羊文学 ロングインタビュー|不安や葛藤の中、力強く響かせる“自分自身をハグする12曲” (3/4)

AIと恋をしたら

──「Flower」はSF感漂うラブソングで、「モニターに映る肌」「温度を無くした世界に生きる」という歌詞を読むに、おそらく人間同士の恋愛ではないですよね。それに、この曲だけアルバムの世界観から独立している印象を受けました。

塩塚 まさに「Flower」だけアルバムのテーマとは関係ない曲です。よくある系のテーマだけど「AIと恋をしたら」という設定で歌詞を書きました。歌詞の内容がすべてフィクションというのは初めてですね。

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──実体験をベースとしない初めての作詞作業はいかがでした?

塩塚 後半の歌詞が出てこなくて大変だったけど、いい形に着地できたと思います。昔観た映画を思い出したりして、主人公がAIに恋をする映画なんですけど……なんだっけ?

──「her / 世界でひとつの彼女」?

塩塚 それだ! 改めて観返してはいないけど、ふと思い出したりしました。

──AIとの恋愛を描きたくなったのには何か理由があるんですか?

塩塚 新しい家に引っ越したばかりのときに、部屋でギターを弾いていたら「Flower」のメロディを思いついたんです。キレイなメロディだったからラブソングにしたくて、でも普通な感じにするのも違うなと思って「AIと恋をしたら」というアイデアが出てきたのかな。

──フクダさんと河西さんは、リファレンスになっている映画の世界観に合わせてフレーズを考えていったんですか?

フクダ いえ、映画の話は今初めて聞きました。

河西 うん、知らなかった(笑)。

フクダ でも「AIとの恋」「虚構」みたいなテーマは聞いていたので、陶酔感のあるサウンドは意識していましたね。僕は今回のアルバムで「Flower」は上位に好きな曲です。

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塩塚 思い出しました。ストリートビューを使って世界中のいろんな場所をスクショしている写真家の展示を、ゆりかちゃんと一緒に観に行ったんですよ。

河西 あー、行ったね。すごかった。

塩塚 その展示がすごく面白くて「将来はこんな感じでデートをしたりするのかな?」とか想像してました。

本当の自分は

──「honestly」は冒頭の「ねえ、私のこの声は 君のためにあるんじゃないわ 感傷的で上手い言葉も今の私にはないわ」というフレーズや、焦燥感のあるサウンドからどこか切実な印象を受けました。これも僕の勝手な解釈ですけど、羊文学がバンドとして大きくなっていく中、いち個人ではなく偶像的な存在として見られることへの違和感や疲れが歌われている?

塩塚 うん、そんな感じです。例えば「曲を通して何を伝えたいんですか?」という質問をされたとして、ある側面では伝えたいことがあるけど、また別の側面ではまったく伝えたいことがない感じ。私たちの音楽を聴いて「この曲があって本当によかった」と言ってもらえるのはすごくうれしいけど、「別にそういう曲を作りたいわけでもない」みたいな思いもあるんです。そのギャップに少し疲れたときに書いた曲ですね(笑)。

──なるほど。9月から10月にかけて開催された全国ツアーのタイトル「if i were an angel,」にも通ずるところがあるかもしれないですね。あのタイトルは言い換えれば「私は天使ではない」ということだと思うので。

塩塚 本質をアピールする必要はないのかもしれないけど、周りから持たれている印象と、本当の自分が乖離しているなとは思っています。

──塩塚モエカという存在が独り歩きしている?

塩塚 そうですね。私、性格悪いのに(笑)。

塩塚モエカ(Vo, G)

塩塚モエカ(Vo, G)

──ほかのお二人はいかがでしょう。本当の自分と、アーティストとしての自分に距離は生まれていない?

フクダ 僕にとってバンドはライフワークになってるんですよ。僕に対してインドア派という印象を持っている人が多いと思うけど、その通りでアウトドア派ではないし、人とコミュニケーションを取るのも苦手なタイプなんです。たぶんそこのズレがあまりないから、僕はバンドがなくなることのほうがキツイですね。あと塩塚が書く歌詞は自問自答しているものが多いから、自分と共通する部分があって逆に居心地がいいんです。

河西 うーん、私も特にないかもしれない。メイクするとすごく顔が変わったりするじゃないですか。昔はそれがすごく嫌だったけど慣れた。今はメイクをした顔も、また違う自分でいいなと思えるようになりました。

考え抜いたからこそ完成した「深呼吸」

──9曲目のスローナンバー「深呼吸」からもアルバムのテーマを強く感じました。

塩塚 「深呼吸」はアルバムの制作以前からあった曲なんです。

──「いい子になれない私のことを 彼らはなんて言うだろうか」という歌詞がアルバムの世界観とリンクしているので、本作のために書き下ろされた曲だと思っていました。

塩塚 歌詞はBメロまでしかなかったし、サビはずっと「ラー」で間奏の部分もなかったんですよ。歌詞がすごく大変で1年くらい書けなくて。

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──1年も?

塩塚 書けないからそのまま置いといた期間もありますが、振り返ってみても、やっぱり無理だなあとか思いながら書き進めていました(笑)。メロディラインがすごく複雑だから難しかったんですけど、結果的にはいい曲になったと思います。「more than words」もそうだけど、深く考えるといいものができるっていうのは今回の学びですね。もちろん、音楽には考えないことのよさもあって。今回のアルバムで言うと「countdown」や「Addiction」は深く考えて作ってない。結果的に突き抜けていていいんだけど、「深呼吸」は考え抜いた分、伝わる歌詞になった気がします。