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- ジブリのこの10年を振り返る年表
「君の10年を力を尽くして生きなさい」──これは「風立ちぬ」に登場したジャンニ・カプローニが、主人公の二郎に向け、夢の中で語った言葉。宮﨑駿が敬愛する作家・堀田善衞のエッセイの一節に触発されて書いたセリフだった。長編アニメーションからの引退を表明した2013年9月の記者会見において、その先の10年を「あっという間に終わるだろうと思っています。(中略)これからはさらに早いだろうと思うんです」と話していた宮﨑。「風立ちぬ」から「君たちはどう生きるか」に至るまでの10年、宮﨑駿とスタジオジブリはどのように力を尽くしてきたのか。その後も含めた現在までの歩みをたどる。
文 / 奥富敏晴
- 「風立ちぬ」劇場公開
零戦の設計で知られる堀越二郎と文学者の堀辰雄の実人生をもとに、飛行機への美しい夢と日本が戦争に突入する閉塞感に満ちた時代を描いた。主人公・二郎の姿に宮﨑自身を投影したかのような集大成の1作。
- 宮﨑駿 引退会見
東京都内で記者会見を開き、長編映画の制作からの引退を表明した宮﨑駿。それまでも何度か引退を示唆することはあったが、このときは「今回は本気です」「僕の長編アニメーションの時代ははっきり終わった」と明言した。国内外合わせて600名以上の報道陣が集まり、世界中から引退を惜しむ声が上がった。
- 「かぐや姫の物語」劇場公開
高畑勲の14年ぶりの待望の新作にして、“物語の祖(おや)”とも言われる「竹取物語」の映画化。当初は「風立ちぬ」との同日公開を目指したが、制作の遅れにより実現には至らず。しかし、長年スタジオジブリの両翼を担った宮﨑と高畑の新作が、夏から秋にかけて連続で公開されたジブリファンには忘れられない年となった。
- 「思い出のマーニー」劇場公開
「借りぐらしのアリエッティ」を手がけた米林宏昌による長編2作目。宮﨑駿は企画の発端に少し関わったものの、制作にはほぼノータッチで、高畑勲監督作以外の劇場用長編ジブリ作品としては、初めて「宮﨑駿」の名前がクレジットされていない作品となっている。
- スタジオジブリ 制作部門の休止が明らかに
ドキュメンタリー番組「情熱大陸」(TBS系)に鈴木敏夫が登場。この番組で鈴木の口から宮﨑駿の引退に伴う「ジブリの制作部門の休止」が明かされた。2014年末をもって制作部門はいったん閉じ、所属していた制作スタッフもそれぞれが違う場所で活躍を始めていく。
- 宮﨑駿にアカデミー名誉賞
アメリカの映画芸術科学アカデミーが類いまれな業績を残した世界の映画人に贈るアカデミー名誉賞。日本人への授与は黒澤明に続く24年ぶり2人目で、宮﨑はロサンゼルスでの授賞式に出席した。
- 宮﨑駿「毛虫のボロ」準備作業を開始
宮﨑駿が長年温めていたという“虫の目から見た世界”を描く短編の企画を始動させ、半年ぶりに制作部門が部分的に復活。宮﨑は初挑戦となるCGによるアニメーション表現に向き合うが、作っていくうちに徐々にCGの比率は少なくなった。こうした作業を進める中で、若い力を借りながら新たな長編アニメーションを作る構想が芽生え始めたという。
- 宮﨑駿「長編企画 覚書」を鈴木敏夫に手渡す
宮﨑駿自ら新たな長編アニメーションを作ることの年齢的な問題点、そして今の時代に作る映画はどのような内容が望ましいのかを記した「長編企画 覚書」。「戦時下を舞台にした映画。時代を先どりして、作りながら時代に追いつかれるのを覚悟してつくる映画」という「君たちはどう生きるか」を連想させる記述もある。
- 「レッドタートル ある島の物語」劇場公開
スタジオジブリの長編の中で唯一海外にて制作された作品で、監督は短編「父と娘(旧邦題:岸辺のふたり)」で知られるマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット。高畑勲がアーティスティック・プロデューサーとして作品を支え、導いた。本作の制作が進むジブリの空気は、少なからず宮﨑駿の長編復帰に影響を与えたという。
- 宮﨑駿が長編企画準備中 対外的に明らかに
宮﨑駿による短編「毛虫のボロ」制作の舞台裏を追うドキュメンタリー「終わらない人 宮﨑駿」がNHKでオンエア。この番組の最後、新たな長編アニメーションの企画を準備している宮﨑の姿があり、長編制作への復帰の可能性が初めて対外的に示された。
- 宮﨑駿の長編復帰 事実上決定
「毛虫のボロ」の制作と並行して新たな長編アニメーションの絵コンテを描き進めた宮﨑駿。鈴木敏夫は当初反対をしたが「冒頭20分の絵コンテを描くから、これが面白いかどうか判断してほしい」と依頼された。年末にその絵コンテを見た鈴木は、大いに悩みながらも「やりますか」「絵コンテ、面白かったです」と伝え、長編映画を作る覚悟を決めたという。
- 宮﨑駿「引退撤回」を正式表明
スタジオジブリが新作のスタッフ募集を開始し、宮﨑駿が長編映画を作ることを世間に対して正式に表明した。公式サイトには「宮﨑監督は『引退撤回』を決断し、長編アニメーション映画の制作を決めました。作るに値する題材を見出したからにほかなりません。年齢的には、今度こそ、本当に最後の監督作品になるでしょう」と掲載。世界中の応募者の中から11人の新人が選ばれ、同年10月から新作に向けての研修が始まった。
- 新作のタイトルは「君たちはどう生きるか」
作家・半藤一利との公開対談の中で、宮﨑駿が次回作のタイトルは「君たちはどう生きるか」であることを明言。翌月にはスタジオジブリが書面を通じて新作のタイトルを正式に発表し、鈴木敏夫は「『風立ちぬ』では終われない。宮さんの面目躍如は、やはり“冒険活劇ファンタジー”だった」と説明した。
- 「毛虫のボロ」三鷹の森ジブリ美術館で上映開始
生まれたばかりの毛虫のボロが、仲間たちや外敵が行き来する世界へと踏み出していく14分20秒の短編。宮﨑駿が原作、脚本、監督を担当し、タモリがボロの声や効果音などを担った。ゼリーのような空気の描写など、部分的にCGを用いている。
- 高畑勲が82歳で死去
スタジオジブリで「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」などを監督した高畑勲。高畑が愛した三鷹の森ジブリ美術館で行われたお別れの会では、盟友の宮﨑駿が「パクさんの教養は圧倒的だった。僕は得難い人に巡り会えたのだとうれしかった」とその出会いから振り返り、「僕らは精一杯あのとき生きたんだ」と別れの言葉を捧げた。
- 絵コンテがストップ
高畑勲の死から「君たちはどう生きるか」の絵コンテを描けなくなったという宮﨑駿。映画の公開後にNHKで放送されたドキュメンタリーには、この夏の時期、高畑の幻影を探し求めるような宮﨑の姿も記録された。
- 高畑勲 回顧展が東京国立近代美術館で開催
初の回顧展にして追悼展にもなった「高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの」。1000点を超える資料から、常に今日的なテーマと新しい表現方法を模索し、戦後の日本のアニメーションの礎を築いた高畑の創造の軌跡に迫った。
- 新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」開幕
宮﨑駿の名作漫画「風の谷のナウシカ」が歌舞伎に。映画では描かれなかった全7巻におよぶストーリーが昼の部、夜の部を通して完全上演された。
- スタジオジブリ長編4作品が全国でリバイバル上映
コロナ禍で新作映画の公開が減る中、「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ゲド戦記」が全国の映画館でリバイバル上映された。興行通信社の動員ランキングでは3週連続で上位を独占。コロナ禍の窮状にあった映画館に活気を取り戻した。
- 「アーヤと魔女」劇場公開
スタジオジブリ初の3DCGアニメーション。当初は宮﨑駿が「ハウルの動く城」と同じダイアナ・ウィン・ジョーンズの原作を気に入り、映像化を検討していたそう。しかし「君たちはどう生きるか」を優先させ、同じく原作に魅了された宮崎吾朗が監督をする運びとなった。
- アカデミー映画博物館 初の企画展は宮﨑駿
ハリウッド映画の中心地、米ロサンゼルスにアカデミー映画博物館がオープン。初の企画展には宮﨑駿が選ばれ、その情熱と美学の根幹に迫る回顧展が行われた。
- 舞台「千と千尋の神隠しSpirited Away」開幕
東宝の創立90周年を記念して東京・帝国劇場で世界初演。橋本環奈と上白石萌音がWキャストで主人公の千尋を演じた。2024年にはロンドンでの海外公演も行われている。
- 「となりのトトロ」舞台化
日本テレビとイギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによって初めての舞台化が実現。ロンドンのバービカン劇場で上演された。翌年4月にはイギリス演劇界の最高峰とされるローレンス・オリヴィエ賞で最多6部門を受賞した。
- ジブリパークがオープン
「森や道をそのままに、自分の足で歩いて、風を感じながら、秘密を発見する場所」をコンセプトにしたジブリパークが愛知県にオープン。最初にできたのは「ジブリの大倉庫」「青春の丘」「どんどこ森」という3つのエリア。以降、2023年11月に「もののけの里」、2024年3月に「魔女の谷」が完成し、全5つのエリアがそろった。
- 「君たちはどう生きるか」の公開が明らかに
東宝が2023年のラインナップを発表し、「君たちはどう生きるか」が2023年7月14日に公開されることが明らかに。同時にポスターも解禁されたが、以降は予告、あらすじ、キャストなどを出さず、“一切宣伝なし”という異例の方針が話題を呼ぶ。
- 「金曜ロードショーとジブリ展」開幕
日本テレビ系の映画番組「金曜ロードショー」の歩みをたどりながら、スタジオジブリ作品の魅力を紹介する展覧会。この開会セレモニー後の取材の中で、鈴木敏夫は「君たちはどう生きるか」の宣伝をしない方針について、「これだけ情報があふれている時代、もしかしたら情報がないことがエンタテインメントになる。そんなふうに考えました。うまくいくかどうかわかりません。わからないけど、それを信じてやる、ということです」と語っていた。
- 「君たちはどう生きるか」劇場公開
宮﨑駿が監督する12本目の長編アニメーションにして「風立ちぬ」以来10年ぶりの新作長編として公開された「君たちはどう生きるか」。第二世界大戦下の日本を舞台に、母を亡くした少年が人の言葉をしゃべる青サギ / サギ男に導かれ、生と死が渾然一体となった不思議な世界に踏み出す冒険活劇ファンタジーとなった。
- スタジオジブリが日本テレビの子会社に
「風の谷のナウシカ」のテレビ放映から40年近くにわたって深い関わりのあった日本テレビ。同社が株式の取得を進め筆頭株主となり、スタジオジブリは今後もアニメーション映画の制作などに専念することが明らかに。鈴木敏夫は会見で「日本テレビに経営の部分をやってもらって、僕らは物作りに没頭しよう」と説明。
- 「ジブリと宮﨑駿の2399日」NHKでオンエア
「君たちはどう生きるか」の約7年にわたる制作過程に密着し、宮﨑駿と高畑勲の関係を軸に作品世界を紐解いていく「プロフェッショナル 仕事の流儀」が放送。映画の世界へ没入するため脳みその“フタ”を開けようとする宮﨑の姿が記録された。劇中に登場する大伯父は高畑、キリコは保田道世、サギ男は鈴木敏夫がモデルであることも明らかに。
- 「君たちはどう生きるか」第96回アカデミー賞で長編アニメーション賞に輝く
日本からの長編アニメーション賞受賞は「千と千尋の神隠し」以来21年ぶり。このほかゴールデングローブ賞、アニー賞、英国アカデミー賞でも高く評価され、世界の映画賞を席巻した。
- スタジオジブリにカンヌの名誉パルムドール
世界3大映画祭の1つに数えられるカンヌ国際映画祭。個人ではなく団体がたたえられるのは初めてで、ジブリの芸術的な達成と商業的な成功の両立が「不可能と思われた偉業」と評価された。鈴木敏夫は「これからも思いを引き継ぐスタッフを中心に、スタジオジブリはまだまだ新しい挑戦を続けることでしょう」とコメントしている。
- 「君たちはどう生きるか」パッケージ発売
スタジオジブリ作品で初めてドルビー・ビジョン、ドルビー・アトモスに対応した4K UHDもリリース。「ジブリと宮﨑駿の2399日」に未編集素材を加えた完全版「宮﨑駿と青サギと… ~『君たちはどう生きるか』への道~」も同時発売された。なお映像特典として「ジブリと宮﨑駿の2399日」も収録。
- 参考文献
鈴木敏夫責任編集「スタジオジブリ物語」(集英社新書)
「君たちはどう生きるか」劇場パンフレット
2024年8月13日更新