宮﨑駿が監督したアニメーション映画「君たちはどう生きるか」の4K UHD、ブルーレイ、DVDが7月3日にリリースされた。ブルーレイ、DVDのレンタルも同日に開始。2013年の「風立ちぬ」以来約10年ぶりに宮﨑が手がけた長編となった同作は、第96回米国アカデミー賞®長編アニメーション映画部門での受賞をはじめ、数々の賞を獲得し、世界中で大ヒットを記録した。劇中では、疎開した11歳の少年・眞人が、青サギと人間の姿を行き来する“サギ男”にいざなわれて“もうひとつの世界”を旅するさまが描かれる。
今回スタジオジブリ作品で初めてリリースされたドルビー・ビジョン、ドルビー・アトモスに対応した4K UHD。本特集は前後編にわたってお届けし、前編はライター・ナカニシキュウのレビューで、4K UHDだからこそ味わえる魅力を紐解いていく。後編では「君たちはどう生きるか」の制作に参加し、およそ30年にわたり宮﨑と仕事をしてきたスタジオジブリの撮影監督・奥井敦、ポストプロダクション担当・古城環のスペシャルインタビューを実施。宮﨑の引退表明から「君たちはどう生きるか」に至るまでの10年を振り返る年表も掲載する。
取材・文 / ナカニシキュウ(レビュー・インタビュー)、文 / 奥富敏晴(年表)撮影 / 小川遼(インタビュー)
- 4K UHDの魅力をレビュー
- 奥井敦×古城環インタビュー
- ジブリのこの10年を振り返る年表
寄稿 / ナカニシキュウ
スタジオジブリ作品初となる
ドルビー・ビジョン映像とドルビー・アトモス音声を収録
宮﨑駿監督が手がけたアニメーション映画「君たちはどう生きるか」の4K UHD、ブルーレイ、DVDがリリースされた。昨年7月14日に全国公開され、これまでにいくつもの映画賞を受賞してきた本作。しかし内容はなかなかに難解であり、「初見ですべてを理解するのはほぼ不可能」といった声も非常に多かった作品だけに、家庭で好きなときに好きなだけ鑑賞できるソフトの発売を熱望していたファンは世界中に数えきれないほど存在することだろう。
今回のソフト化における大きなトピックとしては、スタジオジブリ作品初の4K UHDでのリリースが挙げられる。さらに、その4K UHD版にはこれまたスタジオジブリ初となるドルビー・ビジョン映像とドルビー・アトモス音声を収録。つまり、スペック上はダントツで過去最高水準の映像および音声フォーマットを家庭で楽しめるスタジオジブリ作品ということになるわけだ。
ドルビー・ビジョン、ドルビー・アトモスとは ※編集部注
ドルビー・ビジョンは、従来の画像技術・SDR(スタンダード・ダイナミック・レンジ)に比べてより広い明るさの幅を表現できるHDR(ハイ・ダイナミック・レンジ)の技術方式の1つ。より鮮明な色彩、メリハリのあるコントラスト、豊かなディテール表現が可能。暗い映像は黒つぶれを防ぎながら暗く、明るい映像は白飛びせずに自然な描写ができる。ドルビー・アトモスは従来のサラウンドサウンドシステムに“高さ”を加えた立体音響システム。今回4K UHD版がドルビー・ビジョン、ドルビー・アトモスに対応している。
これがHDRの威力、夜の闇と燃えさかる炎のコントラストに感服
いきなり当たり前すぎる話で申し訳ないが、視聴してまず画面の解像感の高さに目を奪われてしまった。試写に使用されたモニターは65インチ(※幅約144cm×高さ約81cm)の家庭用有機ELテレビという比較的大きめのサイズではあったものの、その画面の広さに対して余力を感じさせるほどの余裕の解像感だ。線の1本1本や背景の淡く細やかな色使いなどが細部に至るまで明瞭に視認できたことは、想像以上の幸福な体験だった。
それに加え、夜の闇と燃えさかる炎のコントラストが際立つ冒頭の火事のシーンでは、深い黒の中に浮かび上がる火の粉の輝きが美しい対比を描き出しており、それでいて妙な残像や目に痛いまぶしさなどはまるで感じない。「これがドルビー・ビジョン、つまりHDR(ハイ・ダイナミック・レンジ)の威力か」と思わずにはいられなかった。そういう意味では、SDR(スタンダード・ダイナミック・レンジ)映像での同じシーンと見比べてみたりするのも楽しそうだ。ちなみに4K UHDはブルーレイの本編ディスクもセットとなっているため、その比較がしやすい仕様となっている。
概して、映像に関しては終始“自然な画面”という印象であり続けた。意識的に「批評的な視点で何かを思わなければ」などと考えない限り、特に何も気にならないのだ。それはまるで4K UHD(あるいはドルビー・ビジョン)が「技術的なこととかはいいから、物語に集中して楽しんでくれ」とでも語りかけてきているかのような錯覚にすら陥る体験であった。
ドルビー・アトモスの効果を感じた、ペリカンたちがひしめくシーン
そしてもうひとつのポイントであるドルビー・アトモスについてだが、実際に立体音響システムを用いて鑑賞すると、やはり前後左右のみならず上下方向という概念が音声に存在することの喜びは何物にも代えがたいものがある。誤解を恐れずに言えば、それこそがドルビー・アトモスシステムの存在意義であるとさえ断言したいくらいだ。
例えば、無数のペリカンたちが画面中を埋め尽くすシーンなどではその効果がわかりやすく、シンプルに大変楽しめた。ただし、本作においては立体音響をそうしたギミックとして使うことは決して重視しておらず、どちらかというと自然な空間表現のために活用することが強く意識されていたのだそうだ。それでも、やはりギミックが楽しいというのは抗いようのない事実ではある。
この“上下方向の音響”を家庭で体感するにはどうすればいいのか。自宅の天井にスピーカーを設置するなど、筆者のような庶民にとっては「ハードルが高い」どころの話ではない。もちろんディスクには2.0chリニアPCM音声(※いわゆるステレオ音声)も収録されているので立体音響環境は必ずしも必須ではないのだが、「せっかく収録されているならドルビー・アトモスでも聴きたい」となるのが自然の摂理というもの。現実的な解決策としては、サラウンドヘッドホンやサウンドバーの導入などが考えられるだろうか。
制作陣の意図したものにできるだけ近い形で観たいなら、やはり4K UHD版を
冒頭で述べた通り、「君たちはどう生きるか」は4K UHD、ブルーレイ、DVDの3フォーマットで発売された。このうち4K UHD版を全編鑑賞し終えてまず感じたことは、「宮﨑駿監督をはじめとする制作陣の意図したものにできるだけ近い形で鑑賞しようと思ったら、このドルビー・ビジョン×ドルビー・アトモスというフォーマットで観るのが一番“正しい”のだろうな」ということであった。
しかし上でも触れた通り、そのための十分な環境を自宅に整えるのは決して容易なことではない。読者諸氏におかれては、作り手に最大限のリスペクトを払いつつも、自分にできる無理のない範囲内で“正しい”形になるべく近いポイントを探ったうえで購入フォーマットを決めてもらえたら幸いである。
また、家庭用メディアでの鑑賞によって感じたことをもう1点付け加えるなら、「画面全体の情報を把握しやすい」というポイントが挙げられる。映画館の大スクリーンと違い、一般的なテレビサイズであれば画面に描かれたすべての要素をひと目で視界に入れることが比較的容易だ。そのおかげで、劇場鑑賞時には気づけなかった「こんなところにこんなものまで描かれていたのか」という新たな発見がいくつもあった。
周知の通り、「君たちはどう生きるか」は常に膨大な情報量が画面を埋め尽くす作品。もちろん、これを映画館の大スクリーンで鑑賞する際の“脳の処理が追いつかずに圧倒され続ける映像体験”というのもなかなか得られない希有なものではあるわけだが、もう少し冷静に全体像を掴みたいというファンも少なからずいることだろう。ぜひパッケージを手に入れて、本作を隅々まで余すところなく味わい尽くしていただきたい。
「君たちはどう生きるか」の4K UHD、ブルーレイ、DVDのほか、7年にも及ぶ独占密着で、スタジオジブリで起きていたことを浮かび上がらせたドキュメンタリー「宮﨑駿と青サギと… ~『君たちはどう生きるか』への道~」の単品も発売。「君たちはどう生きるか」はいかにして作り上げられたのか、その答えが映像に収められている。ドキュメンタリーと「君たちはどう生きるか」がセットになった「君たちはどう生きるか 特別保存版」も商品ラインナップに並ぶ。
さらに宮﨑駿が監督した劇場長編アニメーションを収めた作品集も一新。新たに「君たちはどう生きるか」が加わったほか、CHAGE and ASKAによる同名楽曲のプロモーションフィルムとして制作した短編「On Your Mark」も入った増補改訂版として発売された。劇場ポスターのキーアートで統一したジャケットによるデジパック仕様で、解説・フィルモグラフィーを掲載したブックレットが付いてくる。
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奥井敦×古城環インタビュー
2024年8月13日更新