宮﨑駿が手がけた長編アニメが待望のソフト化!スタジオジブリ初となる4K UHDの魅力をレビュー 撮影監督 奥井敦×ポストプロダクション 古城環 インタビュー 年表:宮﨑駿とスタジオジブリの力を尽くした10年

奥井敦×古城環スペシャルインタビュー

「撮影」「ポストプロダクション」とは?

──映画ナタリー読者の中には、アニメーション制作の工程にあまり明るくない人もいると思います。そこでまず、「君たちはどう生きるか」で奥井敦さんが担当された「撮影」、古城環さんが担当された「ポストプロダクション(ポスプロ)」がどういう仕事なのか、簡単に解説していただけますか?

奥井敦 撮影というのは、アニメーションの画作りにおける最終工程です。その前工程でアニメーターが描いたキャラクターと、背景美術が描いた背景を合わせて、そこにカメラワークであるとかいろんなエフェクトなどを加えることによって最終的にスクリーンで観られる画の形に仕上げるのが「撮影」の役割ですね。

映画「君たちはどう生きるか」で撮影監督を務めた奥井敦。

映画「君たちはどう生きるか」で撮影監督を務めた奥井敦。

──“画を完成させる”という意味では、実写における「撮影」と同じなんですね。

奥井 そうです。実写で「撮影」というと現場でカメラを回す様子が容易に想像できるかと思いますが、アニメーションでもフィルムで作っていた時代はカメラを使って1コマ1コマ撮影していたんです。今はデジタルで制作していますが、基本的にやっていることは同じです。その画作り以降の作業が「ポスプロ」と呼ばれるものになります。

古城環 「撮影」で完成したカットを切り貼りして順番に並べる編集作業や、セリフやBGMなどを入れたりする音響の作業ですね。シーンに合わせて効果音を作ったり、音楽制作に立ち会ったり、役者さんによるアフレコを行ったり……それらを最終的に全部ミックスして仕上げるのが「ポスプロ」という仕事です。

映画「君たちはどう生きるか」でポストプロダクションを担当した古城環。

映画「君たちはどう生きるか」でポストプロダクションを担当した古城環。

──どちらも“仕上げ工程”と説明されることが多いので混同される方もいそうな気がするんですが、画作りの部分を仕上げるのが「撮影」で、そこに音などを組み合わせて映像作品としての最終的な形に仕上げるのが「ポスプロ」であると。

古城 そういうことです。それに加えて、僕の場合は映画館にデジタルのデータを配給するためのマスター(原盤)を制作するところまで担当しています。

今回のポイントは“闇”(奥井) / ささいなメモを改めて読み解く日々(古城)

──そんなお二人の役割的に、「君たちはどう生きるか」の制作はどんな仕事だったと感じていますか?

奥井 スタートの時点で「これは長丁場になる」というのはもうわかっていたんで……いつものことではあるんですけど、制作が始まった段階ではまだ作品の全体像が見えていないんですよ。そういう場合によくあるパターンとしては、「最初の頃に作ったカットをあとで見返すと直したくなる」というのがあるんですが、今回はそれが一切なかったです。「意外とちゃんと作ってるな」と(笑)。

古城 「意外と」(笑)。

奥井 画作りの面においては、最初からきちんと適切な目標を定めて作り込むことができた感覚が強いです。今回のポイントは、やっぱり“闇”ですよね。暗いシーンの表現をどうするかというところで新しいやり方にもトライしているので、そこはうまくできたかなと思っています。

奥から奥井敦、古城環。

奥から奥井敦、古城環。

古城 ポスプロの領域では、画と音の情報量のバランスを取る作業がウエイトとしては大きかったかもしれないです。宮﨑(駿)さん自身はあまり騒々しい音が好きではないんですが、画の細かさに関しては年々密度が上がっているじゃないですか。その見た目の情報量に音の情報量を合わせてしまうと「うるさい」となってしまうので、音響監督と一緒に「音の情報量をいかに削いでいくか」を試行錯誤し続けていた感覚です。いったん絵コンテまで立ち戻って、ト書きのところに書いてあるささいなメモを「これってどういう意味なんだろう?」と改めて読み解いていったりもしましたし、ほぼ考察の日々というか(笑)。

──読解力が求められるという。

古城 そうなんですよね。急に「ここで無音になる」とか書いてあったりするんですけど、その理由は書かれていない。でも本当に何も音がない状態にしてしまうのは負けというか、やはり何かで埋めなければいけないわけです。そこをどう表現するかは本当にトライアンドエラーの連続で。

──そうして苦心した結果を監督に観てもらって、「違う」となる場合もある?

古城 ありますよ。

奥井 ふふふ(笑)。

古城 例えば、鯉とかカエルが大量に出てくるシーンがありますよね。あのカエルの声は僕がやっているんですけど、「おいで」って言葉だけを僕1人で500パターンくらい録ったんですよ。それをマルチチャンネル音声であらゆる方向から畳みかける演出を録音演出が考えていたんですが、監督にそのデモを提出したら「重なりすぎちゃって言葉が不明瞭になる」と言われまして。なので削って今の状態になっています。だいぶ数が減りました(笑)。

SNSで見かけた感想「今までの作品は“水割り”」「今回は“原液”」(古城)

──お二人は長年スタジオジブリ作品に関わってきていますが、その中で「君たちはどう生きるか」という作品の特徴と言いますか、どういう意味合いを持つ作品だと捉えていますか?

古城 それで言うと、劇場公開して間もないタイミングで僕がSNSで見かけた感想の中にすごくしっくり来るものがあったんですよ。「今までの宮﨑駿作品は“水割り”だった」「今回は“原液”を見せられている」っていう、その表現がまさに言い当てているのかなって。もう今回は締め切りの設定もなかったし、とにかく好きなように、常にトップギアの状態で自由に作り上げたものという感じがすごくします。そこは特徴の1つだと思いますね。

左から奥井敦、古城環。

左から奥井敦、古城環。

──なるほど、純度の高さが最大の特徴であると。

古城 なのでその分、観ていてしっかり疲れる(笑)。気をゆるめられるシーンがまったくないですから。

奥井 制作には5年以上携わっていて……、もしかしたらもうちょっと掛かっていたかもしれない。「本当に完成するのか?」と思いながら作品を作ったのは初めてですよ。

古城 本当に完成してよかった(笑)。

奥井 それに加えて、いろんな過去作品のエッセンスが詰め込まれた集大成のような作品でもあるんですが、決してそれだけではなくて。これまでの作品にはやはり「誰かを喜ばせよう」というターゲット意識があったと思うんですけども、それが今回はなくなったわけです。“自分をさらけ出す”という意味での作品作りという点においては、また新たな境地を切り開いた作品になっている気がしますね。

──お二人としても、同じように“やり切った感”がありますか?

奥井 それはまあ、ありますね。ちゃんとやるべきところまでやれたと思っています。

古城 皆さんに観ていただけるための要件を整えつつ、自分たちも自分たちなりに設定した目標をクリアできたのかなという気はしています。ただ、今回は事前に一切の宣伝が行われなかったので「ふたを開けてどうなるか」だけは心配していましたけど(笑)。それ以外の、作品そのものについてはまったく心配することなく公開の日を迎えられました。

──ちなみに、余談ですけどお二人がこれまでに関わってきたスタジオジブリ作品の中で特に思い入れのあるタイトルはどれですか?

奥井 思い入れという意味では、やはり最初に関わった「紅の豚」ですかね。そこで初めて宮﨑さんと仕事をして、スタジオジブリの作品作りに触れたわけですが、やっぱりちょっとほかの現場とは違うんですよ。画作りに対するこだわりなどが非常に細かくて、目指す方向がほかの作品とは違うと言いますか。そのことに感銘を受けた、ビビッと来た印象が強く残っていますね。

映画「紅の豚」場面カット © 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN

映画「紅の豚」場面カット © 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN

古城 僕は、なんだろうな……「かぐや姫の物語」ですかね。石上中納言役で声優も務めることになり、高畑勲監督から「お前の名前もちゃんとキャストのところに入れろ」と言われたのがちょっと思い出深いです(笑)。一応、社内での決め事として「スタッフはエンドクレジットの中でどこか1カ所にしか名前を載せない」というのがあるんですけど、「君は大事な役をやってるんだからキャストのところにも入れなさい」と言われて。それも制作の最後の最後のタイミングだったんで、急いで奥井さんに電話して「クレジットに私の名前を増やしてください」とお願いしました。

奥井 ふふふふ(笑)。

古城 「はあ?」って言われたのは覚えてますね(笑)。

映画「かぐや姫の物語」場面カット © 2013 Isao Takahata, Riko Sakaguchi/Studio Ghibli, NDHDMTK

映画「かぐや姫の物語」場面カット © 2013 Isao Takahata, Riko Sakaguchi/Studio Ghibli, NDHDMTK

──すごくいい話です(笑)。しかも、それが今回のカエルにもつながっているわけですよね。

古城 そうですね。なんかちょこちょこやらせてもらってます。

SDRでの画作りに行き詰まりを感じていたが、HDRで解放された(奥井)

──そしてこのたび、「君たちはどう生きるか」が待望の4K UHD、ブルーレイ、DVDで発売されました。4K UHDはスタジオジブリ作品では初となりますが、何か特別な調整は行われたのでしょうか。

奥井 実は、現場での画作りは2K環境で行っています。それを最終的にパッケージする際に4Kにアップコンバート(変換)するわけですけど、その際に我々が望んでいる画質になるよう、フィルタリング処理を行っています。実はブルーレイにするときもマスターのデータをそのまま収録しているわけではなくて、同じような処理を経てパッケージにしているんですよ。

──その際に気を付けるポイントは、フォーマットごとに違ってきますか?

奥井 いや、変わらないです。結局、我々の目指しているものって“フィルムルック”なんですよ。映像を4Kにアップコンバートするときって、どちらかというとシャープネス(鮮明さ)を上げる方向で調整が加わるシステムが一般的に使われているんですね。それはなぜかというと、実写やDVD画質からのアップコンバートも想定しているからなんです。ジブリ作品はキャラクターの線もしっかり出す方向で画作りしているので、同じようにシャープにアップコンバートしてしまうと、「ちょっとやめてくれ」というような結果になってしまう(笑)。そういう事態を避けるために、事前の調整は自前でやるようにしました。

映画「君たちはどう生きるか」場面カット © 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

映画「君たちはどう生きるか」場面カット © 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

──パッケージの出来についてはいかがですか?

奥井 いやもう、非常に満足しています。劇場公開したものと遜色なく観られるよう仕上げましたから。

古城 音響面で言うと、4K UHDにはドルビー・アトモス(立体音響)音声が収録されていますので、それを聴いていただくと先ほどお話しした画と音の情報量のバランスがしっかり味わえると思います。なので個人的には4K UHDをお薦めしたい気持ちはあるんですが……立体音響の設備が自宅にあるのか?という問題にもなってくるので(笑)。

奥井 画に関してはどのパッケージを観ていただいても遜色がないように作り込みましたので、ご自宅の環境に合わせてフォーマットを選んでいただければ、基本的には変わらない画が観られると思います。ただ、今回はHDR(※ハイ・ダイナミック・レンジ。明暗の階調を従来よりも広く表現できる規格)を使って画作りに取り組んだ作品になっていまして、これまで表現できなかったシャドーやハイライトのディテールをちゃんと表現できるようになったんですね。そのHDRの画作りにおいては、4K UHDでしか観られないということになります。

──従来のDVDやブルーレイはHDR規格に対応していないですからね。

奥井 我々の目指した本来の画をご覧になるためには4K UHDがお薦めです。幸いなことに、4K UHDパッケージにはブルーレイの本編ディスクも同梱されますので、環境のある方はHDRとSDR(※スタンダード・ダイナミック・レンジ。従来の階調規格)で、どういう画作りの違いがあるのかを比較してみてほしいですね。SDRでの画作りには行き詰まりを感じていたので、それがHDRで解放されたのはすごくありがたかったですから。

──古城さんからはドルビー・アトモスのお話も出ましたが、例えば4K UHDを買われるお客さんに対して「最低限このくらいの音響設備で聴いてもらいたい」というラインはありますか?

古城 これがなかなか、一概には言えないところがありまして(笑)。もちろんスピーカーの数が多いに越したことはないんですけども、ドルビー・アトモスというシステムの肝になるのは天井スピーカーの存在なんです。でも自宅の天井にスピーカーを配置するというのはなかなか難しいので……まあ標準的な数でやっていただければいいのかなと。

できればコマ送りで観てほしい(奥井) / 言語・字幕を変えて雰囲気の違いを味わってみて(古城)

──パッケージならではのお勧めの楽しみ方は何かありますか?

奥井 やっぱり階調(※色を含めた明るさや暗さ、薄さや濃さの段階)の表現にはこだわったのでそこをぜひじっくり観てもらいたいですね。この作品は主人公の眞人の心情に沿って画を作っているので、暗いシーンを本当に暗くしているんですよ。闇を表現するためにHDR技術を入れたというのもあるので、冒頭のシーンからして暗いです。同じようにハイライト部分の階調性についても、「HDRではこう見えるんだ」と感じていただけたら非常にうれしいです。

──それを味わえるシーンを挙げるとすると?

奥井 例えば……眞人がヒミに連れられて岩の回廊を産屋へ向かって降りていく場面で、岩肌を触ってスパークが飛ぶ表現があるんです。本当に一瞬なんですが、輝度的には相当上げているんですよ。それでも白飛びせずにきちんと階調が見えますので、できればコマ送りで観ていただいて(笑)。

古城 (笑)。

奥井 けっこう難しいんですけどね。自宅でちょっとコマ送りを試してみたんだけど、あんまりうまくいかなかった(笑)。うちの再生機が古いせいかもしれませんが。

古城 僕からのお薦めとしては、多言語・多字幕を挙げておこうと思います。ブルーレイのみにはなるんですが、日本語のほかに英語、フランス語、スペイン語、韓国語、北京語、広東語の音声と字幕が収録されていますので、「言葉が変わるだけで雰囲気が全然違って面白いな」というのをぜひ味わってみていただきたいです。

──確かにそれはパッケージならではですね。

古城 観ている途中でも言語を切り替えられますからね。あとはアフレコ台本も収録されていて、そのページのシーンに飛べる機能が付いているんですよ。これ、実はジブリ作品ではかなり初期からやっている仕様なんです。ほかにも、絵コンテをピクチャー・イン・ピクチャーで映しながら本編を観られる仕様などもけっこう初期からずっとやってるんですけど……。

奥井 絵コンテを映す大きさも変えられるんだよね。マックスで画面の4分の1くらいまで引き伸ばせる。

古城 そうそう、そうなんです。これもブルーレイのみで、DVDだと絵コンテはマルチアングル収録になるので画面を切り替える形にはなってしまうんですけども、「宮﨑駿が一番初めにイメージとして描いた絵が、最終的にはこういう画になる」というのが見えるので楽しいですよ。そんなふうに、パッケージを出すときはけっこう機能的にもいろいろやってるんですが、紹介する機会はそう言えばあんまりなかったなと(笑)。ぜひ楽しみ尽くしていただけるとうれしいです。

──4Kや立体音響に関しては、ユーザーに「環境を整えてでも観てほしい」という強い思いはありますか?

古城 それはもう、国から補助金でも出してもらわないと(笑)。でもまあ、この作品が「この機会に4K環境をそろえてみようかな」というきっかけになれたらうれしいですけどね。

奥井 実はね、我が家のテレビもこれを機に買い替えたんですよ。55inchの有機ELだったんですけど、それを65inchにしました。プレーヤーも今ちょっと検討中なので、この記事を読んでいる皆さんもぜひ。

──「僕を見習って」と(笑)。

古城 パッケージよりも、家電の話になってきてますね(笑)。

奥井敦(左)、「君たちはどう生きるか」4K UHDを手に持つ古城環(右)。

奥井敦(左)、「君たちはどう生きるか」4K UHDを手に持つ古城環(右)。

プロフィール

奥井敦(オクイアツシ)

スタジオジブリの執行役員で映像部部長、エグゼクティブ イメージング ディレクター。1982年にアニメ制作会社・旭プロダクションに入社し、撮影の仕事を始める。1987年製作の「ダーティペア 劇場版」で初めて撮影監督を務め、「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」「機動戦士ガンダムF91」などにも携わった。スタジオジブリ作品では「紅の豚」「海がきこえる」に撮影監督として参加し、1993年のジブリ撮影部発足と同時にジブリに移籍した。以降、撮影監督として「平成狸合戦ぽんぽこ」「耳をすませば」「もののけ姫」「ホーホケキョ となりの山田くん」「コクリコ坂から」「風立ちぬ」、映像演出として「千と千尋の神隠し」「ギブリーズ episode2」「ハウルの動く城」「ゲド戦記」「崖の上のポニョ」「借りぐらしのアリエッティ」「思い出のマーニー」に参加している。

古城環(コジョウタマキ)

スタジオジブリのポストプロダクション部部長。1993年にスタジオジブリに入社し、撮影部に配属される。「平成狸合戦ぽんぽこ」「耳をすませば」「もののけ姫」まで撮影を手がけ、「千と千尋の神隠し」では音響・音楽制作を担った。「猫の恩返し」「ギブリーズ episode2」「ハウルの動く城」「ゲド戦記」「崖の上のポニョ」でポストプロダクションを担当。その後、制作デスクや制作などでスタジオジブリ作品に携わる。「かぐや姫の物語」では石上中納言役で声優も務めた。2014年、スタジオジブリ制作部門の解散に伴って退社し、フリーとなる。2018年にスタジオジブリ制作部に復帰入社。「アーヤと魔女」では音響制作を行った。

2024年8月13日更新