映画「レ・ミゼラブル」 PR

「レ・ミゼラブル」特集|レミゼじゃないレミゼが描く貧困、分断、格差……フランスで生まれた“みじめな人々”の怒り

2019年5月、第72回カンヌ国際映画祭で1本のフランス映画がセンセーションを巻き起こした。新人監督の長編デビュー作にしてコンペティション部門の審査員賞を獲得した「レ・ミゼラブル」だ。

舞台となるのは、フランスの作家ヴィクトル・ユゴーの代表作「レ・ミゼラブル」にも登場するパリ郊外の街モンフェルメイユ。アフリカからの移民として同地で育った新鋭ラジ・リは、“みじめな人々”を意味するこのタイトルを用いて、人種や宗教間の対立、貧困など現代社会が抱える問題を圧倒的な緊迫感で描き出した。2月28日の封切りに先駆け、映画ナタリーではパリ在住の文化ジャーナリスト佐藤久理子にレビューを依頼。彼女が映画に見た本物の痛み、絶望とは。後半には現在のモンフェルメイユとドキュメンタリー出身監督であるラジ・リについてのコラムも掲載している。

文 / 佐藤久理子(レビュー)、奥富敏晴(コラム)

貧困、分断、格差……昨今の映画が描く“レ・ミゼラブル”

近年、日本の「万引き家族」、韓国の「パラサイト 半地下の家族」、アメリカの「ジョーカー」、イギリスの「家族を想うとき」など、各国の映画界から同時多発的に貧困、分断、格差をテーマに描いた映画が生まれている。フランスから誕生した「レ・ミゼラブル」も、その流れの1本に位置付けることができるだろう。本作で描かれるのも失業や生活難、犯罪、麻薬が日常風景の一部という地域に生きる人々の姿だ。移民とその子孫が人口の4分の1以上を占めながら、政治的にも移民排斥の態度を強めてきたフランス。今、社会に見捨てられた人々の“怒り”が鮮烈に映し出される。

レビュー 佐藤久理子

本物の痛み、絶望が声になった、
フランスの今を代表する「郊外(バンリュー)映画」

文 / 佐藤久理子

「レ・ミゼラブル」

「郊外(バンリュー)映画」もついにここまで来たか、というのが本作を初めて観たときの率直な感想だ。一切の手加減なしに、住民対警察、異なる宗教のコミュニティ同士の対立による暴力の炎上が、スピーディな展開と鬼気迫る緊張感で描かれている。

移民が多く集まる郊外を舞台にした社会派や、アクション系などを主体にした「郊外映画」は、いまやフランスではひとつのジャンルと言っていいほどに作られている。だが本作は、例えばマチュー・カソヴィッツの「憎しみ」(1995年)とも、ジャック・オディアールの「ディーパンの闘い」(2015年)とも異なる、詩情や審美的な側面を排除した、極めてリアリスティックな映画だ。

おそらく、雑誌で見る「パリ特集」のイメージに親しんでいる観客には相当なショックだろう。私自身も、長年パリに住みいろいろな局面を見てきたつもりではあるものの、クライマックスの暴動シーンはショッキングで鳥肌が立った。しかし、監督によればこれはすべて彼自身が経験したことであり(少年のライオン誘拐も、アパートの放火も)、彼曰く、「これが今のフランスの現実」なのである。だから本作を「娯楽映画」と称するのに、私は抵抗がある。そこには本物の痛み、絶望が横たわっているからだ。

「レ・ミゼラブル」

ラジ・リはしかし、そんな「現実」をスクリーンに描き出すにあたって、極めて周到に、巧みな構成力を発揮してみせた。

冒頭、2018年のサッカーW杯フランス優勝の際の、シャンゼリゼで国民がひとつになった熱狂ぶりに始まり、シーンが切り替わると、郊外の落書きだらけの低所得者用住宅が並んだ、殺伐とした風景になる。陶酔が過ぎ去ったあとにずしんと現実に向き合わされるこの落差。アパートの屋上でドローンを操って、近所の女の子をのぞき見することをささやかな楽しみとするオタク少年の存在は、映画の後々重要な役割を担う。

さらに穏やかな地方からこの地に転勤してきた新参の警官の目を通して、街の勢力図、住民たちの分布、人間関係が首尾よく語られていく。観客は、このもの静かで公正な立場を保つ警官に共感し、彼のまなざしを通してその驚きをわかち合っていくのである。

「レ・ミゼラブル」

映画の中のセリフにあるように、この街の住人は怒ることでしか主張する方法がない。なぜか。誰も彼らの言葉に耳を傾けようとしないから、リスペクトがないから、毎日ストレスにさらされているから、暴力の中で生きているから。ここでは貧困が無教養、無寛容を生み、それがリディキュラスな対立と暴力を助長し、力を誇示することでしか生き残れない。

実際にこの映画の舞台となったモンフェルメイユで生まれ育ち、暴力を目の当たりにしてきたラジ・リは、「それは住民だけではなく、警官にとっても同様だ。彼らもまた安月給で、毎日危険と隣り合わせのぎりぎりの状況の中で生きている」と語る。だからこそ、この悪循環の連鎖をどこかで断ち切る抜本的な対策が施されなければ、状況は変わらないだろう。

残念ながらフランスには、モンフェルメイユのような街はたくさん存在する。そうして移民問題、格差社会は改善されるどころかますます悪化をたどっているのが現状だ。

「レ・ミゼラブル」

この映画には、悪役もヒーローもいない。いるのはただ、リアルな人々だけ(出演者はプロから素人まで、この街か郊外の出身が多い)。だがそんな彼らがたたき付ける爆発的なパワーこそが本作の凄みなのだ。なぜならこの物語を誰も、「作り物だ」とやり過ごすことはできないから。フランスで200万人以上の動員を記録したという事実が、その真価を物語っている。