カクバリズムから受けた影響
──ceroはこれまで数多くのレコードをリリースしていますし、橋本さんに至ってはソロプロジェクト・ジオラマシーンのアルバム「あわい」をブッダマシーンで発表していて、バンド全体としてフィジカルに対しての思いが強いように感じます。
橋本 フィジカルへの歪んだ愛が表出しました。
──(笑)。
髙城 僕らはマテリアルとしてレコードを出すことに重きを置くカクバリズムの姿勢に影響を受けたというか、カクバリズムに入ったことでそういう意識を持つようになったんですよ。逆に言うとそれまではあまり物に対して激しく執着していたわけでもないんです。レコードに関して言うと、世代的にはCDに対しての愛着のほうが強いから、むしろCDのプラスチックケースとかにノスタルジーを感じていて。なのでレコードというものの価値観は、もっとあとにインストールされたイメージ。ただ、サブスクが中心に回り出して、好きじゃないと本当に音楽という存在がなくなっちゃう世界になったなとは思いますね。そうなるとレコードやCDのようなフィジカルの存在がますます重要になってくるんじゃないかなと。
──僕は10代後半にceroをはじめとする当時「東京インディー」と呼ばれていたバンドに出会ったのがきっかけでレコードを聴くようになったんですよ。
髙城 へー、そうか。ceroがきっかけという人もいるんだね。
──ceroは今年1月に1stアルバム「WORLD RECORD」の発売10周年を記念して既発アルバム4枚のアナログ盤を新装版として再発しましたけど、すぐに予約完売になって再プレスがかかったじゃないですか。そういう反響を見ていると、今レコードで音楽を聴いている若い世代にとって、ceroが作った道は大きい気がするんですよね。
髙城 なるほど。確かにceroの音楽を今聴いてくれている層はもしかしたら「物として所有しておきたい」という欲望を持つ最後の世代かもしれない(笑)。
──その一方で、音楽ナタリーで記事を書いていると「ceroが明日新曲をストリーミングでリリースする!」みたいなこともあって、ceroは音楽の届け方に柔軟性があるように感じていたんです。そのあたりはこだわりがあるんですか?
荒内 それに関して言うと、今のご時世的にストリーミングを活用していかないと作品をそもそも聴いてもらえないという側面はありますよね。
髙城 うん。抗い難い波ではあるよね。
──本当は抗いたい?
髙城 いや、僕自身もストリーミングサービスの恩恵をめちゃくちゃ享受してるほうだから、抗いたいかと聞かれると別にそうでもないですね。
荒内 うん。あとサブスクで音楽を聴くというスタイルが主流になった以上、アーティストは配信でも曲を出していかないと単純に収入は減りますよね。だからアーティストにとってはすごく大きい問題ではある。
髙城 シンプルじゃなくなったよね(笑)。物を作る、届ける、それに対しての見返りというものがただの数字では表現できないものになってしまったというか。音楽を聴く工程はシンプルになったと思うんだけど、経済の巡り方はものすごく複雑になっちゃった。だからメディア云々というより、抗いたいとしたらそこだよね。
楽曲制作時のこだわりを思い出した
──今は音楽の聴き方やフォーマットがたくさんあって、ゆったりとした時間の中で音楽をレコードで楽しむこともあれば、通勤時間や家事の最中などにはイヤフォンを使うこともあると思います。皆さんにはTechnicsの完全無線イヤフォン「EAH-AZ60」を事前に試していただきましたがいかがでしたか?
髙城 さすがいい値段するだけある。俺が普段使ってるイヤフォンとは全然違うなと思いました。
──普段から無線イヤフォンは使われているんですか?
髙城 使いますよ。右と左が線でつながっているタイプと、完全に分離してるタイプの両方を持ってます。どっちも全然安いやつだから当たり前かもしれないけど、今回試させてもらった「EAH-AZ60」のほうが断然音がよかった。
──サウンド的な魅力というと?
髙城 ceroは今日の「CIRCLE」がひさしぶりのライブだったので、予習として自分たちの曲をこれで聴いてみたんですよ。僕が普段使っているイヤフォンと比べると、分離がいいからなのか、音の部品が粒立っていて無闇に音量を上げなくて済むから疲れを感じなかった。最近、年を取ってきたからなのか耳鳴りがすることがあって、イヤフォンを使いすぎるのはヤバいのかなと思ってたところだったんですよ。でも、普通にいいものを使えば音量をあまり上げなくても音楽を楽しむことができるんだと気付かされました。
──ちなみに自分の音源を聴くとなると、そのジャッジも厳しくなりませんでした?
髙城 確かに、制作の過程を知ってるからね(笑)。これを試して思ったのは、特に僕みたいに安物のイヤフォンで音楽を聴いていると、音楽というものを時間の展開で「こう来たか」みたいなふうにしか批評できなくなるというか。楽曲の一連の流れだけを追って「A、B、Cがあって、こう来たか。なるほど」みたいな喜びだけに集約されてしまうんじゃないかと思っていたんです。でも、作り手は「あえてこの音は右に振ろう」とか「ここにこの音を忍ばせておこう」とか、空間のデザインもしているわけじゃないですか。そういう遠近感や空間のデザインみたいなものって、安価な音響で聴いていると同一線上にしかならないというか二次元的になっちゃう。安くて便利なのはいいことなんだけど、そういうところを評価する耳はなくなっちゃうよなと、ぼんやり考えてました。
──なるほど。ちなみに「EAH-AZ60」で聴くceroの音楽はどうでした? 髙城さんが聴いてほしい音は鳴っていましたか?
髙城 うん。すげえいい曲だなと思ったし(笑)、聴いていて「そういえばこんなふうに作ってたな」とか思い出しました。自分たちが作った楽曲でもリリースして2ミックスの世界に行っちゃうと、制作時のこだわりみたいなものは徐々に忘れちゃうんですよね。でも、今回「EAH-AZ60」を使ってみて「こういう空間作りをしてたんだよな」とか当時の記憶がよみがえってきて。
──橋本さんはどうですか?
橋本 僕は髙城くんとは逆で、音がよかったからどんどん音量を上げてみたんですよ。それでどこまでが破綻しないバランスなのかなと試してみたんですけど、大きい音でも問題なく聴けました。僕も普段は無線イヤフォンを使っていて、それは好みの音なので気に入っているんですけど、だいたい新しいものに手を出したときに落ち込むことが多いんですよ。いい音なのかもしれないけど、好きじゃないということが多くて。でも、今回試させてもらった「EAH-AZ60」の音は個人的に好きだし、みんなも好きなんじゃないかなと思いました。フラットというか、変に味付けしてない感じがいいですね。
──ceroの楽曲は聴かれました?
橋本 ceroは聴いてないんですけど、自分のソロの音源を聴いたら、音質がよすぎてミックスをやり直したくなり、ちょっと落ち込みました(笑)。
──荒内さんは普段、無線イヤフォンは使いますか?
荒内 いえ、初めて使いました。僕は基本的に無線というものを信用していないので(笑)。
──有線派と無線派で意見が分かれることも少なくないですからね。そんな有線派の荒内さんから見て、今回試してもらった「EAH-AZ60」はどうでした?
荒内 全然問題なかったです。僕の無線イヤフォンに対しての懐疑的な気持ちは思い込みだったんだなと。サウンドに関しては、どこかの帯域が強調されすぎていないというか、誠実な音だなという印象を受けました。
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それぞれのバックグラウンドがわかるレコード