「Music & Me ~クリエイターが語る音楽と私~」第3回|イラストレーターKYNE&NONCHELEEEに聞くレコードの魅力

さまざまなクリエイターに話を聞き、音楽と創作活動の分かちがたい関係を探る企画「Music & Me ~クリエイターが語る音楽と私~supported by Technics」。第3回は福岡を拠点に活躍するイラストレーターKYNEとNONCHELEEEをゲストに迎えてお届けする。iriのジャケットでもおなじみ、モノトーンの線画でクールな表情の女性を描く独自のスタイルで国内外のアートシーンで人気を集めるKYNE。一方のNONCHELEEEも、cero、YOUR SONG IS GOOD、FNCYといったアーティストのビジュアルを手がけ、そのユーモラスかつ味わい深いタッチで注目を浴びている。2人の独創的な作風は福岡の地でどのように育まれていったのだろうか? 彼らが運営しているON AIRにて、Technicsのターンテーブル「SL-1200」シリーズの最新モデル「SL-1200MK7」でお気に入りのレコードを聴いてもらいつつ、話を聞いた。

取材・文 / 宮崎敬太撮影 / 河原諒子動画撮影 / Ubird

Technics「SL-1200MK7」

Technics「SL-1200MK7」

世界中のDJがプレイする現場で使われ続ける「SL-1200」シリーズの最新機種。ダイレクトドライブモーターやプラッター、シャーシなどすべてを一新しながら、トーンアームや各種操作スイッチなどの配置は「SL-1200」シリーズのレイアウトをそのまま踏襲し、これまでと変わらない操作性を実現している。ボディはブラックおよびシルバーの2色展開。

福岡は異ジャンルの人たちともつながれる街

──お二人はどのような経緯でグラフィックアーティストになられたんですか?

NONCHELEEE 僕は自分のバンドのCDやカセットのジャケを自ら描き始めたのがきっかけですね。そしたらわりとすぐにceroからグッズのイラストの依頼があったり。あとはYOUR SONG IS GOODとかカクバリズム周辺の方々から面白がっていただきバーッと広がりました。ZEN-LA-ROCKさんも、描き始めた時期に「こういう絵を描いてるんです」って会いに行ったらすぐにアートワークを依頼してくださりました。

NONCHELEEE

NONCHELEEE

──最初から音楽仲間のネットワークで広がっていった?

NONCHELEEE いや、バンド時代はかなりひもじかったので、ずっと飲食店でバイトもしてたんです。その流れで魚をより知りたくなって、鮮魚店に入って魚の絵を描き始めました。そしたら飲食店の先輩たちが面白がってくれて、看板とかを描かせてもらえるようになったんです。なので、自分は音楽と飲食の2つが軸。めっちゃ端折ってますが、そんなこんなで7年前くらいに独立して今に至ります。

NONCHELEEEがアートワークを手がけたceroのTシャツ。(提供:カクバリズム)

NONCHELEEEがアートワークを手がけたceroのTシャツ。(提供:カクバリズム)

NONCHELEEEがアートワークを手がけたFNCY「LIFE IS WONDER」ジャケット。(提供:FNCY)

NONCHELEEEがアートワークを手がけたFNCY「LIFE IS WONDER」ジャケット。(提供:FNCY)

──KYNEさんは?

KYNE 僕はもともとグラフィティが好きで、高校生のときに独学で絵を描き始めました。18歳くらいで親不孝通りにあるグラフィティ関連のショップやクラブイベントに行くようになって、アパレルの人やミュージシャンと知り合ったんです。そこからTシャツを作ったり、作品の展示をしたりするようになりました。

KYNE

KYNE

──KYNEさんというとポップな作風という印象がありますが、ルーツはストリートなんですね。

KYNE そうですね。ターニングポイントは俳優の村上淳さんが僕の作品を見つけてくれたことです。僕は自分の絵をステッカーにして友達にあげたり、いろんなところに貼ったりしていたんです。それを福岡にDJをしに来た村上さんが偶然見かけて。しかも誰が描いたのか探してくれたんです。実際にお会いしたのは1年後。そこから雑誌で紹介していただいたり、一緒にアパレルを作ったりするようになりました。

──iriさんのジャケットや、藤原ヒロシさんのミュージックビデオでもおなじみのあの女性を描くスタイルはいつ頃できたんですか?

KYNEがアートワークを手がけたiri「2016-2020」アナログ盤ジャケット。(提供:ビクターエンタテインメント)

KYNEがアートワークを手がけたiri「2016-2020」アナログ盤ジャケット。(提供:ビクターエンタテインメント)

KYNE 2010年頃です。美術系の大学に進学してアカデミックな勉強もひと通り経験しつつ、同時にグラフィティライターの人たちとも交流していました。当時はわりと写実的というか、写真っぽい絵を求められることが多かったんですが、個人的にあまり面白みを感じなくなってきて。学校で習っていた日本画や興味があった版画の要素を混ぜていった結果、今の画風になりました。グラフィティやストリートのカルチャーには「1つのモチーフをしつこく続ける」っていうセオリーがあるんです。名前や文字じゃなく、モチーフをアイコンにして、それがシグネチャーになっていくというか。僕がこのスタイルで描き続けるのはそういったマナーに則ってるからです。

──お二人の出会いを教えてください。

NONCHELEEE お互い近い界隈にいたこともあって、今一緒に「ON AIR」をやってる共通の友達のkazuma Ogataが引き合わせてくれました。初めて会ったとき、僕ら外でビールを飲んだんですよ。当時、その友達が東京でインターネットラジオをやっていて、「俺たちも福岡でそういうことをやりたい」みたいな話で超盛り上がったんです。しかも飲みの場の話題として流れず、「本当にやろう」ってすぐ2人で物件を探し始めました。お互い作業する場所が欲しかったのもあるし。そしたらお世話になってる飲食店「つどい」のギュウさんがいい物件を教えてくれて、速攻で内見して、翌日に契約しました。

福岡市内の建物に描かれている「ON AIR」のビルボード。

福岡市内の建物に描かれている「ON AIR」のビルボード。

──まさに意気投合ですね。

NONCHELEEE そうですね。あと僕らにはポイントポイントで引っ張り上げてくれる人がいる感じはあります。

──それは福岡特有のものなんでしょうか?

NONCHELEEE それはあるかもしれない。東京に比べると街自体の規模が小さいので、人が集まる場所も限られていて、会いたい人にはだいたい会えるんです。

KYNE そうだね。東京だったら交わらない異ジャンルの人たちともつながれちゃう。会えるチャンスは多い気がしますね。

仕事場では女性ボーカルを聴くことが多いかも

──お二人がどんな音楽に影響を受けてきたかもお伺いしたいです。

NONCHELEEE 中学時代はGLAYに憧れてました。GLAYみたいになりたいという一心でギターを始めたのに、入学した高校ではギタリストが多すぎてベーシストに転向することになって。大学に入ってもガンガンバンドをやってて、ノイズとかも好きになって、その頃から宅録を始めるみたいな。

──GLAYからノイズバンドに至るミッシングリンクをお伺いしたいです(笑)。

NONCHELEEE GLAYがレゲエを取り入れた「ひとひらの自由」という曲でレゲエを知ったんです。同じ頃、中古CD店でUAさんの「turbo」というアルバムに出会って。あの作品は朝本浩文(元AUTO-MOD、元MUTE BEAT、Ram Jam World)さんがプロデュースしてる曲が多くて、レゲエやダブを中心にいろんな音楽の要素が入ってるんです。「リンゴ追分」のカバーをLITTLE TEMPOが編曲してたり。そこから「茶の味」という映画のサントラをチェックしたり、一気に自分の音楽の幅が広がっていきました。

NONCHELEEE

NONCHELEEE

──「茶の味」はLITTLE TEMPOが劇中音楽を手がけてましたもんね。

NONCHELEEE そうですね。個人的にはLITTLE TEMPOが参加してる「turbo」がデカかったです。あの作品から本格的にレゲエに興味が出てきたし、いろんなジャンルの音楽を聴いてみたくなって。

──確かにあのアルバムは、青柳拓次(Little Creatures)さんが「男と女」でアフロビートっぽい曲をやりつつ、同時に浅井健一さんも何曲か参加していたり、今考えるとすごいバランス感で成立していた作品だと思います。

NONCHELEEE あと僕にとってデカかったのが、大阪の難波ベアーズというライブハウスです。18歳のときに、当時参加していたバンドnontroppoのツアーで初めて行ったんですよ。そこで観たオシリペンペンズに衝撃を受けました。音楽のあり方っていうか、ノイズだったり、スカムっぽいバンドがカッコいいなと思うようになって。

──BOREDOMS以降の“関西ゼロ世代”と呼ばれたバンドたちですよね。ZUINOSINとか。

NONCHELEEE はい。超影響を受けました。

──KYNEさんはどんな音楽を聴いてきたんですか?

KYNE 僕の場合、ノンチェくんでいうGLAYが氣志團でした。ある日、姉が氣志團のVHSを借りてきたんですよ。メジャーデビューするタイミングにリリースしたやつ(「氣志團現象(1) ~さよならの果実たち」)。それが衝撃的すぎました。「なんだこのバンドは!」って。もともとヤンキーカルチャーに興味があったからすぐ夢中になりました。しかもあの人たちは昭和カルチャーをオマージュしまくってるじゃないですか。そこに気付いてから自分で元ネタを探すようになって、80年代のバンドや、歌謡曲、アイドルに興味が移っていったんです。

KYNEがアートワークを手がけた中山美穂「All Time Best」初回限定盤ジャケット。(提供:KING RECORDS)

KYNEがアートワークを手がけた中山美穂「All Time Best」初回限定盤ジャケット。(提供:KING RECORDS)

──それと同時にグラフィティカルチャーにも興味を持った感じですか?

KYNE そうですね。ヤンキーの人たちがスプレーで描いた「●●参上!」みたいな落書きってすごく怖いじゃないですか(笑)。その反面、興味もあって。同じように、グラフィティのキャラもモチーフはかわいいのに、なぜか怖い(笑)。僕にとってはどっちもカッコよくて。最初は違いもわかってなかったけど、いろんな出会いの中でヤンキー、スケーター、ヒップホップといったカルチャーが自分の中でクロスオーバーしていったんです。

KYNE

KYNE

──暴走族の落書きもグラフィティも根本は同じですからね。風土が違うからアウトプットが異なっているだけで。氣志團のスタンスもサンプリングですし。KYNEさんの作風に通じる音楽遍歴ですね。

KYNE そうなんですよ。

──2人はインターネットラジオの話題で意気投合して、現在はこの「ON AIR」というアトリエ兼ショップを運営されているわけですが、当時はどんな音楽を聴いていたんですか?

NONCHELEEE 今とそんなに変わらないかもしれない。KYNEちゃんは歌謡曲の7inchでDJしていて。僕はレゲエとかいろいろ。

「ON AIR」看板。

「ON AIR」看板。

「ON AIR」内観。

「ON AIR」内観。

──では最近お気に入りの曲を教えてください。

NONCHELEEE 締切でめっちゃ追い詰められてると、日本語の女性ボーカリストの曲を聴きます。カネコアヤノさんの弾き語りとか。

KYNE 僕はFurui Rihoさんかな。ノンチェくんも僕も女性ボーカリストの曲を聴くことが多いかもしれない。