「メインストリームとアンダーグラウンドの両立」をテーマに活動してきたので、大衆性を持つということはすごくいいことだなと思っています。おっしゃる通り「our hope」はオルタナティブロックとJ-POPの融合を意識していて。「トンネルを抜けたら」(2017年発表のデビューEP)の頃の尖っていたサウンドや初期衝動、「our hope」のポップさを経験したからこそ「12 hugs(like butterflies)」を作ることができたのかなと思います。なので今回のアルバムには、アップデートされた羊文学の“今”のようなものが現れているんじゃないかなと。メインストリームの活動で言うと「ミュージックステーション」などの音楽番組に出演させていただいたり、「呪術廻戦」のエンディングテーマを担当したことで、これまでオルタナティブロック、シューゲイズ、ポストロック、ドリームポップ、インディーロック、USインディー、ダークアンビエント、サイケデリックのようなジャンルに触れたことのない人にまで羊文学の音楽が届いた実感があって、それはすごくうれしかったです。

河西ゆりか(B) 「羊文学の音楽を多くの人に届けたい」という思いは今も変わらずありますね。今年は出演するフェスのステージやメディアの規模が大きくなってきて。これまでとは1歩違う世界にお試しで入れてもらっているような感覚でした。その世界に体全部を浸かるためにはどうしたらいいかな?と考えてる最中です。

──特に思い出深いステージは?

河西 この間「ドリームフェスティバル」に出演したんですけど、これまで私たちが立ったことのないような大きな会場だったんです。ステージから見える景色も全然違うし、羊文学を認知してるお客さんはたぶん全体の1割くらいで。演奏しながら「残りの9割の人たちを惹き付けるにはどういうライブをしたらいいのか?」と考えていました。大きなステージから見える景色だったり、逆に客席から自分たちがどう見えているかをもっと知りたいと思いました。

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自分自身をハグする12曲

──さまざまな経験をした羊文学から約1年半ぶりのオリジナルアルバム「12 hugs(like butterflies)」が届けられました。まずはアルバムタイトルの由来から聞かせてください。

塩塚 両手をクロスして自分で自分を抱擁することをバタフライハグと呼ぶんですけど、タイトルはそこから取って“自分自身をハグする12曲”という意味合いで付けました。バタフライハグは心が不安な人が自分自身をケアするための方法らしくて。

──なるほど。歌詞にフォーカスしてアルバムを聴いたときに、作品全体のテーマとして“セルフケア”というワードが浮かびました。

塩塚 そうですね。ただ、テーマを設けて制作に取りかかったわけではないんです。これまでの作品もそうなんですけど、とりあえず曲を作ってみて、カッコいいと思ったものをまとめたときにテーマが見えてくるというか。

──塩塚さんはなぜ“自分自身を抱きしめる”というモードに入っていたんでしょう?

塩塚 この3、4年くらいずっと興味があることなんです。自分自身がめちゃめちゃすぎて、私は社会で生きていけないんじゃないかと思うことがあって。だから30歳までにはグチグチしていない人になるのが目標(笑)。それでいろいろ研究していたら「体が冷えているから心がイガイガするんだ」とか、そういうことを日常的に考えるようになりました。

オープニング64秒に込めたメッセージ

──ここからは「12 hugs(like butterflies)」の収録曲について、1曲ずつお聞きします。まずはアルバムのオープニングを飾る64秒の弾き語りナンバー「Hug.m4a」。この曲を1曲目に持ってきたのはなぜ?

塩塚 本当はアルバムの最後にもう1曲入れたいと思って作った曲なんです。アルバムタイトルが決まってから書き足したんですけど、実際に最後に持ってきたら作品の力強さが少し失われる気がして。それでイントロのようなイメージで入り口に置いてみたら、アルバム全体を通して伝えたかったメッセージとも重なる気がして1曲目にしました。

──宅録っぽい音像も印象的です。

塩塚 遊びのようなテンションの曲を入れたくて。スマホで録音したんですけど、弾き語りで5回くらい演奏して一番いいテイクを選びました。宅録っぽいとおっしゃっていただきましたけど、なんと言うか気負ってない感じ、“どうでもいい”というテンションの曲を入れたかったのかも。もともと入れる予定はなかったから、2人にはマスタリングのタイミングで初めて聴かせました(笑)。

フクダ うん(笑)。デモを聴いたときに、歌詞の「あなたの命を 離さないで」には“自分の命を大切にしてほしい”というメッセージが込められていると教えてもらって。塩塚が言うように「1曲1曲が自分自身を抱きしめる」というアルバムのテーマにも重なっていてすごくいいなと思いました。

河西 短い曲なのにメッセージ性が強いですよね。結果的に「Hug.m4a」が入るか入らないかで、アルバム全体の聞こえ方や印象が変わったんじゃないかと思います。

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「呪術廻戦」エンディングテーマを完成させて見えた新しい壁

──2曲目の「more than words」は、テレビアニメ「『呪術廻戦』第2期『渋谷事変』」のエンディングテーマです。塩塚さんは物語の中で絶望や葛藤に直面する主人公・虎杖悠仁に向けて歌詞を書いたとのことですが、僕はこの曲を初めて聴いたときに塩塚さん自身の葛藤が吐露されているように感じました。

塩塚 はい。歌っている内容自体は私のことなんです。でも、「呪術廻戦」を何回も読み込んでいくうちに「つらいときに信じられる仲間がいて、その存在に支えられる」というメッセージが「渋谷事変」という物語の奥底の部分にあるんじゃないかなと思ったんです。ちょうどその頃、私は「羊文学の音楽をどうしたらいいのか?」「アルバムを作るが大変」みたいなモードになっていたんですね。「自分とは何か?」みたいなことを語り合い続けている友達がいるんですけど、その人も自分が作っているものと社会の状況が合わないことに「どうしようもないけどがんばりたい」と悩んでいて。その友達と話をしていると2人の間に強い絆を感じるんです。「more than words」は虎杖が物語の中で戦いながら過ごしている時間と、私が自分の人生の主人公として生きている時間が重なったから、そのまま歌にしたいと思って書きました。だから「more than words」は私の話でもあるんですよね。

──塩塚さんが感じている音楽についての葛藤は、具体的に言うとどんなことですか?

塩塚 「音楽で食べていくって大変だな」と8割くらい思っているんだけど、やっぱり音楽をやりたい。私は音楽で悩んでいますが、要は仕事をするのって大変だなと思ったんです。私は人とのコミュニケーションがすごく苦手だから、気にしなくていいことでもたくさん考えちゃう。そんなときに側にいてくれる友達に対しての「あんたがいるからがんばれる」という気持ち。その友達がSOSを出していたら絶対に助けに行きたいし……。そういう気持ちを歌にしました。

──この曲はビート感含めクラブミュージックっぽいサウンドが印象的でした。「呪術廻戦」という大きなコンテンツのエンディングテーマでバンドの新しい一面を見せて、それが広く聴かれているのはいいですよね。表現としての大きな壁を1つクリアした実感はありますか?

塩塚 えー、どうだろう。逆に新しい壁が見えた感じがします(笑)。「more than words」のような曲を作りたかったけど、今の自分たちには無理だろうと手を付けてこなかったんです。それに挑戦して形にできたのは発見だけど、例えばサビのメロディを考えるのにこれだけ深く集中して取り組まないと、人にちゃんと届くもの、強さのある曲にはならないんだってことを知っちゃって。なので今は「この先どうやって次の壁を壊していけばいいんだろう?」と考えているところですね。

──なるほど。河西さんはベースのフレーズを練る際に意識したことはありますか?

河西 最初に聴いたのがダンスビートやクラブミュージック感の強い打ち込みのデモだったので、バンドならではの疾走感やダイナミックさを出せたらいいなと思って演奏しました。コードがかなりシンプルで、ほかの曲と差別化するためにもこれまでやったことのないアプローチを意識しました。

──「呪術廻戦」の主題歌として広く聴かれる曲になるだろう、ということも意識しました?

河西 そうですね。プリプロで録って何回も客観的に聴き直して、「普段自分の中にない要素も取り入れたほうがいいのかな?」と意識してフレーズを考えたり。曲の構成も、私はじっくり聴かせるもののほうが好きだけど、「一番ガツンとくるのはどういうものなのか?」と考えて作りました。

──フクダさんの四つ打ちのドラムも新鮮でした。

フクダ 羊文学で四つ打ちの曲は極稀だし、避けてきたアプローチなんです。でも、アニメの監督と話して出てきた言葉や、虎杖の「死ぬことへの解像度が高い」というワードをメモして、無機質の中の温かさや都会の閉塞感みたいなものを表現できるようなフレーズを探した結果、四つ打ちを取り入れることにしました。結果的にアニメの世界観にも合うし、今の羊文学の空気感にも合うサウンドになったのかなと思います。

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鉄を切るベース