ナタリー PowerPush - agraph
石野卓球の秘蔵っ子が紡ぎ出す 優しいエレクトリックミュージック
電気グルーヴや石野卓球、RYUKYUDISKO、DISCO TWINSをサポートしてきたエンジニアの牛尾憲輔が、agraph(アグラフ)名義で12月3日にデビューアルバム「a day, phases」をリリースする。彼のキャリアを聞いた多くの人は、その楽曲をダンサブルな四つ打ちテクノと想像するだろう。しかしこのアルバムに収められているのはそんな予想を裏切るような、Aphex Twinやμ-ziqらのアンビエント作品にも近い静謐で穏やかなエレクトロニカサウンド。日没から夜明けまでの流れがCD1枚を通して描き出され、メランコリックな電子音が聴く者に美しく鮮やかな情景をイメージさせてくれる。
そんなagraphの魅力により深く接近するべく、ナタリーでは今回インタビュー取材を実施。彼の人生を変えた石野卓球との出会いやデビューまでのいきさつ、楽曲に込められた想いなど、さまざまな興味深いエピソードを聞くことができた。
取材・文/橋本尚平
出会って10分後に、卓球さんが「一緒にアルバム作ろうよ」って
——まず、音楽を始めたきっかけについて教えてください。
僕の家は音楽教室で、生まれたときからピアノとエレクトーンがあったんです。兄弟も全員エレクトーンをやってたので、幼稚園のころにそれを見て格好いいなと思ってピアノを始めたのが最初のきっかけだと思います。で、小学校四年生くらいの時にaccessに出会って……この話をするとみんな笑うんですよねえ(笑)。電子楽器に囲まれたマエストロのような浅倉大介さんの姿を見て、俺にはこれしかないなと。浅倉さんや小室哲哉さんが痩せていたので、やっぱりミュージシャンは痩せてなくちゃダメだよなあと思って、それ以来運動するのもやめました(笑)。
——打ち込みから入ったわけじゃなくて、もともときちんと楽器演奏を勉強していたんですね。
打ち込みは中学生の終わりくらいから始めたんですが、そのときはホントに単なるaccessのコピーで。当時、小室さんが使ってたYAMAHAのEOS-B900を買ったんですよ。スピーカー内蔵だから他に何もいらないし、なんかいろんな機能も付いてるし、これだけで曲が作れるらしいって聞いて。シンセサイザーの基礎や概念的なことはそこで学びました。
——オリジナル曲を作り始めたのはいつごろからですか?
高校を卒業してバイト代でコンピュータやシンセを買ってからです。大学で映画を作っている人たちに頼まれて映像に音を提供したりとか。あと、大学の先生のツテで応募したNTT西日本のウェブCMのコンペに受かったことがあって、故郷の夏祭りを彷彿させる曲というテーマでピアノ曲を書いたりしてました。
——牛尾さんは電気グルーヴや石野卓球、RYUKYUDISKO、DISCO TWINSなどのテクニカルエンジニアを担当しているとのことですが、どういう経緯でその仕事に就いたんでしょうか?
僕は大学で音楽と現代芸術を専攻していて、そこでPro Toolsを触るようになったんですよ。当時Pro Toolsは個人では持てなかったので、そこでちゃんとした使い方を覚えたんです。その後、大学の先生から「Pro Toolsオペレーターの仕事してみないか」と言われて、クラブキングで「S21 スネークマンショー21」って番組の制作に携わることになりまして。卓球さんと知り合ったのはその仕事がひと段落ついたころですね。渋谷WOMBの「STERNE(石野卓球がホストを務めるパーティ)」に遊びに行ったら、卓球さんがバーのあたりで飲んでて。思わず「ファンなんです! 僕は今、Pro Toolsのオペレーターをやってるんですけどミュージシャンになりたいんです! 音楽業界に入るにはどうしたらいいんでしょうか? デモを送ったら聴いてもらえますか?」って話しかけちゃって、そうしたら卓球さんに「今ちょうどPro Toolsオペレーター欲しかったんだ。ちょっと裏来いよ」って言われたんですよ。「じゃあアルバム一緒に作ろうよ」って。
——えええー!!
それ初対面の10分後くらいですよ? で、その1カ月後くらいに「あー、もしもし、卓球ですけど。明日からスタジオ入るから来て」って電話が。そのときに作ったのが卓球さんのソロアルバム「TITLE#1」と「TITLE#2+#3」ですね。
——でも、牛尾さんがどんな音楽をやってるかとか、そのとき卓球さんはぜんぜん知らなかったんですよね?
その時点ではまったく知りません。そうこうしてるうちにもう6年目になりますかね。それ以来、卓球さんの音源に関してはほぼ9割方一緒にやってると思います。何年かして卓球さんのマネージャーに「おまえ図々しいよなあ」って言われました(笑)。あっ、現在はスタッフ募集してませんってちゃんと言っとかないと、卓球さんがクラブに行きづらくなってきますよね(笑)。
——まさにシンデレラストーリーですね。
そうそう、僕は実家住まいだからいつも深夜12時ピッタリに家に帰るんですよ。だからみんなから「シンデレラボーイ」って呼ばれてて(笑)。終電が来ると魔法が解けるっていう(笑)。あと、卓球さんと仕事を始めたとき僕は大学2年生だったので、最初の2年くらいは卓球さんが曲を作ってる後ろで試験勉強してました(笑)。
CD収録曲
- gray, even
- in gold
- and others
- quietude
- ohma
- still in there
- one and three lights
- turn down
- cyanback
プロフィール
agraph(あぐらふ)
牛尾憲輔のソロユニット。2003年よりテクニカル・エンジニアとして石野卓球、電気グルーヴ、RYUKYUDISKO、DISCO TWINSの音源制作やライブをサポート。2007年に石野卓球主宰レーベル・platikから発表されたコンピレーションアルバム「GATHERING TRAXX VOL.1」にkensuke ushio名義で参加。agraphとしては2008年12月3日リリースのアルバム「a day, phases」が初の作品となる。