本広克行が監督、福士蒼汰が主演を務める映画「曇天に笑う」が、3月21日に公開された。唐々煙のマンガが原作の本作は、明治維新後の滋賀・大津を舞台に、人間に災いをもたらす大蛇(オロチ)の復活を巡る戦いと、兄弟や仲間との絆を描いたアクションエンタテインメントだ。
映画の公開を記念して、ナタリーではジャンルを横断して特集を展開している。全4回にわたる特集の最終回を飾る音楽ナタリーの特集では、本広監督と主題歌「陽炎」およびオープニング曲「曇天に笑う -opening&ending‐ with GOCOO」を手がけたサカナクションの山口一郎(Vo, G)にインタビューを実施した。「一郎くん」「もっくん」と呼び合い、年齢差を感じさせない2人のトークを通して「曇天に笑う」の魅力を感じ取ってほしい。
取材・文 / 中野明子 撮影 / 草場雄介
サカナクションの音楽から生まれたオープニング
──今回のタッグは本広監督のオファーがきっかけだったそうですね。そもそも、本広監督と山口さんの出会いのきっかけはなんだったんですか?
山口一郎(サカナクション) もともと片山正通さんというインテリアデザイナーさんから、もっくん(本広の愛称)を紹介してもらって知り合ったんです。出会った当初から、いつか一緒に仕事がしたいって話してて。もっくんは尊敬する大先輩なんですよ。「踊る大捜査線」シリーズはめっちゃ観てたし、ドラマ「お金がない!」も大好きだったし。僕にとっては神様ですね。
本広克行 そんなに褒められたら、なんか悪いことしたのかと思っちゃうよ(笑)。一郎くんと初めて会ったのは2015年かな? 劇団☆新感線のいのうえ歌舞伎を新橋演舞場で一緒に観て、意気投合して。そのときなんの話をしたかは覚えてないんだけど。
山口 そこから付き合いが始まって、一緒に香川でうどんツアーをしたり、イノシシを食べたり、プライベートで一緒に遊んでいました。その付き合いが今回の仕事につながったんです。
──そうでしたか。
山口 もっくんからのお願いは絶対に断らないつもりだったので、オファーが来た瞬間に喜んで受けました。映画主題歌って、主演の方の事務所所属のアーティストが担当することが多いと思うんですよ。そういう流れができてしまってる。
本広 その傾向はあるかも。
山口 でも、もっくんはサカナクションの名前を挙げてくれた。うれしかったですね。映画の主題歌や劇伴って、本来は距離が近い人と同じ志でやるのが健全だと思うんです。そうすることでいい相乗効果が生まれる。曲を売ると言うより、映画がヒットすることを考えて僕らも音楽を作ることができるし。
──本広監督はサカナクションとGOCOOとのセッションをライブで観てオープニング曲の制作をオファーしたとか。確かに映像と音楽の結び付きが強い、とても迫力のあるオープニングでした。
本広 初めて2組のセッションを観たのは2015年の日本武道館公演で、心から「カッコいいなあ!」と思ったんです。一緒に行ったクリエイターや経営者のおじさんたちなんか、立ち上がって盛り上がってたんですよ。「関係者席なのに、なんでこんなに盛り上がってるんだ?」って思いながら座って観てました。
山口 え? もっくん踊ってくれなかったの?
本広 座ってた。大根仁監督も隣で座ってたよ。
山口 だって大根監督シャイだもん!
本広 俺もシャイだから(笑)。立ち上がらなかったけど、心の中では踊ってたし、座りながらめっちゃ足動かしてました。だって「自由に踊っていいよ!」って一郎くんが言うから。
山口 はははは(笑)。
本広 ライブを観る中でサカナクションの音楽と時代劇を合わせたら楽しいものになりそうだなと考えて、「こういう感じを映画の中に入れたい!」と思ったんです。それでスタッフに、「今回はサカナクションに主題歌とオープニングの曲をお願いしたいです」って伝えました。
──その「こういう感じ」というのは具体的には?
本広 和太鼓のセッションから「アイデンティティ」に流れる展開ですね。それがものすごいカッコよかった。サカナクションとGOCOOのパフォーマンスを観ながら、みんな踊り狂ってて。その高揚感のある流れを「曇天に笑う」のオープニングに取り入れたいと思ったんです。イメージをスタッフに伝えていく中で絵が決まっていって、一郎くんにもらったサカナクションのライブDVDを観せて「音はこういうのだから」って伝えていきました。あと音源を聴きながら、ドローンを使おうとか、アクションシーンを入れようとかアイデアがどんどんどんどん出てきた。だからオープニング映像のベースになったのはサカナクションの音楽なんです。
山口 今回はもっくんが僕らに任せてくれたから、“映画音楽”ではなく自分たちの手法で音楽を作っていきました。本当は劇伴全般もやりたかったんですけどね(笑)。
主題歌「陽炎」で意図した違和感と距離感
──主題歌「陽炎」は完成に至るまで1年半かかったそうで。
本広 いやあ、待ちましたねえ(笑)。
──制作するうえでどんな部分に気を遣いましたか?
山口 福士蒼汰くんをはじめイケメンがたくさん出てくるし華やかではあるんだけど、シリアスだったりハードだったりするシーンもある映画だから、キャッチーすぎても歌モノに寄りすぎてもダメだと思ったんです。映画の脚色として曲を成立させたかった。
──ええ。
山口 そのためにサビのメロディをあまり強くしてないんです。曲展開をあまりしないし、サビでキーが上がるとかもしない。サビよりはイントロの「ラララ」が残るようにしました。極端なことを言ったら、イントロの繰り返しだけでもいいと思ったんです。
──そうでしたか。イントロはシンセサイザーのイナたい音色が耳に残りますよね。
山口 僕の中で「陽炎」は「西遊記」の主題歌だったゴダイゴの「MONKEY MAGIC」をイメージしたんです。イントロが聞こえた瞬間にドキドキすると言うか。あの音色が嫌いな人はいないだろうと思ったし、「曇天に笑う」の世界に合うだろうなって。
本広 どこか懐かしいんですよね、あの音は。でも、きっと今の子たちが聴くと新しいんだろうなあ。
──本広監督は主題歌について何かリクエストをしたんですか?
本広 僕は最初、スローテンポのバラードでもいいですよって伝えたんです。決して100%ハッピーエンドではない終わり方だから、「曲を暗くしていいです」って一郎くんに言ったんですけど「いや、新しい扉が開く感じの曲がいいと思う」って返ってきたんです。「陽炎」を初めて聴いたときは、自分の予想とは違って「おっ?」と思いましたね。でも、これで正解だなって思います。
──曲調は明るいですけど、どこかノスタルジックで寂しい雰囲気があります。それがストーリーと合っていますね。
山口 映画のラストをもっくんから聞いて、そういう曲にしたんです。
本広 まあ、確かにリクエストはありましたけど、「いい感じでお願いします」とだけ伝えました。
山口 一番難しいんですけどね、それが(笑)。でもせっかく関わらせてもらうなら、映画の世界観の中に自分たちの曲が混ざってほしいなという思いはありました。最初はイケメンがたくさん出てくる映画だから、ジャキジャキした音の艶っぽい曲が合うと思ったんですよ。でもそれって自分たちらしくないし、映画に対して主題歌が合いすぎてもいけない。どこかに違和感がないといけないなと考えて。もっくんもそれを求めて僕らに依頼してくれただろうし。
──その違和感は曲にどういう形で入れたんでしょうか?
山口 最終的には演歌の要素で表現しましたね。演歌には無条件に曲の世界に入り込ませることができる力があると思っていて。結果、現代ふうのファンクと演歌を混ぜたようなサウンドに仕上げました。ただ、僕があまり見えないようにしてます。
──「僕があまり見えない」と言うのは?
山口 自分のパーソナルな感情や顔を見せないことですね。「曇天に笑う」を観るメインの客層はサカナクションの音楽を知らない人も多いと思うから、それは求められていない。一方で、僕らのファンには「こんなサカナクションなかったよね」って思ってもらえるように意識しました。そのバランスが難しかったです。
本広 へー! そこまで考えていたとは。自分の映画の主題歌を作るアーティストと話すことがあんまりないから面白いなあ。
山口 え? 会って打ち合わせはしないんですか?
本広 だいたい間に入っている方がいるので、イメージを伝えて主題歌を作ってもらうんです。直接話すことはほとんどない。できたのを聴いて、「歌詞が映画に寄りすぎるとちょっと恥ずかしくなるんで、ここは外してください」とか相談したり。
山口 そうなんですね。僕、歌詞が映画に寄り添いすぎるのはダメだと思うんです。今回は映画と原作マンガの世界観、あと明治が舞台であることを踏まえて、和と洋が融合したようなイメージを言葉にしました。あとは言葉のリズム、歌詞の意味を感じさせるタイミング。そこを考えましたね。
本広 それにしても作詞は大変そうでしたね。
山口 サクッと作られて、「ハイ、納品」って渡されても寂しいでしょ?
本広 ははははは(笑)。でも「陽炎」は、練りに練っただけあって深い歌詞になりましたね。
次のページ »
「陽炎」は中間に位置する曲
- 「曇天に笑う」
- 2018年3月21日(水・祝)全国公開
- ストーリー
-
明治維新後の滋賀県・琵琶湖畔。曇神社の当主・曇天火は、2人の弟とともに町を守っていた。300年に一度災いをもたらす力を持った大蛇(オロチ)が復活すると言われ、世の中が乱れ始めたとき、三兄弟は平和を守るために立ち上がる。しかし彼らの前には、大蛇の力を手に入れて政府転覆を企てる忍者集団・風魔一族が。曇三兄弟、風魔一族、そして大蛇討伐を使命とする精鋭部隊・犲(やまいぬ)による三つ巴の戦いが始まる。
- スタッフ
-
監督:本広克行
原作:唐々煙「曇天に笑う」(マッグガーデン刊)
脚本:高橋悠也
音楽:菅野祐悟
主題歌:サカナクション「陽炎」 - キャスト
-
曇天火:福士蒼汰
曇空丸:中山優馬
安倍蒼世:古川雄輝
金城白子:桐山漣(※漣はさんずいに連が正式表記)
鷹峯誠一郎:大東駿介
永山蓮:小関裕太
武田楽鳥:市川知宏
犬飼善蔵:加治将樹
曇宙太郎:若山耀人
岩倉具視:東山紀之
- 映画「曇天に笑う」公式サイト
- 映画「曇天に笑う」公式 (@donten_movie) | Twitter
- 映画「曇天に笑う」公式 (@donten_movie) | Instagram
- 映画「曇天に笑う」作品情報
©2018映画「曇天に笑う」製作委員会 ©唐々煙/マッグガーデン
- 本広克行(モトヒロカツユキ)
- 1965年生まれ。CM製作会社を経て、共同テレビジョン入社。深夜ドラマで監督デビューを果たし、「NIGHT HEAD」、「お金がない!」などで注目される。自身が演出した人気ドラマの映画版「踊る大捜査線 THE MOVIE」が大ヒットを記録、その後も続編やスピンオフ作品「交渉人・真下正義」などを手がけた。2015年にはももいろクローバーZ主演の映画「幕が上がる」でメガホンを取り、同作の舞台版で演出を手がけた。
- サカナクション
- 山口一郎(Vo, G)、岩寺基晴(G)、江島啓一(Dr)、岡崎英美(Key)、草刈愛美(B)からなる5人組バンド。2005年に札幌で活動開始。2013年3月に発表した6枚目のアルバム「sakanaction」が、バンド史上初のオリコンCDアルバム週間ランキング1位を記録。同年12月には「NHK紅白歌合戦」に出場を果たした。2015年8月にはこれまでに発表したシングルのカップリング曲や、さまざまなアーティストによるリミックス音源をまとめた作品「懐かしい月は新しい月~Coupling & Remix works~」をリリース。2015年公開の映画「バクマン。」では主題歌「新宝島」を書き下ろしたほか、初の劇伴にも挑戦。同作の劇伴で「第39回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2018年3月に初のベストアルバム「魚図鑑」を発表。5年ぶりのニューアルバムのリリースも控えている。