「陽炎」は中間に位置する曲
山口 それにしても日本は映画も音楽も説明しすぎですよね。「陽炎」の歌詞も直接的な表現は避けて、適度な距離感を意識したんです。
本広 でも、一般にメジャーに作品を売っていこうとするときは、わかりやすくしないとダメなんですよ。
山口 そうなんですね。僕、「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」で「バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心」っていう歌詞を書いたんですけど、「『こんな心』ってどんな心ですか?」ってリスナーに聞かれたんです。そのときに、細かいところまで説明しないとダメなんだなって思って驚いた。
本広 何に対しても明確な答えが欲しいんでしょうね。確かに映画もどんどん説明的にはなってる。なぜならわかりやすくしないとお金が集まらないから。昔はATG(日本アート・シアター・ギルド)って、「本当に作家が作りたい映画を作りましょう」という信念で運営されていた映画会社があったんです。日本の名作と言われる映画のほとんどはATGから生まれている。
山口 そういうクリエイターを守る場所は大事ですよね。今の音楽業界も、映画業界と近い状態なんです。フェスで受け入れられるわかりやすい曲が求められるし、フェスで成功するミュージシャンが表立ってメジャーフィールドに出て行ける。逆にフェスで盛り上がらない曲を作ってるミュージシャンは、どんどんマイノリティ化してしまう。
本広 へえ。サカナクションのオフビートの曲ってあるじゃない。あれだけを聴く公演とかはやらないの? みんなやっぱり暴れたいのかな?
山口 うーん、みんながみんなではないですね。ライブで「アイデンティティ」や「アルクアラウンド」をやらないと、「それが聴きたいからチケット買ったのに」って言われることがある。でもコアなファンは「『アイデンティティ』なんて聴き飽きてるからいいよ」ってなるんです。その両者のバランスを取るのが本当に難しい。その点で「陽炎」は中間に位置する曲なんです。
本広 へー。
山口 ちなみにこの曲、もう1パターンあるんですよ。サビも歌詞も違うような。“サカナクションバージョン”って付けられてるんですが、それが新しいアルバムに収録されるんです。映画で流れるのはあくまでムービーバージョン。だから聴き比べてもらいたいですね。
本広 そうなんだ! 僕にとって主題歌の“ムービーバージョン”を作ってもらうのは最高に幸せなことなんです。
山口 はははは(笑)。でもPCとかOSをアップデートするでしょ? それと同じように、曲をリリースしたあとも都度都度でバージョンアップしていける時代が来たらいいのにって僕は思ってます。
「もっくんがんばったなあ」
──山口さんは映画を観てどんな感想を?
山口 もっくんがんばったなあって。
本広 はははははは(笑)。
山口 CGがないバージョンとCGが入ったバージョンの両方を観てるから。特殊効果、相当大変だったろうなって。
本広 CGは本当に大変でした。クライマックスに登場する大蛇(オロチ)は特に苦労して。最初は大蛇を具体的な形にしてたんですよ。でも、それがしっくりこなくて。どうしようかと思ってるときに太宰府天満宮に行って、そこの宮司様の話を聞く機会があったんです。そこの宮司様が「監督、神様って風なんだよ」って言うんです。宮司様しか入れない部屋があって、そこでお称えをしたときに、ふっと空気が揺れるんですって。出雲大社の宮司も伊勢神宮の宮司も同じことを言うんですよね。その話を聞いたときに大蛇を風にしようと。
山口 そうだったんですね。
本広 ただ、マンガでは大蛇をしっかり描いてるんですね。だからこの形には納得できない人も出てくるかもしれない。でも、逆にそれくらいがいいのかなって思ったの。だって災害って見えないじゃないですか。影響は目に見えるけど、災害自体は実体化できない。
──確かに劇中で大蛇は災害をもたらす存在として登場しますからね。
本広 それを考えたときに、怒られるかもしれないけどこっちにしようって決めて。
山口 怒られたの?
本広 いや、各所説得しました。そのときに思ったのが、やっぱり太宰府天満宮の宮司さんって影響力がすごいんだなってこと。ものすごい話したし、考えたし……それを経て作品が完成しました。
山口 葛藤や摩擦がないと、いい作品は生まれないですよね。
本広 そうだね。
──「曇天に笑う」の主人公・天火は困難にあっても「笑え」と言い続けますよね。本広さん、山口さんは制作などで困難にあったときどう乗り越えてますか?
山口 僕の場合は仕事で遊ぶことですね。やりたくないことをやらなきゃいけないときもあるけど、その中でも真剣に取り組んでいくと楽しくなっていくんです。困難にあってもとにかく“遊ぶ”こと。
本広 僕は無になるようにしてますね。何も考えない状態を作るんです。「大変だな」「考えることが多いな」と思ったらただ歩く。一気に10km以上歩くんですけど、歩いている途中でふっと無になるんです。歩き終えて休むと意識が戻ってきて、いろんなアイデアがブワーッと湧いてくるし、「大変だけどあの人に比べたら」とか思える余裕が出てくる。運動量と精神バランスの比例があって、適度に体を動かしていると精神の状態もキープできるらしくて。無になることでリセットされるんですよね。あと、やたらシャワーを浴びます。
山口 わかる、わかる!
本広 シャワーを浴びてると、なぜか「考えすぎだよな。別に人が死ぬわけじゃないし」って思えるようになる。そうすると困難が困難じゃなくなるんです。
こんな松竹映画観たことない!
山口 映画業界はもっと異文化交流すべきだと思いますね。映画音楽を作ってる人と音楽を作っても、“映画音楽”になっちゃうから。
本広 それは思うな。
山口 異文化交流して、音楽側の作り方を映画に持っていくとより面白くなると思うんです。例えば僕らのレコーディングでよくやってるんだけど、マイクで拾った音じゃなくて、ある瞬間からライン入力の音だけにしちゃうの。そうすると音がデッドになるじゃないですか。そういった技法を映画に取り入れたら、映像の見え方も変わると思います。映画館でどう聞かせるかは考えなきゃいけないけど。
本広 なるほど。
山口 僕、もっくんともっと一緒に仕事したいんですよ。
本広 そうだね。これがヒットしたら、きっと次の扉が開くと思います。
山口 じゃあ、絶対に「曇天に笑う」をヒットさせましょう! 僕、サンドイッチマンやりますよ!
本広 (スタッフに視線を送りながら)聞きましたか?(笑)
──最後に映画の観どころを教えてください。
山口 福士くんが、めちゃくちゃカッコいい。今までの福士くんじゃない! 劇中で何度も笑ってるんですけど、特にラストシーンの笑顔はすごかったんです。演技を超えた笑いがあった。
本広 そっか。「曇天に笑う」は現代劇と時代劇の中間をいく、新しいエンタテインメントになってると思います。時代劇と言うと型みたいなものにこだわるイメージがあるんですが、そういうのが一切ない。ちなみに僕が最初に「(この映画は)勝ったな」と思ったのが松竹のマークがバーンと出たときに、太鼓の音がダダダダダダって入ってるところで。そのシーンを観たときに、「こんな松竹映画観たことない。やったぜ!」って思いました(笑)。映画館は音響もいいので、迫力ある映像と音楽を劇場で楽しんでいただけたらと思います。
- 「曇天に笑う」
- 2018年3月21日(水・祝)全国公開
- ストーリー
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明治維新後の滋賀県・琵琶湖畔。曇神社の当主・曇天火は、2人の弟とともに町を守っていた。300年に一度災いをもたらす力を持った大蛇(オロチ)が復活すると言われ、世の中が乱れ始めたとき、三兄弟は平和を守るために立ち上がる。しかし彼らの前には、大蛇の力を手に入れて政府転覆を企てる忍者集団・風魔一族が。曇三兄弟、風魔一族、そして大蛇討伐を使命とする精鋭部隊・犲(やまいぬ)による三つ巴の戦いが始まる。
- スタッフ
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監督:本広克行
原作:唐々煙「曇天に笑う」(マッグガーデン刊)
脚本:高橋悠也
音楽:菅野祐悟
主題歌:サカナクション「陽炎」 - キャスト
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曇天火:福士蒼汰
曇空丸:中山優馬
安倍蒼世:古川雄輝
金城白子:桐山漣(※漣はさんずいに連が正式表記)
鷹峯誠一郎:大東駿介
永山蓮:小関裕太
武田楽鳥:市川知宏
犬飼善蔵:加治将樹
曇宙太郎:若山耀人
岩倉具視:東山紀之
- 映画「曇天に笑う」公式サイト
- 映画「曇天に笑う」公式 (@donten_movie) | Twitter
- 映画「曇天に笑う」公式 (@donten_movie) | Instagram
- 映画「曇天に笑う」作品情報
©2018映画「曇天に笑う」製作委員会 ©唐々煙/マッグガーデン
- 本広克行(モトヒロカツユキ)
- 1965年生まれ。CM製作会社を経て、共同テレビジョン入社。深夜ドラマで監督デビューを果たし、「NIGHT HEAD」、「お金がない!」などで注目される。自身が演出した人気ドラマの映画版「踊る大捜査線 THE MOVIE」が大ヒットを記録、その後も続編やスピンオフ作品「交渉人・真下正義」などを手がけた。2015年にはももいろクローバーZ主演の映画「幕が上がる」でメガホンを取り、同作の舞台版で演出を手がけた。
- サカナクション
- 山口一郎(Vo, G)、岩寺基晴(G)、江島啓一(Dr)、岡崎英美(Key)、草刈愛美(B)からなる5人組バンド。2005年に札幌で活動開始。2013年3月に発表した6枚目のアルバム「sakanaction」が、バンド史上初のオリコンCDアルバム週間ランキング1位を記録。同年12月には「NHK紅白歌合戦」に出場を果たした。2015年8月にはこれまでに発表したシングルのカップリング曲や、さまざまなアーティストによるリミックス音源をまとめた作品「懐かしい月は新しい月~Coupling & Remix works~」をリリース。2015年公開の映画「バクマン。」では主題歌「新宝島」を書き下ろしたほか、初の劇伴にも挑戦。同作の劇伴で「第39回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2018年3月に初のベストアルバム「魚図鑑」を発表。5年ぶりのニューアルバムのリリースも控えている。