羊文学が4月20日にニューアルバム「our hope」をリリースした。
昨年は東京・伊勢丹新宿店を舞台に音楽、ファッション、アート、ライフスタイルを融合させたイベント「羊文学presents〇△□」の実施や、かねてから目標としていた「FUJI ROCK FESTIVAL」への出演、バンドにとって過去最大規模となる東名阪ツアー「Tour 2021 "Hidden Place"」の開催など、着実に活動の規模を広げた羊文学。3人にとってメジャー2ndアルバムとなる「our hope」には、アニメーション映画「岬のマヨイガ」の主題歌「マヨイガ」やテレビアニメ「平家物語」のオープニングテーマ「光るとき」、ドコモ「ahamoX」のキャンペーンソング「ラッキー」のほかに、バンドの今のモードを詰め込んだ新曲を含む全12曲が収められている。
音楽ナタリーでは塩塚モエカ(Vo, G)、河西ゆりか(B)、フクダヒロア(Dr)にインタビュー。バンドにとって飛躍の年となった2021年を振り返ってもらいつつ、「our hope」の制作秘話や各楽曲に込めた思いについて話を聞いた。また特集の後半には、昨年開催の東名阪ツアー「Tour 2021 "Hidden Place"」に携わった6人のクリエイターのコメントを掲載。羊文学の表現を支える面々にツアーを終えての感想や、羊文学との出会いについてつづってもらった。
取材・文 / 下原研二
羊文学が振り返る2021年
──2021年は年明けの東名阪ツアーが延期になるなど残念だった出来事もありましたけど、伊勢丹新宿店でのイベント「羊文学 presents ○△□」の開催や、「FUJI ROCK FESTIVAL」をはじめとしたフェスへの出演など、活動の規模が大きくなっているなと感じました。振り返ってみてどんな1年でした?
塩塚モエカ(Vo, G) えー、どうだったかな。どうだった?
河西ゆりか(B) 東京は全然なかったんですけど、地方でライブする機会は多かったですね。フェスにたくさん呼んでいただいて、やっぱりフェスだと羊文学の音楽を初めて聴く人が多いからそれも新鮮でした。
──自分たちで企画するライブとはお客さんの層も違いますもんね。そういう状況でライブをするとなると演奏は変わってくるものですか?
河西 たぶん変わっていると思います。やっぱりみんなを楽しませたい気持ちになるというか。いつもは自分たちを目的に来てくれる人の前で演奏するから「一緒に楽しむ」みたいな感じなんですけど、フェスは知らない人たちのほうが多いし、その会場で遊んでいる子供たちも含めて楽しんでくれたらいいなと思って。
フクダヒロア(Dr) フェスに呼んでもらってサニーデイ・サービスさんであったり、くるりさんであったり、自分が昔から好きだったバンドの人たちに会えたのはうれしかったですね。「FUJI ROCK」も2016年の「ROOKIE A GO-GO」以来だったし、メインステージに立つことができて、バンドが少しずつ大きくなっているのかなと実感できました。
──昨年の「FUJI ROCK」はコロナ禍での開催ということもあっていろんな議論が巻き起こりましたけど、ステージに立ってみていかがでした?
塩塚 私は直前まで本当にギリギリまで何も考えてなかったんですよ。「『FUJI ROCK』に出れるんだ。楽しみだな」くらいに思っていたんですけど、直前になって折坂(悠太)さんが出演をキャンセルしたり、MONO NO AWAREが出演するにあたってのステートメントを発表する中で、私は自分のことばかり考えていたなと思ったりして。だから現場に着いて意気込みを聞かれても、「すごく楽しみだし、すごく大切なステージだ」という気持ちと「いいのかな?」という気持ちが混在した複雑な感じでした。
──僕は羊文学のステージを配信で観ていたんですけど、3人とも楽しそうに演奏しているなという印象を受けました。
塩塚 ライブ自体は楽しかったし、ステージから観る景色はすごかったです。明るい時間帯だったから奥のほうのお客さんが楽しんでくれている姿まで見えて少し泣きそうになりました。演奏しながら「あー、これだよな」と思ったりして。
フクダ あの時期にライブをやるべきかどうかについて自分の中で考えたときもありましたけど、ライブ自体はよくできたんじゃないかなと思います。「mother」で始まるオープニングや影の演出の反応がよかったのもうれしかったですね。
──そのほかだとアルバムの初回限定盤Blu-rayに収録されるツアー「Tour 2021 "Hidden Place"」最終公演となったSTUDIO COASTでのワンマン、さらには初のBillboard Live公演もありましたね。
塩塚 STUDIO COASTはずっと立ちたかったステージで、イベントで出演したことはあったんですけど、閉館する前に自分たちのワンマンをやれたのはすごくうれしかったです。Billboardは横浜と大阪の会場を回ったんですけど、これまで頑なにやってこなかったアコースティック編成で何曲か演奏したんですよ。それにクリスマスライブだったから、お客さんがハッピーな気持ちになるような日にしたいと思っていて、いつもと違った空気感でライブができて面白かったです。
──Billboard公演は僕も観に行かせていただいたんですけど、アコースティック編成での演奏は羊文学のまた違った一面が垣間見れたように感じました。ちなみになぜ、アコースティック編成を頑なにやってこなかったんですか?
塩塚 音がデカいのが羊文学だから(笑)。
──(笑)。
河西 Billboardだし、クリスマスだから特別感のあるステージにしたかったというのもありますね。だからアコースティック編成でライブに出てくださいと言われても、今はやるつもりはなくて。でもいつもと違う演奏ができて楽しかったです。
移動車の中で生まれた「hopi」
──ここからはアルバム「our hope」について聞かせてください。1曲目の「hopi」は静かな立ち上がりから徐々に迫力を増していく曲展開や、「僕は誓う、君を守る」「夜を背負うように海を分けてゆけ」といった力強い歌詞が印象的で、アルバムのオープニングにぴったりだなと思いました。
塩塚 去年は東京以外の土地でライブをすることが多くて、移動中にずっと車に乗ってるのが退屈だったから、その時間を使ってギターの練習をしていたんです。それで東京から大阪に向かっているときに、西はまだ夕方なんだけど東からどんどん夜がやって来るみたいな日があって。車は太陽のほうに向かっていて、メンバーはみんな寝ていて穏やかな雰囲気なんだけど、後ろから闇が迫ってきているというか。その状況が闇から必死に逃げているように思えて、その様子を歌詞にしていきました。
──河西さんとフクダさんはどのようなイメージで演奏を付けていったんですか?
河西 私はデモを聴いたときに霧が晴れて朝日に向かっていくみたいな印象を受けたので、すごく大きい海で静かなのにドキドキするみたいなイメージで演奏しました。
フクダ 僕のスネアはいつもドライでダークで陰鬱なイメージで調整していて、「hopi」では手数を減らしたり、バスドラの連打の数を少なく意識したりして自分なりに虚無感みたいなものを演出しました。あと「POWERS」のときは「祈り」「お守り」といったテーマがあったんですけど、「our hope」は塩塚が2020年から2021年にかけて過ごした新宿でのことが書かれた曲が多いので、ドラムはその都会的なイメージと連動するようなフレーズを意識して叩いています。
新宿の部屋の景色がたくさん入っていた
──今回のアルバムは東京がテーマになっていると伺ったのですが、これは塩塚さんが新宿の街で過ごした日々が反映されているのでしょうか。
塩塚 そうですね。だから結果的に東京というテーマが浮かんできた感じなんです。一昨年の4月からついこの間まで新宿に住んでいて、私は変化があまり得意じゃないんですけど、その新宿の部屋に引っ越して来たタイミングでコロナ禍が始まったり、大学を卒業して音楽で生活することを決めたり大きな変化がたくさんあったんです。しかもその新宿の部屋が暗くて狭くて寒くて……。
──でも、部屋探しをする際に内見には行ったんですよね?
塩塚 行かなかったんですよ。私は大学を卒業したら実家を出ると決めていたから、3日間くらいの部屋探しで勢いだけで「ここにする!」とか言って。
──変化が苦手なわりに重要なところをすっ飛ばすんですね(笑)。
塩塚 そう(笑)。そしたら部屋の暗さとか寒さとか居心地の悪さみたいなのから、社会の居心地の悪さみたいなものがオーバーラップしてきて。本当に大都会みたいな場所だったから、自分に合ってないんだけど特別な状況だとも思ったんです。だからさっき話した通り最初から“東京”というテーマを掲げていたわけではないし、特に意識もしていなかったんだけど、できあがった曲には明らかにその部屋の景色がたくさん入っていて。
──そう言われると確かに、今回のアルバムは都心部に住む人々の生活や感情を描いた楽曲が多いかもしれないですね。ちなみに皆さんは東京出身ですか?
フクダ 僕だけ神奈川出身で、2人は東京です。
塩塚 厳密に言うと私は茨城で生まれて小さい頃に東京に引っ越してきたんです。それに東京の西のほうで緑もたくさんあったから、「our hope」で描いた都会的な感じではなくて。
──塩塚さんにとって東京はどんな場所ですか?
塩塚 東京に住んでからのほうが長いから挑戦の場という感じではないけど、息苦しいイメージはあります。家賃もそうですけど全部が高いし、ずっと進んでなきゃいけないような気がするというか。だから将来、私は東京には住んでいないのかなと思いますね。
タイアップ曲の難しさ
──2曲目の「光るとき」は、アニメ「平家物語」のオープニングテーマとして書き下ろされた1曲です。アニメは平家一門の繁栄と衰亡が描いた古典文学作品「平家物語」が題材になっていて、「光るとき」はその世界観にドンピシャにハマっているように感じました。
塩塚 ありがとうございます。今回のアルバムの中だと「光るとき」と「マヨイガ」はアニメに書き下ろしたんですけど、お話の力が大きかったかもしれないです。「光るとき」は曲作りをする中で、平家の人たちの理不尽な最後に対して「もう少し幸せになってほしかった」みたいな気持ちにすごくなったんですよ。だからアニメの登場人物に向けて書くというか、友達とかじゃないけど、そのくらい大切にしなきゃいけない人たちだなと思いながら歌詞を書きました。それは「マヨイガ」もそうですね。
──「平家物語」は平家一門が衰亡するラストがわかりきっているからこそ、「光るとき」の「最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても 今だけはここにあるよ君のまま光ってゆけよ」というフレーズに救われた視聴者もいるのかなと思いました。ちなみにタイアップのようにテーマを与えられて曲を作るのと、自分の内側にあるものを曲にする作業では、どちらが作りやすいですか?
塩塚 後者のほうが作りやすいですね。「平家物語」も全然少ないほうかもしれないんですけど、「もう無理かもしれない」と思いながらデモを5曲くらい作ったんですよ。これまでは関係的にも近しい同世代の人たちへの楽曲提供が多くて、それはすごく得意だったんです。けどメジャーになって規模が大きくなると、いろんな人の意見の中で作業を進めるのが難しくて。大変で考えまくるからこそいい曲が生まれるのかなと思うけど、まだそういった経験が浅い分、タイアップ以外の曲のほうが書きやすいですね。
──なるほど。タイアップ曲のどういった部分に難しさを感じます?
塩塚 なんだか迷走しちゃうんですよ。タイアップだと「ここでちゃんと広がるものを決めなきゃいけない」みたいな意識が先走りすぎちゃって、無駄にポップになってみたり、それに反省して無駄にダークになったり……私、最終的にピアノ弾き始めたよね?(笑)
河西 弾いてたね(笑)。
塩塚 ピアノとベースとドラム、ギターはBIG MUFFのノイズだけみたいな謎の曲を作ったりして(笑)。その曲は今回のアルバムには入れてないんですけど、個人的にすごく気に入っているので、タイミングを探っていつか出せたらいいな。
──河西さんとフクダさんから見て、塩塚さんが作る音楽がメジャーというフィールドに移って変わったなと思うことはありますか?
河西 普通の曲は怒ったり、わがままを言ったり感情的だったりして個人的な気持ちがわかる歌詞だから、タイアップ曲とはまた違うみたいな変化はありますけど、変にポップになったとかは全然思わないですね。
フクダ 歌詞の世界観もブレずにきていると思うし、「マヨイガ」「光るとき」といったタイアップ曲も、作品の物語をちゃんと読み込んで自分の言葉と当てはめている感じがして。だからこそ僕も共感するところがあって。だから変わらない部分のほうが多いような気がしますね。
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「シンセを買ったから入れた」くらいの軽い動機でもいいんだ