ナタリー PowerPush - agraph
石野卓球の秘蔵っ子が紡ぎ出す 優しいエレクトリックミュージック
胸ポケットに遺書を忍ばせながら卓球さんに自作曲を聴いてもらった
——卓球さんのスタッフとして仕事をしながらも、自分の中ではミュージシャンでやっていく心づもりでいたんですか?
そうですね。アーティストになるための勉強のつもりでスタッフを続けてたので、僕はエンジニアになるつもりはありませんでしたし、それについては卓球さんにも最初から了承していただいてました。小学校四年生でaccessに出会った瞬間から僕の夢はアーティストですから(笑)。
——当時作っていた曲も今のようなエレクトロニカだったんでしょうか?
実はもともとエレディスコとかイタロディスコとかが好きでそういうのばかり作ってたんですが、platik(石野卓球が主宰するレーベル)のコンピ「GATHERING TRAXX VOL.1」に入れてもらった「colours」っていう曲で今のスタイルにガラッと変わったんです。これは自分にとってターニングポイントでしたね。
——最初はイタロディスコだったんですか。その大胆な方向転換にはなにか理由があったんですか?
そのコンピを作ろうってときに、卓球さんから「ちょっと曲聴かせてみろよ」って声をかけていただいたんですが、当時の自分の曲を聴いてもらったら、それはもうけんもほろろに言われてしまって(笑)。「おまえ、これヤバイよ。他の奴らもっとスゲーよ?」みたいな。自分としても、その段階で卓球さんのアシスタントを3年もやってたのにこの程度かよと思って。
——うわぁ……。それはキツいですね(笑)。
イタロを作ってるときは世界観やイメージをかっちり考えて作ってたんですけど、そのやり方がぜんぜんダメって言われたわけですからねえ。だからもういいやと。自分に嘘を付かないで、等身大の自分を出そうと。そう思って作ったのがその「colours」っていう曲だったんです。僕の部屋って西向きに窓ガラスがあって、この曲を作ってるときに夕陽がすごく綺麗だったんですよ。田舎だから家の周りに何もなくて、窓の外では野原で農家のおっさんがクズを集めて焚き火してて、下は真っ暗闇で火しか見えないんだけど、空はすごいグラデーションで。それ眺めながら「colours」を大音量で聴いてたら、自分でも鳥肌が立つくらいカッコよかったんです。そのときに「あ、この曲はこれでもういいや」って。この瞬間があったからこの曲には意味がある。もし卓球さんにダメだって言われても納得できるなって。そう思って卓球さんに聴いてもらったら、「これすごく雰囲気あって良いじゃん」って言ってコンピの1曲目に入れてくれたんですよ。
——でもそんなにヘコまされてしまったら、新しい曲をまた卓球さんに聴いてもらうのは勇気がいりますよね。
そりゃあもう! その後、7曲くらいデモができたときも胸ポケットに遺書を忍ばせながら聴いてもらいましたよ(笑)。ちょうど電気グルーヴの「YELLOW」を作ってるときだったと思うんですけど、瀧さんももう帰っちゃってて。卓球さんに「最近作ってる曲はエレディスコとかイタロディスコじゃないんですよ」って話したら、「へえ、じゃあまた聴かせてよ」って。でもその曲ってイタロと違って自分に嘘を付いてないすごくパーソナルな音楽だから、これでダメって言われたら全人格を否定されてる感じになるなと思って。だからiPodの再生ボタンを押して「ちょっとビール買ってきまーす」ってコンビニに逃げたんです(笑)。
——(笑)。
で、ビール買って帰ってドア開けたら、卓球さんがすごい深刻な顔をしてるんですよね。うわーっ! 死にてーっ! ってパニックになってたら、卓球さんがこっちの方を振り返って「ちょっとこれおまえ、ホントすばらしいな」って言ってくれて。それから何回もずーっと聴いてくれました。僕が嘘を付かないでやったことを卓球さんに認めていただけたのがホント嬉しかったですね。自分の曲をまとめて人に聴かせるのはこれが初めてだったんですけど、卓球さんが「これは世に出していろんな人に聴かせるべき」って、ディレクターさんも「すごく良いからCD出そう」って言ってくれて、アルバムを作ることになったんです。
テクノの制作に携わった経験と、エレクトロニカを聴いてきた経験
——最初、牛尾さんが卓球さんのエンジニアという話を聞いてイメージした音と、実際にagraphのCDを再生して出てきた音がぜんぜん違っていて驚きました。四つ打ちの曲がほとんどないのもすごく意外でしたし。
ぜんぜん違いますよね。でも卓球さんは「俺ら界隈でこういう音が出てるっていうのは面白い。俺やTASAKA、KAGAMI、RYUKYUDISKOなんかの模倣じゃなくて、その現場で得たものを咀嚼して再構築した音って感じがする」と評価してくれて。実際に方法論としてテクノ的な曲の作り方をしてますし、音楽制作してる方が聴けば僕の音はテクノを通過したものだとわかってくれると思います。
——エレクトロニカはもともと好きだったんですか?
エレディスコばっかり作ってましたけど、エレクトロニカもすごく好きなんですよ。そもそもアートに興味があったので、その流れでRASTER NOTONとかカールステン・ニコライも大好きだったんです。ただ僕、アンビエントをまったく聴かないんですよね。今回のアルバムがほとんど完成した段階で、みんなから「これはアンビエントだ!」って言われて。で、ブライアン・イーノとかGLOBAL COMMUNICATIONを薦められて聴いたんですけど、なるほどこういう音楽もあるんだなぁ、と。いや、偉そうな言い方になっちゃいましたけど別に「俺の方が先だ!」みたいなことじゃなくて(笑)。最近になってそういう音楽があったんだなって発見したんです。
——agraphについて「チルアウトミュージック」だという情報は聞いていたんですが、曲を聴いてそれだけじゃないなと思ったんですよ。ダンスミュージック的なマナーも随所に感じられて。確かにチルアウトミュージックなんですが、かといっていわゆるアンビエントとか癒しの音楽とか、そういうものとは別なものだなと思ったんですよ。
そうそう、まさにその通りで。テクノやエレディスコの制作に携わってきた経験、そしてエレクトロニカを聴いてきた経験が僕の中にあって、その2つのあいのこなんですよね。
——卓球さんたちと一緒に仕事をしてきた経験で、agraphのサウンドに反映されているものは具体的に何ですか?
いろんなスタジオワークを見て学んだのは楽曲の機能性ですね。例えば「キックとハットとスネアがただ鳴っていればいいってものじゃなくて、それらの歯車を噛み合わせて全体が動くことでリズムは成立するんだ」とか。卓球さんの曲作りを初めて見たときにビックリしたんですけど、やってることは自分の手法と一緒だったんですよ。それなのにあんなにすごい曲を作ってる。僕と卓球さんは何が違うんだろうって、ずっと謎だったんです。でも最近分かってきたんですが、卓球さんはその歯車の回し方というか、どうやって機能的に楽曲を作っていくかを意識してる。楽曲に対してひとつ高い視点で物事を考えてるんですよ。自分とは見ているところが違うんだって気付かされました。これはスタジオワークを通して一番勉強になったことですね。
CD収録曲
- gray, even
- in gold
- and others
- quietude
- ohma
- still in there
- one and three lights
- turn down
- cyanback
プロフィール
agraph(あぐらふ)
牛尾憲輔のソロユニット。2003年よりテクニカル・エンジニアとして石野卓球、電気グルーヴ、RYUKYUDISKO、DISCO TWINSの音源制作やライブをサポート。2007年に石野卓球主宰レーベル・platikから発表されたコンピレーションアルバム「GATHERING TRAXX VOL.1」にkensuke ushio名義で参加。agraphとしては2008年12月3日リリースのアルバム「a day, phases」が初の作品となる。